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街に訪れる手品

 


「さぁ、とっておきのマジックをお見せしましょう!」


 ここはアガルタと呼ばれる街。マゴルア王国の中でも有数の繁華街であり、マゴルアの玄関口と呼ばれるほどに、行商人やらで賑わっている。


 隣の国、エンカブレ共和国に繋がる一本の橋。そこがマゴルア王国の端に位置するアガルタから国を出る唯一の道だ。

 故に、その一本橋には、毎日数万人の行商人や観光客が通る。


 マゴルア王国で最も栄える場所の一つとして数えられるそこで、一人の怪しい手品師が自慢のマジックを披露していた。


「ここに何の変哲もない黒い箱がぁ、ございます。この箱に入ったままでの瞬間移動をお見せしましょう。さぁ、何が起こるか分からないッ!」


 興味津々の人々に箱の周りを見せつけ、本当にただの箱だと言うことを知らしめる。


 ゆっくりと中に入り行く。蓋を閉める前に、ふと観客を見回し、奇奇怪怪な笑みを浮かべる。


「さぁ、行きましょうかぁ」


 思いっきり蓋を閉めた瞬間、観客たちも静まり返る。何が起こるか分からない期待感と、怪しいところを見逃してはいけないという使命感がそうさせている。


 ゴクリ、と息を飲んで手品師のアクションを待つが数秒経っても何かが起こる気配はない。

 ザワザワと周りから音が漏れ出した時、不意に聞こえるはずのない声が、観客たちの後ろから聞こえた。


「さぁ、何が起こったッ!! そうッ! 私がぁ瞬間移動したのだぁ!!」


 両手を空に掲げて、またもや奇奇怪怪な笑みを浮かべる。その姿を見て、観客たちは目を見開き、寸刻息をするのを忘れた。どこからか聞こえた歓声がすぐに広がっていき、大喝采が捲き起こる。


 手品師は、大喝采を浴びながら観客のど真ん中を通り元の位置に戻る。そして大袈裟な一礼をしたところで、観客の中の一人がふと、当たり前の疑問をぶつけた。


「本当に魔法使ってねぇのかよ!」


 感嘆と疑問が混じり合った言葉を聞き、手品師は答える。


「そう思われても仕方ないところですねぇ。では、これを使いましょうか」


 取り出したのは、一枚の長方形の紙。リトマス紙にも似たそれを取り出して舌で舐めとる。


 魔法が使える者ならば、元の青色からピンク色へと変化するその紙。それは手品師が舐めた後も、青色のままだった。


「魔検紙の色が変わらない。そうです、その通りだぁ。私は魔法が使えない人種。種も仕掛けも魔法もございませんッッッ!!」


 瞬間移動後の大喝采をも凌ぐ大大大喝采が一本橋に響く。巨大な橋さえも揺らす歓声。

 それに水を差したのは、他の誰でもなく手品師自身だった。


「おっとぉ、これは失礼失礼。今日のマジックはこれにて終幕でございます。


 ーーお巡りさんが来なさった」


 帽子を深く被り、背を向け急いで大きなトランクに道具を片付ける。ちょうど全てが片付いたところへ、王国の衛兵が数人、こちらへ向かってくるのが見えた。


「ニセモノめがっ! 今日こそ捕まえるぞ」


 あっという間に取り囲まれる手品師。衛兵たちは人差し指を伸ばし、手品師に警告する。


「抵抗しなければ、無傷のまま連れて行こう。逃げようとするのなら、貴様は魔法によって大火傷する事となるぞ!! おとなしく捕まれ」


「おおっとぉ、こわいこわい。やめてくださいなぁ。僕は魔法なんて使えない、か弱い人間なんですよぉ? 」


 両手を上げて、降参の合図。

 ーーしかし、奇奇怪怪な笑みだけは失っていない。


「それでは、本当に今日最後のマジック。行きましょうかぁ」


 ボソッと、口ずさむ手品師。背を向け逃げ出す様子はない。ジリジリと近づく衛兵。

 ーーそんな中、ふいにゆっくりと彼は背中から倒れた。倒れこむ先は川。一本橋から落ちてゆく。


「ごめんねぇ、まだ捕まりたくないお年頃なんだよ」


 ーー衛兵を嘲笑いながら川へと真っ逆さま。


 衛兵たちはあまりに急な出来事に対応できずに、まんまと標的から逃げられたのだ。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ここは、エンカブレ共和国の辺境地、ひまわり畑が一面に広がる丘。そこにひっそりと佇む小さな小屋の中である。


  「あー、濡れちゃったよぉ。せっかくの一張羅なのにさ。乾くまで、街には出られないかなぁ。

 ーー衛兵たちが捕まえに来る時間も段々短くなってきた。

 あの街ではしばらくマジックショーは開けないかなぁ」


 手品師はそう溜め息をこぼす。


 ーーこの落ち込む手品師の名前はルーカス。

 小さな頃から手品に魅了され、その腕を磨いてきた。

 あっと驚く魔法のような出来事も、彼にかかれば造作もない。


 故に、彼は民衆に大人気である。マゴルア王国では彼の名前を知らぬ民など存在しない。


 ただ、魔法が存在するこの世界ではマジックはニセモノとして全面的に否定され、禁止されている。


 それでも人は彼に夢を見る。魔法が使うことのできる人間はごく僅かであり、魔法さえ使えれば王国に仕えることで、安定した生活を保護される。逆に言えば魔法を使えない人間は、自分で自分の生活を守らなければならないのだが。


 生まれ持った才能故、仕方のないことなのだが、それでも憧れてしまうのが人間。

 そんな中に現れたのが、魔法が使えないのに魔法のような出来事を起こしてしまうルーカスだった。


 彼がここまで有名となり、魔法を使えない人間たちの憧れとなったのはもはや必然だろう。



「さぁて、今日は何を作ろうか。お腹が減ってるし体も冷えてる。なら、シチューがいいかな」


 ひまわり畑に佇む小さな小屋の中で、鼻歌交じりにシチューを作るルーカス。家に帰ってからの料理。そしてそれを食すこと。これもまた、マジックショーに並ぶ彼の生き甲斐である。


「そうだなぁ、次は王都でマジックショーをしようか!」


 彼は一人で楽しく料理しながら、次の目的地を決めていた。






 * * * * * * * * * * * * * * * * *



 ルーカスのマジックショーは不定期で行われ、どこであるのかも彼の気分次第である。よって、唐突に開かれるショーに対して一歩遅れて衛兵はやって来る。


 ーー今日もまた、ルーカスのマジックショーが始まった。


「さぁ、今からルーカスのマジックショーが始まるよ! ほら、そこのレディー。見ていかない? おっ、一番乗りはそこの可愛い女の子かい! じゃあ、君には特別席だ。一番近いところで僕のマジックを見ておくれ!」


 その掛け声を合図に、どんどん人が集まってくる。誰もが目を輝かせて、彼のマジックを待ちわびている。


「ここは、王都ってことであんまり長くは居られないんだ。だからちゃっちゃとマジック始めちゃうよ!この前は瞬間移動をしたから、今日は何もないところから鶏を出そうかぁ」


 拍手が巻き起こり、ルーカスに期待が押し寄せる。なんとも言えない高揚感が訪れ、彼はそれを楽しんでいる。


「まずは、この僕の被っている黒い帽子。これを見て欲しい。なんの変哲もない黒い帽子。でもね、みんなよく見てて」


 ルーカスはいつもの如く、奇奇怪怪な笑みを浮かべ観客を見渡す。それを受けて観客は今か今かとマジックを待つ。しかし、誰一人として声を出す事はない。


 観客のボルテージが最高に上がる瞬間を見計らい、ルーカスは……帽子を空へ投げた。


 人々の目線は宙へ。民家の二階程度まで帽子は空を舞い、重力によって地面へ落ちてくる。


 それをすかさずルーカスはキャッチ。そして、帽子を持ったまま手を勢いよく広げた瞬間ーー。



「うぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!」


 歓声が巻き起こる。人々の目線の先には立派な赤いトサカを持った鶏が飛んでいた。


「世にも珍しい召喚マジック。お楽しみ頂けたでしょうか?」


 拍手と指笛が飛び交い、ルーカスは満足した。そして、いつもの様に大袈裟な一礼をして、顔を上げて一言。


「それでは、今日のマジックショーはこれにて終幕でございます。またの機会があればこの続きをお楽しみくださいませ!!」


 その後、帽子を深く被りダッシュでその場を離れる。その瞬間、反対方向から衛兵たちが追いかけて来た。


「止まれニセモノめッ!」


「それは無理な相談ですなぁ」


 悠長な声を出してはいるが、ルーカスは全力で逃げている。だか、逃げ足には自信があるのだ。十数年も衛兵たちから逃げ続けてきたルーカスにとって、この程度の人数は取るに足らない。


 入り組んだ路地裏へ逃げ込み、衛兵たちを撒く。ルーカスは汗を拭い、満足気に背伸びをしている。

 今日も楽しかった、と。



 ーーそこへ一人の女の子が話しかけてきた。


 全く気配を感じることができずにいたルーカスにとって、少女の出現は腰を抜かすほどの出来事だった。



「オジサン、どうか私を拾ってくれませんか?」


 高そうなドレスを泥だらけにして、ひまわりを映した様な髪の少女はそこに立ち、太陽の様な笑顔を振りまいていたーー。


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