泣いた悪猿21
永山のアパートには灯りがついていた。きっとユウコが夕飯を作っているのだろう、いつもの鶏の唐揚げの香りが鼻腔を喜ばせた。
ドアノブに手をかけた永山は、根拠のない不安にかられた。もしやミカドの刺客がここを突き止めてやしないだろうか?あの死神はなぜか永山を見逃してくれたが、ミカドというのは腕利きの退魔師を何人も抱えている。つまりあの死神以外の刺客が永山の家を突き止めて、居合わせたユウコに危害を加える可能性があることに永山は気付いたのだ。
永山の心音が高まった。もし、ユウコが人質にとられでもしたらどうしようか?いや、それはまだ最悪の事態ではない。最悪の事態とは、永山が帰るより先にミカドの手のものがユウコを殺害してしまっていることだ。
それが杞憂であることは、頭の悪い永山にも理屈ではわかった。ミカドの連中は人間なのだ。人間の法では互いに殺し合うことが禁じられている。
邪魔な相手を殺す権利と自分が殺されない権利。矛盾する両者を天秤にかけて、後者を選んだのが人間という生き物なのだ。永山ら人外のものからすれば、どうしてそんな窮屈な選択をしたのか理解に苦しむ。しかし、このときばかりは人間の愚かさに感謝すらした。自らの馬鹿馬鹿しい価値観のために、人間は永山が最も恐れる一手を自ら封印したのだから。




