君に見て欲しい手品
「オジサン、どうか私を拾ってくれませんか?」
「いやだね」
きっぱりと断るルーカス。断じて、彼の人柄が冷たいわけではない。ーー警戒しているのだ。
得体の知れない、それだけならまだマシだ。
衛兵たちの気配をいち早く察知できるルーカスの探知能力を掻い潜り、ふと少女は現れたのだ。
そして、同情を誘う様な汚れたドレス。薄暗い路地裏での邂逅。
これらから察するに、彼女は物盗りなのだろう。
「生憎、僕は売れないマジシャンでね。お金はそれほど持ち合わせていないんだ」
マジックショーで人々から恵んでもらう少しばかりの路銀。これで食いつないでいるのだ。
今日も急いでマジックショーを終わらせたために、まともに稼げていない。
「お金? なんのこと?? 私はただ、オジサンのマジックが好きになったの!! だから、拾ってください」
笑顔を崩さない少女。お金が目的ではない、嘘ではなさそうだか本当かどうかは定かではない。
ーーこの少女をどうすればいいのか。
と、思い悩んだ末にこの少女に見覚えがあることに気づいた。
「確か、君は今日のマジックで一番乗りした女の子!」
ひまわりを写した金色の髪の毛、愛らしい瞳、間違いなくその子だ。
少女は目をきらめかせ、何度も頷いている。ここまで来てやっと、警戒を解くことができた。
「そうとなれば、さっきの態度を謝罪しなければならないね。さっきは申し訳なかった。その代わりと言ってはなんだが、君だけにマジックショーを見せよう。それで許してくれるかい?」
「ホントッ!?やったぁ!!」
少女は、手を合わせてぴょんぴょん跳ねている。金髪がふわふわと揺れていて、とても可愛い。調子が狂うのをルーカスは感じた。
「ゴホン、では始めよう。ここに五十四枚のトランプがある。この中から好きなカードを引いてくれるかい?さぁ、何が起こるか分からないッ!」
少女は、背伸びをしてカードに手を届かせる。んー、と悩んだ末に選んだカードはハートのクイーン。それを胸に持って行き、しっかりと握りルーカスには見えない様にして、
「よしっ、それじゃあそのカードを戻してみてくれ。さぁ行くよ」
一枚抜かれたトランプが元に戻され、ルーカスはそれを放り投げた。五十四枚のカードがバラバラに飛んでいる中、ギラリと睨んだルーカスの紅い瞳。どこからともなく現れたフォークを握り、壁に向かって投げつける。
「わぁ!!」
少女の感嘆の声が漏れ、ルーカスはドヤ顔。
フォークが壁に刺さり、そのフォークと壁の間には一枚のカードが。
ーーそう、ハートのクイーンが射抜かれていた。
「君が選んだのはこのカードかい?」
それを聞いた少女は強く頷く。それにルーカスは笑顔で応じる。
小さな拍手が路地裏に可愛らしく響いた。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
薄暗い路地裏とて、沈みかけている太陽のオレンジ色が確認できる。
もうだいぶ陽も落ちてきた。
ーーそろそろこの女の子を家に帰さなければ。
「そろそろおうちに帰ったほうが良いんじゃないのかい?お母さんも心配するだろう」
二人は、段差に並び合う形で腰をかけている。少女の横顔しか見えないが、それを聞いてその横顔に少しだけ影が差したのをルーカスは見た。
「お家は……ないの。お母さんもいないし」
ーー嘘をついているとは思えない。
もしかしたら聞いてはいけない事なのかもしれない。しかし、ルーカスはお人好しだった。俯いている少女にそっけない態度がどうして取れようか。
「お母さんいないのかい……?それじゃあ、お父さんとかは」
「お父さんもいないんだ、死んじゃった。お母さんも私を捨てて行ったし。だからお願い! オジサンに拾われたいの!」
目が潤んでいる。唇が震えいる。悲しみが溢れ出している。
こんな年端のいかない少女を置き去りにしていく身勝手な母親。麗しい少女の心に傷をつけた事が許せない。断じて許される事でもない。
「なら仕方ないね!僕に着いておいでよ。こう見えて僕の作る料理は絶品だよ?どうかな」
見えないほどの速さで手を振り上げると、ルーカスの手の中には一輪の花が握られている。それを差し出し、少女の答えを聞くのだ。
「もちろん! よろしくね、オジサン」
ーーやはりこの子には笑顔が似合うみたいだね。
そして、少女の手を引いて立ち上がり一言。
「僕はまだ二十代だッ!! オジサンはやめてくれ……」
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「今日は何を作ろうかなぁ。とりあえず体を温めるスープとぉ、そうだ! 昨日のシチューの食材の余りがあるからグラタンでも作るかな」
「グラタンッ!!」
ひまわり畑に佇む小さな小屋の中で、大部分を占める立派なキッチンにルーカス。残りのスペースの真ん中に位置する小さなちゃぶ台でスプーンとフォークを握って待つのは金髪の少女。
「初めてのお客さんだからねぇ、いつも以上に腕によりを掛けて作るよ!」
「グーラタン! グーラタン!」
そして、やっと出来上がったスープとグラタンを囲み、二人は手を合わせて一礼。
「いただきます」
「んー!美味しいなぁ。私こんなに美味しいもの初めて食べたよっ」
「そうだねぇ、今日の食事は一段と美味しいみたいだ。一人で食べるのとは大違いだよ」
拙いフォークとスプーンの握り方で美味しそうにグラタンを頬張る少女。その姿を見て可愛らしいとも思うのだが、やはり思い出すのは夕暮れの話。
ーー暫くはこの子を養いながら、母親を見つけ出そう。
やむ終えない事情があるならそのまま預かればいい。もしかしたら事態が解決して、少女を探しているかもしれない。もしそうだったら、母親と暮らす方がよっぽどこの子の為にもなるだろう。
ならば、この子とは暫く共にいることになる。ならばーー、
「そう言えば、君の名前すらも聞いてなかったね。遅くなったが、聞いても?」
グラタンに夢中になっていた少女は、スプーンの動きを止め、こちらを向く。
「私の名前?私は、フラウア。ただのフラウアだよ」
「フラウア……。いい名前だ! 君にぴったりだね」
きっと、フラウア以上の名前を明かす気はないのだろう。なにせ死んだ父、捨てられた母の姓なのだ。名乗りたくないに決まっている。
「それじゃあ、フラウア。ご飯も食べてお腹もいっぱいになった事だろうし、今日はもう寝るとしよう。明日は一緒にこの辺を散歩でもするかい?」
「そうするっ!」
ペロリとスープとグラタンを胃に入れ込み、食器を洗い場へ持って行く。フラウアは一緒に洗いたいと言うのだが、洗い場に背が届かない。仕方なく近くの箱を足場として、共に食器を洗った。
少ない食器を洗え終えて、さあ寝ようと思ったのだが、女の子がこの場にいるのだ。ルーカスはたまにの水浴びで十分なのだが、女の子であるフラウアは別だ。何もしなければ、美しく長い髪の毛にフケやら何やら出てきてしまう。
ーーとりあえず、櫛で髪をとかすくらいはしてあげようか。
「こっちへおいで。髪をとかしてあげる」
手招きして、フラウアを呼び寄せる。ルーカスは胡座をかき、その上に少女をちょこんと乗せた。
髪の毛の匂いがダイレクトに伝わってくる。ひまわりを映した髪の毛からは太陽の香りが漂ってきた。
柔らかな質感のそれを優しく撫で、ゆっくりと丁寧に櫛を入れて行く。
「なぁ、フラウア。今日は楽しかったかい?」
「うん、すごくすごーく楽しかったよっ!一緒にご飯食べたのも、一緒に食器洗いしたのも、髪をとかしてもらうのも初めてですっごく楽しかった!!」
後ろ向きで顔は見えないが、きっと満面の笑みを浮かべているんだろうなとルーカスは思う。
「そうだね、僕も初めての体験だ。楽しかったよ?」
「またしようねっ!」
「ああ、毎日そうしよう」
窓から入り込む月の光がスポットライトのように二人を照らしていたーー。
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朝、今までなら聞こえるはずのない声でルーカスは目覚めた。
「おはよう! オジサ……ルーカス!! 朝だよっ、朝だよっ!! 太陽が眩しいよぉっ!!
お散歩早く行こうよっ!!」
横で飛び跳ねながら可愛らしい騒音を産みだすのは、やはりフラウア。
ルーカスにとって早すぎる朝で、寝ぼけた彼はとてもきつそうである。朝日が目にしみ辛いのだが、それ以上に隣の少女の声が耳に響く。
「おはよ、フラウア。そしておやすみなさい」
一瞬だけ身体を起こし、またすぐに横たわる。まだ眠すぎるのだ。
ダメだよ! とバンバン背中を叩いてくるフラウア。仕方ないなぁ。とのっそり起き上がるルーカス。
「朝ご飯、作るから待ってて。食べ終わったら散歩しに外に行こう」
まだ眠そうな声で目をこする。その後、洗い場へ行き、冴えない頭を冷水で覚醒させた。
そうした後のルーカスは、すでにいつも通りのおちゃらけた手品師の顔に変身していて、
「さぁ、今日も腕によりを掛けて作ろう。何を作ろうかなぁ」
腕を捲り上げながら、意気込んでいた。
「私も一緒に料理作りたいっ!!」
そして、そのやる気に水を差したのも起きた時と同じ一人の少女であったーー。