泣いた悪猿85
だが同時に、永山は安心もした。邪鬼の心などわからなくていいのだ。この男は人間なのだ。人でないものの考えることなど、完全に理解する必要などないのだから。
「……コウタロウ……さん、よ……」
永山には死ぬ前に、二つだけ伝えておかなければならないことがあった。胃と気道から溢れ出る血に邪魔されながらも、口の中で鉄の味の洪水に溺れながらも、これだけは伝えておかなければならないのだ。
「……首俵という……名を知ってるか……?」
永山がこんなときに悪名高いマシラの名前を出す理由を、死神は知っていた。退魔師の情報網は伊達ではない。死神は既に、自らを魔道に落とした一派の首領に見当をつけていた。
「尾張の首俵、俺の体をこんなにした主犯だ。……まさか、奴の居所を?」
永山は答えようとして、喀血に止められた。喋る代わりに、西を指差した。
「……西京か!」
永山は頷いた。カンパニーの最上級幹部の席を戴いた首俵は、本部のある西の京に拠点を構えるだろう。今までは浮浪の悪党だった首俵だが、具体的な拠点を手にしたならばそう頻繁にはフラフラ動かないだろう。つまり、死神が首俵を狙うチャンスは以前よりずっと増えたといえるのだ。




