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僕と彼女の関係は、喩えるならば、トランプで作ったピラミッドだ。いつ壊れてしまってもおかしくない。奇跡的なバランスによって保たれているだけで、次の瞬間にはもう何も残っていないかもしれない。
僕と彼女の関係を知るものもいない。だから、一度壊れてしまえば、誰かによって修復されることはない。それに誰も知らないからこそ、僕と彼女は繋がっていられる。
繋がるという関係は、心理的な表現とは違う。だからといって肉体的に繋がっているわけではない。きっと僕と彼女が肉体的に繋がることはない。そんなことを彼女が望んでないことを僕は知っているし、僕もまた彼女と肉体的に繋がりたいなどと思わない。
ただ触れているだけ。
僕の指が彼女の黒い髪を梳いている。
彼女は丸い椅子に座り、まるで中世の人形のような服を着ている。ふわりと膨らんでいて、呼吸する以外動かない。正面にある鏡に映った表情もほとんど変わらない。多くの時が閉じられている瞳も、開いたとしても何も語らない。口も鼻も同じ。呼吸を止めてしまえば、人形と変わらない。
両手を膝の上に載せて動かない。
その手の細いこと。
針のような指は少し力を入れれば折れてしまいそうだ。
でもきっと彼女は、折れてしまっても何も発しないだろう。泣くこともなく、驚くこともなく。まるで自分の体の一部だと認識しないように。
むしろ、もし彼女の指が折れてしまえば、泣いてしまうのはこの僕だ。痛い痛いと泣き叫ぶだろう。
彼女の肉体を今所有しているのは僕だ。
僕が彼女の髪を梳いているとき、僕は彼女であり、彼女は存在しない。
この甘美なひと時を過ごすためだけに僕は一週間という長い地獄を生き抜いているのだから。もしこの時間が永遠に続くというのなら、僕はすべてを失っても構わない。それだけの価値がこのときにはある。
彼女の髪を梳いて、
ああ、
それから僕は……。
「どうしたの?」
顔を傾けて固まった彼女が小さく言った。
「なんでもない、考え事をしていただけだ」
「そう。じゃましてごめんなさい」
彼女は謝ると少しだけ首を前に倒す。黒い髪の間から、彼女の白い首が見えている。僕の胸が激しく唸る。
僕が少し力を込めれば、この首を折ることはたやすい。それほどまでに細く、美しい。僕は彼女の髪をまとめあげると、その首筋にそっと口付けをする。それにあわせるように彼女は首を傾け、その口からああと吐息を漏らす。
僕は口を開けると、彼女の首に牙を立てた。
「ああ、ああっ」
このときだけ彼女は声を発する。まるで人形だったものが受肉し、生を謡う。だからここでおしまい。僕は彼女から体を離す。
「アイーシャ、君は徹しきれない」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ロード=ドラク。あたしが愚か者のせいで、あなたの力になれなくて」
「泣くことではない、アイーシャ。それがだめなのだ。アイーシャ、あと一週間だけ猶予を与える。それまでにすべてを捨ててしまえ」
夜が明けるまで、彼女は丸い椅子に座り嗚咽を繰り返す。僕は鏡を撤去し、僕がここにいた痕跡をなくしてからここから出ていく。それから彼女がいつあの場所から消えるのか、僕は知らない。一週間経ち、僕が再びここを訪れると彼女は同じように椅子に座っていて、全く動かない。もしかしたら一週間そこにいるのかもしれない。けれど、それはありえない。空想でもない限り、現実化しない。それなのに、もしかしたらあるかもしれないとも思う。彼女の細い腕、脚、体は、全く何も食べていないことによって保たれているのかもしれない。
危うく、奇跡的な関係だ。