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泣いた悪猿⑪
マシラたちの常識からすれば人間を一年以上も断つというのは、苦行とも言えることだ。目の前にゴロゴロいる食料を、わざわざ無視することなのだから。永山の知る百匹を越える仲間内でも、そんなことをしているのは“飛騨派”と呼ばれる親人間派閥に属するものの、その中でも特に極端な思想を持つほんの十匹ほどなのだ。それほど罪の浅いものでも、お目こぼしいただけないというのだろうか?こいつはマシラの眷族を壊滅させたいらしい。
だがしかし、永山の言う理屈はあくまでマシラたちの常識を前提としていた。永山も人間に混じって生きている身だからわかることだが、人間からすればたかが一年の間だけ人を殺していないから無罪同然を主張するなど、話にもならないレベルなのだろうことは汲み取れた。
交渉は決裂してしまった。永山が持つ切り札は、ついに彼の命を繋ぐのには役立たなかったようだ。
「……すまねえ、ユウコ……オレ、ここまでみたいだ……」
永山は愛する女性の名を呟いて、辞世の言葉としようとした。




