表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タナトスと戯れる夜  作者: なつ
第二章 第二の犠牲者は装って
7/32

 1

 私と彼の関係は、喩えるならワイングラスを重ねたピラミッドだ。美しく見えるかもしれないけれど、ひどく脆い。けれど、その過程こそが大切なのだ。頂点から注がれる赤の液体が溢れては下へ、下へ。音は次第に重なり合い、危うかったバランスもやがては安定する。けれど、終わってしまえば誰も見向きもしない。

 私と彼の関係を知っている人はいるのだろうか。彼は私のことをアイーシャ=スカフーと呼び、私は彼のことをロード=ドラクと呼ぶ。彼は私の本名を知らない。私も彼の本名を知らない。その程度の関係。その程度の繋がり。

 誰にも見咎められることなくこの場所へやってきて、丸い椅子に座る。黒のカーテンは月の光をすべて遮断し、室内には蝋燭の揺らめく明かりしかない。正面に置かれた姿見に私の姿が黒く映っている。

 まるで、そう、まるで別の世界の悪魔のように。

 黒く淀むようなドレス。ふわふわに膨らんでいて、中身とは大違いだ。そろえた両手と顔だけが白く光り、細い。

 闇に溶けてしまっているような私の髪を、いつ彼が来たのか、ロード=ドラクが梳いている。

 愛でるように、

 愛おしむように。

 ああ、でもそれは私の願望なのかもしれない。

 彼に愛はない。まるで生まれながらにして放棄してしまっているかのように、欠けてしまっている。だからこそ、私の感覚をすべて奪ってしまえるのだ。

 恍惚が私の肉を占める。

 きっと、彼が私を殺してしまったとしても、私はそれに気がつかない。感覚を彼にすべて委ねてしまっているから、私は、私が誰かを殺していると錯覚するだろう。

 それだけだ。

 彼の手が休むことなく私の髪を梳く。

 けれども優しく。

 もっと乱暴に、無理やり私を襲ってくれればいいのに、彼はそれをしない。私が望んでいると言えば、彼は私を襲ってくれるだろうか。けれど、そうしたら私と彼の関係なんて、ほんのちょっとしたことでグラスが倒れてしまうように、終わってしまう。それだけは避けなければならない。

 不意に彼の動きが止まり、まるで、石になってしまったように固まる。

「どうしたの?」

 私は姿見越しに彼の顔を見た。

「なんでもない、考え事をしていただけだ」

「そう。じゃましてごめんなさい」

 だめだ。いつもこれで終わってしまう。

 彼は私の首筋を一度撫でてから、髪を軽く持ち上げる。ゆっくりと彼の顔が首筋に近づき、私の首筋に舌を這わせる。

「ああ、ああっ」

 まるでお預けをされていたようで、私の肉は恍惚を我慢できない。

「アイーシャ、君は徹しきれない」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ロード=ドラク。あたしが愚か者のせいで、あなたの力になれなくて」

「泣くことではない、アイーシャ。それがだめなのだ。アイーシャ、あと一週間だけ猶予を与える。それまでにすべてを捨ててしまえ」

 彼は翻ると消えてしまう。

 姿見に残ったのは、すべてが黒く、小さく、醜い存在だけ。肩を震わせるようにして泣いている自分だ。

 いつの間にか姿見も、黒のカーテンも取り除かれている。

 繰り返す嗚咽を咎めるように東からの朝の光が私を照らす。

 捨てることなんて、できない。

 私は彼に奪われてしまえばいいのに。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ