泣いた悪猿81
まだ昼間だというのに、寂れた街は夜のように暗かった。春だというのに締め付けるように寒かった。それが餓鬼界に堕ちた自分自身から流れる瘴気のせいであることを、永山は理解していた。おそらく彼は街で最も危険な邪鬼と化している。今すぐ滅しなければ、いつ大量殺戮をしでかすかわからない。
ユウコの笑顔が脳裏にちらついた。彼女が老いゆくまで一緒にいたかった。まだまだ何年も幸福に浸かっていられると思っていたのに。それはあまりに身の程知らずな夢物語だった。薄刃の上を渡るような、いつ終焉を迎えるかわからない儚く脆い生活だったのだ。
「……ふざけるなっ!」
死神の反応は、意外にも怒りだった。死神にとって仇であるはずの永山を手に掛けるのは、むしろ喜ばしいものだと踏んでいた。が、怒った理由も理解できた。死神は永山と似ているのだ。邪鬼の肉体を持ちながら人として生きることを選んだのだ。
死神が永山を見逃したのは、面識すらないユウコを不幸にすることが気が咎めたからだと思っていた。が、実のところは他にも原因があったようだ。人ならぬ身でありながら人として生きようとしている永山に、自分自身を重ねていたのだろう。だから、殺すのに躊躇したのだろう。
そして、だからこそ人として生きることを断念しようとしている永山が許せないのだろう。




