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泣いた悪猿⑩

つまり

永山が人間を食べなくなったというのは命乞いのための嘘ではなかった。

勝ち目のない戦いに挑んだり先の読めた逃走に賭けるよりも、交渉に持ち込んだ方がずっと助かりやすいといえるだけの材料を、偶然なのか必然なのかはわからないが切り札として持っていたのだ。


「……いいか、聞けよ。オレは確かに人間じゃない。あんたの見立て通り、マシラの眷属だ。このイイ男の面を一枚剥がせば、おっかない大猿サマの登場ってわけさ。へへ……。

でも、ここ一年は訳あって人間を食ってない。やめたんだ。金もねえから鶏ばっか食ってる有り様さ。お陰で見ろよ、こんな痩せ細っちまってさ。いくらオレが人間じゃねえからって、悪さもしてねえ奴をブッ殺すとか、酷くねえか?」

永山はしっかり敵の目を見て、詰問するように言葉を発した。あたかも相手の方が道理に反したことをしているような、そんな言い方をした。頭の良くない永山だが、こういう論の転がし方には心得があるつもりだった。件の宗教団体は、相手を言い負かす話術を永山に学ばせてくれたからだ。が……

「一年、か……」

男は緩やかながらも、右手の刃を永山に向けた。やはり暗くてよく見えないが、それが手足のように使い込まれ、人外のものたちの血を多量に吸っているのだけは臭いでわかった。

「一年程度の人間断ちが命乞いの材料に値すると思うなら、おめでたい脳みその持ち主としか言いようがないな」

永山は考えが甘かったのを痛感した。こいつは徹底して人間の側にいるのだ。


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