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私と彼の関係は、喩えるならワイングラスを重ねたピラミッドだ。美しく見えるかもしれないけれど、ひどく脆い。けれど、その過程こそが大切なのだ。頂点から注がれる赤の液体が溢れては下へ、下へ。音は次第に重なり合い、危うかったバランスもやがては安定する。けれど、終わってしまえば誰も見向きもしない。
私と彼の関係を知っている人はいるのだろうか。彼は私のことをアイーシャ=スカフーと呼び、私は彼のことをロード=ドラクと呼ぶ。彼は私の本名を知らない。私も彼の本名を知らない。その程度の関係。その程度の繋がり。
誰にも見咎められることなくこの場所へやってきて、丸い椅子に座る。黒のカーテンは月の光をすべて遮断し、室内には蝋燭の揺らめく明かりしかない。正面に置かれた姿見に私の姿が黒く映っている。
まるで、そう、まるで別の世界の悪魔のように。
黒く淀むようなドレス。ふわふわに膨らんでいて、中身とは大違いだ。そろえた両手と顔だけが白く光り、細い。
闇に溶けてしまっているような私の髪を、いつ彼が来たのか、ロード=ドラクが梳いている。
愛でるように、
愛おしむように。
ああ、でもそれは私の願望なのかもしれない。
彼に愛はない。まるで生まれながらにして放棄してしまっているかのように、欠けてしまっている。だからこそ、私の感覚をすべて奪ってしまえるのだ。
恍惚が私の肉を占める。
きっと、彼が私を殺してしまったとしても、私はそれに気がつかない。感覚を彼にすべて委ねてしまっているから、私は、私が誰かを殺していると錯覚するだろう。
それだけだ。
彼の手が休むことなく私の髪を梳く。
けれども優しく。
もっと乱暴に、無理やり私を襲ってくれればいいのに、彼はそれをしない。私が望んでいると言えば、彼は私を襲ってくれるだろうか。けれど、そうしたら私と彼の関係なんて、ほんのちょっとしたことでグラスが倒れてしまうように、終わってしまう。それだけは避けなければならない。
不意に彼の動きが止まり、まるで、石になってしまったように固まる。
「どうしたの?」
私は姿見越しに彼の顔を見た。
「なんでもない、考え事をしていただけだ」
「そう。じゃましてごめんなさい」
だめだ。いつもこれで終わってしまう。
彼は私の首筋を一度撫でてから、髪を軽く持ち上げる。ゆっくりと彼の顔が首筋に近づき、私の首筋に舌を這わせる。
「ああ、ああっ」
まるでお預けをされていたようで、私の肉は恍惚を我慢できない。
「アイーシャ、君は徹しきれない」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ロード=ドラク。あたしが愚か者のせいで、あなたの力になれなくて」
「泣くことではない、アイーシャ。それがだめなのだ。アイーシャ、あと一週間だけ猶予を与える。それまでにすべてを捨ててしまえ」
彼は翻ると消えてしまう。
姿見に残ったのは、すべてが黒く、小さく、醜い存在だけ。肩を震わせるようにして泣いている自分だ。
いつの間にか姿見も、黒のカーテンも取り除かれている。
繰り返す嗚咽を咎めるように東からの朝の光が私を照らす。
捨てることなんて、できない。
私は彼に奪われてしまえばいいのに。