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金曜日、大学の講義を休み、笠倉岬は結城静江と喫茶店にいた。先週の木曜日に佐々木直人が殺され、その犯人として御前岳涼子が今しがた日比野に連れて行かれたところだ。その同僚である前田柚衣と広田葵は、仕事が残っているんだけど、と言いながらも今日はもう職場に戻らないらしい。
「静ちゃん、もう大丈夫?」
「うん、でも柚衣が心配。倒れてしまわないかしら」
「二人ともふらふらだったものね。仕事って分かんないけど、大変なんだろうね」
「二人も抜けちゃうわけだから」
岬はストローを指で動かしながら、氷を揺らす。
「もう静ちゃんは本当に前田さんのことが好きなのね」
「好きというのはよく分からないけど、多分違うよ。前話したでしょ、結局私と柚衣の関係にこれ以上もこれ以下もないの」
「むー、岬ちゃんにはよく分かりません」
「彼女となら生きていけるかもしれないけど、彼女になら殺されてもいいってこと」
「もっとよく分からないよ」
「なんでもない。もう終わったのよ、この事件は」
「そうね」
ストローに口をつけ、岬は残った液体を吸い上げる。ほとんどが水だ。わずかに残るコーヒーのテイストはむしろ薄すぎておいしくない。岬からすれば、結局ほとんど関係することなく終わってしまった。あまりにも関係が薄い事件だった。きっとそれは、岬の関心がもっと別のところに向かっていたからだろう。そして、岬の関心があったことに関しては、直接的に岬に関係してくるかもしれない。
「事件といえば、聞いた?」
静江が両肘を突いたまま岬を振り返る。
「何のこと?」
「水曜日、休講だったじゃない。その理由」
「知ってるよ。三ツ谷教授でしょ?」
「昨日発見されたって」
「でも、殺されたのはもっと前なんでしょ?」
「そうなの?」
「岬ちゃんも、詳しいこと知らないけど、多分月曜日に」
「最近重なってるよね、こんな事件」
「そうかなぁ。事件なんて毎日どこかで起きてると思うけど」
「だって、すごい身近じゃない?」
「そうね」
岬からすれば、佐々木よりも三ツ谷との関係のほうが遥かに強い。佐々木事件など、テレビや新聞の中の世界の話だ。今度の事件だけが偶然近くで起きただけのこと。静江がその二つに事件の近い位置にいたとしても、そんなのは偶然に過ぎないのだろう。
「もう、私ストレスで胃に穴が開きそうだもの」
「それじゃあ今日も飲んじゃいますか?」
静江は横に一度だけ首を倒した。