泣いた悪猿⑥
「待てっ!てめえ、どうしてオレをつけ狙う!?」
永山は一見して何の役にも立たないことを口走った。
「自分の胸に手を当てて考えて見ろ」
男は話に乗る様子さえない。コートの外に出ていた右手首が消えた瞬間、永山の背筋に冷たいものが走った。何か武器か、若しくは符を出そうとしているに違いない。
「待てよ。説明くらいしろ。人間を襲いもしないオレを、どうして狙う?」
せっかちな敵の動向に、永山は早くも交渉のカードを切った。
「……何だと?」
男の手が再び見えた。暗くてよく見えないが、何か刃物のような鋭いものが目に映った。が、幸いにも動きはそう早くない。
永山は状況を素早く分析した。もともと頭の良い方ではない永山がこんなにものを考えたことは無いというくらい、脳髄をフルに動かした。
今、敵は迷っている。永山の切り札である“人を襲いもしないオレ”という言葉は、見事に交渉の糸口を開くのに功を奏した。ただ、まだ迷っている段階だ。敵が恐れているのは永山の切り札が嘘っぱちのハッタリで、隙を見て反撃することに他ならないだろう。となれば、永山の切り札は嘘でもハッタリでもないことを確信させてやるしかない。