泣いた悪猿52
ユウコの指の上に乗っているものが何を意味しているのか、永山にはすぐわからなかった。
彼女の目尻にはまた涙が溜まっていた。涙もろいユウコは懲りもせず現実とおよそ関わりのない物語に、感情を揺さぶられたらしい。
と、ユウコの顔をしばらく見ていた永山はようやく気付いた。ユウコだけでなく、彼の目尻にも涙が溜まっていたことに。
「なんだこれは……?」
永山は自らの目を疑った。
架空の物語に心を動かされるなど、マシラにはありえないことだった。いつの間にやら、人間の考え方に徹底的に毒されていた自身自身に気付いた。そして、そんな状況に困惑すらしていない自分にも。
思えばここ一年、人間に近づく努力しかしていなかった。邪鬼としての立身出世のことなど微塵も考えずに、人間として生きることのみに邁進し続けてきたのだ。ここで涙してしまったことは、その努力の集大成とも言えた。
ユウコを騙すために始めたはずの人間観察が、知らず知らずのうちに手段と目的の区別が曖昧となり、ついには永山自身がまるで人間のようになってしまっていた。しかもその結果は、邪鬼としての生が馬鹿馬鹿しくなるほど充実した毎日だった。




