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Foxy  作者: 永山容
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第2章

翌朝のクラス中の話題は昨日の事で持ちきりだった。

喧嘩事件、不良三人がケガ、うち一人は鼻骨骨折・・・金城なのは言うまでもない。

どうやら永山にとって骨の1本や2本は大怪我のうちに入らないらしい。

地面に転がってる3人を用務員が見つけ発覚したそうだ。

こっそりと様子を見たとき、永山が少し動いていた。

1人目が倒れる。

2歩目で2人目、3歩目で金城。

右、左、強めの右・・・一人一発合計3発。

「誰がやったんだろうね」

麻奈が聞いてきた。

「仲間内でしょ?本人たちもそう言ってるんでしょ」

私は犯人を知っているが、別に白状したって何の得にもならない。

「巴は知らないの?タメの化け物の話」

「なにそれ?」

初めて聞いた。

「特待生で入学したんだってさ」

「何部?」

「空手部。中学2年で県大会優勝、3年で関東大会優勝」

「・・・凄いね」

「3年の時にも県大会で優勝してるらしいけど、中学の部じゃなくて一般の部だって・・・」

「そいつが?」

「噂ではね」

「どんなヤツ?」

「ナガヤマって名前らしいんだけど、タメでは4人もいるから分からないんだよ。ゴリラみたいなヤツに違いないよ」

ゴリラ?

私のイメージはキツネだ。

「特待生で入学しときながら部活に来ないんだってさ。先輩達は生意気だって頭に来てるみたいよ」

「そんなことしたら退学になるでしょ」

「そうなんだけど、まだなってないみたい。噂ではそれだけ体育系の教師達に一目置かれてるからだってさ。ウチらと同じ16歳のクセに」

学年にナガヤマは4人。

テニス部、卓球部、野球部・・・。

確か「帰宅部」って言ってた。

あのときの教師は空手部の顧問なのだろう。

昼食時、購買に向かう途中、人溜りが出来てた。

中心は永山だ。

さすがに見つかった・・・3人は長山で1人だけ永山。

スニッカーズを齧りながら「オレじゃないよ、人違い」としきりに言っている。

一瞬目が合ったけど、すぐに永山は目をそらして連中の質問に戻る。

私にとっては、ま、どうでもいい。


キャンバスにはどうにか鉛筆だけで構図を描くことが出来たけれど、そこでどうしても止まってしまう。

まだあの夢のイメージを覚えてるうちに描いてしまいたいのだが、絵の具のボキャブラリーで気に入るものがないのだ。

職員室に部室の鍵を返しに行ったら永山がいた。

校長とあの顧問と教師・・・恐らく担任だろう。

職員室を後にしたとき、「はい、明日出ます」と永山の声が聞こえた。


「プレゼントを返すのは・・・失礼なんじゃないかな?」

図書室で本を探してる永山を見つけ、私は「ライ麦畑で捕まえて」を返そうとした。

「それにオレはもう持ってるし」

「古くなってるんじゃないの?持ち替えればいいじゃない」

「高野さんって優しいんだね。気持ちはありがたいけど、自分の持ち物には愛着が湧くタイプなんだ」

もちろん私はそれは失礼な事だしあんまりだってコトも分かってた。

正直言えば本はとても気に入った。

目的は永山を怒らせること・・・でも皮肉を言われてあしらわれただけだった。

「読んでくれた?オレが書いたわけじゃないけど」

やっぱ・・・こいつモテない。

「微妙だった。他にお勧めは?」

初夏に視線をやったまま永山が聞いた。

「どの辺りが微妙だった?」

質問に質問で返すな。

「えぇっと、あの先生。最後に出てくる・・・」

「アントリーニ先生?」

「そ、説教は分かるんだけど、その後はない方がいいんじゃない?」

「オレも最初はそう思ったけど、サリンジャーはコールフィールドの心境を描写したかったんだと思うよ。実際うまく描写されてるしね」

まぁ、そうだろうけどさ。

結局、永山は「カラマーゾフの兄弟」を勧めてくれた。

上・中・下の三冊・・・ちょっと辟易した。

上・下二冊の横にある「罪と罰」だったら少しはホッとしたのに。

部室に行こうとしたら

「高野さんは何部?」

「美術部」

「やっぱ絵が好きなんだ」

てっきり陶芸の事を言われると思ってたが意外だった。

その後、どんな絵があるのか見てみたいと永山は私に着いてきた。

まぁ、この男なら妙な事はしないだろう・・・一度助けられてるしね。

「これ、高野さんが描いたの?」

部室にぽつねんと置かれてる絵を見ながら永山は聞いた。

「感想は?」

「うまいね」

「それだけ?」

「それだけ」

「よかった、それ別の人が描いたやつだから」

いたずらっぽい笑顔で永山が笑う。

この男は何を考えてるんだろう?

窓辺の陶芸作品を永山は見る。

「これはカミーユ、を参考にしたのかな?」

「カミーユって?」

「カミーユ・フロベール」

「知らない。それはロダンを参考にしたんだよ」

「カミーユはロダンの愛人だったんだよ。同じ陶芸家でロダンの弟子。ロダンと別れ彼が有名になると、カミーユの作品はロダンの模倣だって言われた・・・そうとう参ったろうね」

まるで独り言のように永山は言う。

「高野さんの絵は?」

「まだ途中」

「そっか。これから描くの?」

「後でね。あたしは絵はいつも1人で描くから」

「好きな画家は?」

いきなり聞かれると中々出てこないものだ。

「コバルト」

永山がぽつりと言う。

「そんな画家いたっけ?」

「いや、絵の具。油絵の具にはコバルトが入ってるやつがあるから使うときは気をつけたほうがいい・・・今時は珍しいけどさ」

「それはご親切に」

「ゴッホはコバルトにやられたって話は知ってる?」

「さあ」

「コバルトは重金属で神経をやられる、耳をそぐかもしれない。黄色は美しい、燃えるようだ・・・ゴッホの有名な言葉だよね。実際コバルト中毒には黄色はそう見えるらしい」

「ふーん、色んなこと知ってるんだね」

「そうでもないよ、オレには芸術は分からない」

「人の殴り方は知ってるけど?」

「ハハハ、随分辛らつだね。まぁそれはそうだけど、芸術とは何の関係もないよ」

「調子に乗ってる、スカしてる」

「オレが?そんなつもりないのにみんなそう言うんだよな」

「特待生で入学しときながら部活に行かないのは?」

困ったような苦笑いの後

「色んなことを知ってるね、高野さん。でも部活に行ったよ」

「もう時間でしょ?」

「ああ、大丈夫だよ。今日の分は昨日終わったから」

「昨日?」

「全員とやらされた、生意気だって防具なしでね」

「・・・よく無事だったね」

「1人ずつだったから。一斉に来られる前に先生が来てくれてよかったよ」

「幽霊部員?」

「そ。大会には出ないといけないんだけど別に負けたって退学になるわけじゃないし」

「負ける気もしない?」

「いや、別に何も。ただ試合に出て殴り合って終わり。一日が無駄になるだけ」

「よく先生が許したね」

「だよね」


2年の進級時、私は永山と同じクラスになった。

友達は増えたが、クラスは男女はっきりと別れた。

どうも双方、クラス内を恋愛対象とみなしていないらしい。

どうでもいいが、敢えて言わせてもらうなら「ガキっぽい」

みんな恋に恋してるっていうか、まだ見ぬ理想のパートナーを追いたいわけだ。

男も女も学校が違ったって本質は何も変わらないのにね。

昔の歌にもあったでしょう?「あなたにとって大切な人はすぐそばにいるよ」ってね。

一年の終わりに麻奈からグループ交際(ここら辺が垢抜けないっていうか・・・合コンでしょう)の誘いがあり、その時に私と麻奈に彼氏が出来たが、私の方は3ヶ月で別れてしまった。

別段たいした男じゃない、メールで告白されメールで振った。

デートは一回、バイクと喧嘩自慢でうんざりしたのだ。

永山のほうは浮いた噂はない、まぁ当然だろう。

というより、前回話したのは美術室・・・一年近く前だ。

あれから絵はだいぶ進んだが、いまだ完成はしていない。

永山にも何人か友達は出来ていたが、それほど親密ではないようだ。

いつも大人しく退屈そうに授業を受けている。耳にはMDのイヤホン。

彼は生徒会に入ったが、押し付けられたのを嫌々ながらだった。

それは私も同じだった。

読書研究サークルにも新たに入ったらしい、これで空手部兼生徒会兼読研部・・・バイトはしていないのかしら?


「・・・それで?」

「それで?って。それだけ?」

「高野さんの問題でしょう?別にオレには関係ない、冷たいようだけど。話をしていて気分が晴れるならまだ聞くけど・・・まぁ無理だろうな」

「どっちの?」

「お互いに。正直オレにはただの自慢話に聞こえるんだよ。いささか退屈ではあるけど、別に腹を立てるほど聞き慣れてないわけじゃない」

分かりやすい男だ。

「相手は偏差値の高い学校のテニス部のエースの先輩だって?吊り書きとしては文句ないじゃんか。どんなヤツかは知らないけど」

「どんなヤツか知らないから聞いてるんじゃない」

「何を?」

「何をって。どうすればいいの?」

「アドバイスを期待してるの?・・・無理だよ、そういうことにはからきりでね」

「からきりって?今まで誰かと付き合ったことは?余計なお世話だけど」

「そりゃあるけど。参考にはならないよ」

これは意外だった。いや見栄を張っているのか?

「どんな人?誰?」

「違う高校の人、一つ年上・・・どんな人?いつも困ってた感じかな」

「それだけ?」

「それだけ」

永山は黙々と画用紙をハサミで刻む、生徒会の雑務にいかにも専念しているように。

「・・・それで?」

無言が5~6分続いた後、永山がぽつりと言った。

私は「掛かった」と嬉しくなる。

「こっちは私と麻奈、向こうは麻奈の彼氏とそのテニス部の先輩。男が1人足りないんだよ」

「いや、それでいいんじゃないかな?オレが行くと話がややこしくなる」

フフフと、私は不敵な笑みをする。

「・・・話をややこしくしたいわけね、まったく。いいよ、いつどこで?空けとくよ」

場所と日時を告げたあと、永山は小声で

「みんなそうなんだよな。いつだって自分で答えを決めてから相談に来るんだよな。アドバイスなんてとんでもない」

「何か言った?」

「別に。そんなに嫌なら断ればいいじゃんか、てね」

「あたしにだって付き合いはあるし、もしかしたらいい出会いかもしれないでしょ?」

「好きにしてくれよ・・・まったく、出向いたこっちはいい面の皮だ。まぁ暇だから付き合うけどさ」

「お返しに永山君が困ってたら助けたげるからさ」

「オレがもし何かに困ったとしても高野さんに相談する事はないだろうね。いや、いい意味でね」

私には意味が分からなかった。


3日後、川崎駅の時計塔で待ち合わせ。

私が着いた時はすでに向こうは揃ってて、その後に永山が階段から、麻奈が改札からやってきた。

すき家で夕食後、カラ館へ行った。

なんですき家なんだ?・・・もっと他にあるだろ?

永山が半ば強引に空腹とすき家を主張したため、麻奈カップルは早くもうんざりムード。

向かいのテニス部は永山には目もくれないで私に話しかけてばかりだ。

永山は黙々とつゆだくの豚丼を食べている。

「あの~すいません」

テニス部の話の腰を永山がバキッと折る、少しホッとした。

「あ、何だよ?お前・・・」

話の腰を折られたテニス部は少しイラッと来たようだ。

「あ、永山っす」

「で?」

「ラスコーリニコフは「罪と罰」でアリョーシャが「カラマーゾフの兄弟」です。あと「初恋」を書いたのはドストエフスキーじゃなくてツルゲーネフですよ。「異邦人」を書いたのはカミュで「太陽が眩しかったから」はザムザじゃなくてムルソーの台詞です。ザムザは「変身」の主人公で、こっちがカフカですね」

知ったかぶりがバレてしまったのでテニス部は苦笑いで誤魔化した。

そこでよしておけばいいものを、この男なりのプライドがそうさせたのだろう、逆に永山に質問した。

「俺はほとんど日本文学しか読んでなかったからな。お前は?」

年下とはいえ、いきなりのお前呼ばわりに私は嫌悪を感じた。

だけど永山はこういう対応に慣れてるらしく、涼しげな顔で

「あまり・・・教科書レベルっすね」

「三島由紀夫は?」

「金閣寺は読みましたけど」

「何だよもったいいねえな。文体の美しさは抜群だぜ?「石炭をばはや積みはてつ」「国境のトンネルを抜けたらそこは雪国だった」毛唐にゃ無理」

“毛唐”と言うキーワードに少し眉を動かした後

「先輩、一々すいませんが、「雪国」は“こっきょう”じゃなくて“くにざいかい”です」

「・・・うるせえな」

雰囲気は一気に悪くなった。

その後のカラオケでも永山はやってくれた。

麻奈たちは雰囲気を盛り上げようと、いや、そういう方向に持っていこうとラブソングばかり歌ったが、永山は「自衛隊に入ろう」やピンクレディーの「SOS」を歌いだした・・・てかよく知ってるな。

♪男は狼なのよ~気をつけなさい~、年頃になったなら~慎みなさい~

羊の顔していても~心の中は~狼が牙を向く~そういうものよ~

「この人だけは~大丈夫」だなんて~うっかり信じたら~

ダメダメ、ダメ、ダ~メダメヨ SOS、SOS 今日もまたどこか~乙女のピンチ~♪

テニス部は(西田というらしい)流れを変えようとビールを注文した。

まぁ私も別にグレてるわけじゃないが、このくらいで面食らうほど初心ではない。

永山だけは相変わらずウーロン茶を頼んだ。

「何だよお前、飲めねえのか?」

バカにした顔で西田が言う。

「ええ、今日はバイクなんすよ」

「なに乗ってんの?」

「あぁ原チャすよ。中古のゼックス」

「よかったなぁ、400なんかお前が乗ってたら殺されてるよ」

「誰にですか?先輩」

「俺に。そうじゃなくて、飲めるのか?」

「まぁ一応は。でもオレだけ制服のままだしヤバイっすよ」

「飲めねえなら最初からそう言えよ、あんまシャシャんな」

麻奈たちは聞こえない振りをしてる。

私も。

ビールが運ばれ、みんなが騒ぎ出す。

もはや歌うのは永山だけになっていた。

麻奈たちは横でイチャイチャしている、アルコール+場の雰囲気というヤツだ。

私の横で西田が口説きに掛かる、私の肩に腕を回した時に

「身後黄金北斗ヲ支フトモ不如生前一杯酒」

唐突にマイクで永山が言った。

室内はしーんとする。

「・・・はぁ?」

マイクを持ったまま

「死んだ後に北斗七星を支えるような黄金を積まれるよりも、生きてる時に一杯の酒を下さい、そういう意味です」

「ほら」

西田がビールを永山にかけた。

雫が目に入って少しだけ沁みた。

麻奈たちは一瞬驚いたが、すぐにビールまみれの永山を笑い出した。

西田もその後に笑う。

永山は3人を見た後、私を見た。

私は何とか笑って見せた。

その後、永山はやっと笑ってくれた。


カラオケの後、新たに1人が車でやってきた。

「おっと、お前はここまで」

永山はきょとんとして

「え?どうしてっすか?」

「5人乗りだからだよ、バイバイ」

すでに乗り込んでた私の横で、酔った麻奈が永山に「バイバーイ」と言う。

捨てられた子犬のような目(見た事はないが)で永山は

「オレはトランクでもいいっすよ。こんな風に置いてかないで下さいよ」

その後、男たちが相談を始めた。

麻奈は横でタバコを吸いながら

「ねえ巴、あいつバカなの?」

「バカ?永山が?」

「まさかまだあいつが“タメの化け物”って信じてんの?完璧に人違い・・・あいつ、やられるよ」

永山はのんびりと眼鏡を拭っている。

いつもの涼しげな表情だ。

「いーよ、乗んな」

助手席の麻奈の彼氏が車から降り、代わりに永山が乗せられた。

麻奈の彼氏が

「いつものとこだよな、すぐに行くから」

とだけ言って去った後、車が走り出した。

「これからどこに行くんすか?」

後部座席の西田が

「楽しいところ」

「マジっすか、めちゃ楽しみ」

「有料だけどな」

「念のために少し多めに持ってきてよかった、けど高野さん大丈夫?」

「無料」

私の代わりに西田が答える。

「え、何で?」

「大人の世界はレディ・ファーストだろうが?お前はガキか?」

ハハハっと乾いた笑いをあげた後

「知ってます?こういう話があるんです」

後部座席の麻奈が助手席を蹴飛ばす。

「違うんだよ、もうお前は車に乗っちまってるんだよ」

「そんなの分かってますって。先輩たちこそ分かってますか?」

「何を?」

「あぁ、やっぱり分かってない」

「だから何だよ?」

「オレ、病気なんすよ」

「頭がおかしいのか?」

麻奈がクスクス笑う。

「あぁ、そこは大丈夫ですよ」

そういえば昔、こんな事があったな。

「ケガは?」

「どこも。先輩は?」

「これからも大丈夫だ、俺らはな」

フハハハ!、と心底楽しそうに笑った後

「そうだといいっすね」


車は川崎港に到着した。

私と麻奈だけが車に残り、ドライバーも西田も永山も降りた。

西田はメリケン、ドライバーは警棒を取り出す。

永山はまた軽く笑った後

「先輩、そりゃないっすよ。オレはほら、この通り手ぶらで。財布だけ」

「金額に応じて手加減してやるよ」

「じゃあオレもそうしようかな」

「マジでイカれてるな。治してやるよ」

「その魔法のステッキで?ハハハ、そりゃステキ」

ズコッ・・・と頭の中で誰かがコケた。ホームラン級のオヤジギャグ。

麻奈がパワーウィンドウを下げた。

「健二、重雄の分は残しときなよー」

永山は冷ややかな笑顔で麻奈を見ながら

「ってことは全部で3人か。1人一回として3回・・・」

「こいつ本当にイカれてるよ。殺しちまおう完璧に」

「3回オレを殺すチャンスをあげますよ。大丈夫、約束は守ります。でもダメだったら骨を一本もらいますね」


「大体さ、取って置きの場所に連れて来たのに気の利いたことも言わないでいきなりそんなの取り出すなんて。ムードってやっぱ大切ですよ、先輩達ときたら初体験に臨んだ童貞みたいに・・・」

まだ何か続きがあるみたいだったが西田は近付いて警棒を振りかざす、が警棒は振り下ろされず

背負い投げで永山が西田を投げる。

サッカーボールのように永山は西田の頭を蹴る。

「はい、一回」

メリケンは殴りかかるが、永山は笑いながらかわす。

「ちゃんと相手を見ないと、動きを小さく、打つときは小刻みに」

ちょんちょんと永山の左腕が動く。

「タバコの吸い過ぎ」

永山のチョンチョンがその後も続いたが、やがてメリケンは倒れた。

「2回目・・・新藤さん?」

麻奈は先ほどから言葉を失っていた。

あまりにも一方的過ぎたのだ。

「え、はい!?」

棒を飲んだように麻奈は永山に答えた。

「彼氏に早く来てもらえるように電話してくれないかな?まだ一回残ってる・・・正直、少し退屈してるんだよ」

麻奈は慌てて携帯をかけたが

「・・・出ない」

はぁ、とため息を吐いた後、永山は麻奈に歩み寄り携帯を取り上げてバキっと折った。

「あぁ!!」と麻奈が怒りの声を上げる。

嘲笑を浮かべて

「人のケガはほっといても治るけど物はそういうわけにはいかないもんね。そうそう、そうでなくっちゃ面白くないよ。ホント最高だよ新藤さん」

折れた携帯を転がってる2人に投げてぶつけたあと、永山は西田の胸倉を掴んだ。

「先輩、こんな通販の警棒なんか今時小学生でも使わないよ」

パンパンと顔に平手打ちをする。

「約束、覚えてますよね?骨、どこがいいすか?」

西田は必死に永山の腕を振りほどいて

「よるな!・・・分かった、悪かった」

永山は相変わらずの笑顔で

「無理だよ先輩、ビールの時にオレは完全に頭に来たんだ、無理無理」

後ずさる西田に歩み寄る永山。

西田が殴りかかるが再び永山に倒される。

麻奈はキャっと声を上げた。

さすがにもう充分だと危険を感じて私は車を飛び出した。

「もう終わり!やめないと警察呼ぶよ!」

永山は残念そうに首を振りながら

「そりゃマズイよ、高野さん」

言い終わった瞬間、西田の右腕を永山は思い切り踏みつけた。

ボキリ、と音がした後、西田が絶叫を上げる。

「右腕尺骨・とう骨骨折、いやとう骨はひびだけな感じだな。幹部を冷却し固定して明日にでも整形外科に行って下さい。救急車呼んだってどうせ同じコトを言われるだけだよ」

麻奈が捩れた西田の腕を見て気を失った。

キョトンとした顔で麻奈を見て

「あ、新藤さん?大丈夫?」

私は麻奈を放っといて

「もう呼ぶ!警察!」

残念そうにうつむいて顔を振りながら

「警察は未成年を捕まえたら「酒を飲んだか?」って聞くよ。オレは飲んでないから別にいいけどさ。殺すと脅されました、死の恐怖を感じたオレは・・・だからマズいよ高野さん」

「誰か!誰か来て!」

「こういう場合は「火事だ!」って叫ばないと誰も来ないよ。もっとも誰かいたらの話だけど」

言いながら永山はメリケンの腕を踏みつけ同じく骨を折った。

「悪いけど、約束を破れない性格なんだ、オレ」

バイクの音が近づいてきたのが分かった。

私は頭の中が真っ白になっていた。

この男・・・狂ってる。


灰色のバイクは二人乗り、1人は麻奈の彼氏だがもう1人は知らない。

私は車に戻って麻奈を起こした。

麻奈は泣きながら彼氏のもとに。

「重雄、あいつヤバイよ!完全にイッちゃってる!平気で骨折った!」

「今のところはね、先輩はどうします?やっぱオレを殺します?」

麻奈の彼氏は地面に転がってる2人を見た後

「・・・いや、よしとく」

ハハハと永山はまた笑った後

「またまた。人にはやるのに自分だけ嫌だなんて・・・なぁ」

「あんまり調子に乗るなよ・・・!お・・・あ」

バイクの後部座席の男が永山に向かいながら途中で止まった。

永山は不思議そうな顔で見ている。

「あ・・・永山サンじゃないすか?・・・なんで」

永山サン・・・顔見知りのようだ。

「は?・・・新田?久しぶり」

「新田、こいつ知ってんのか?」

「う・・・もしかして、シゲさんの言ってたのって」

「このガキだよ」

顔に手を当てて新田が「あちゃー」と言った。

「ちょ、シゲさん・・・「このガキ」だんて・・・ヤバイっすよ、このままだとマジで殺されますよ。いくらなんでも永山サンに喧嘩売るなんて・・・死にたいんすか?」

“シゲさん”は信じられないような顔で永山と新田を交互に見る。

麻奈も同じだ。

新田は永山に駆け寄り(当たり前のように一定の距離を置いて)

「永山サン、すいません。シゲさん達知らないんすよ、永山さんのこと」

「そりゃ今日初めて会ったばかりだからね」

「いや、そうじゃなくて・・・なんかされました・・・よね?」

「ビールかけられただけだけど・・・された事よりしようとしてたコトが問題だよな」

「・・・うわぁ、終わった」

永山は本気のため息を吐いた後、一息に言った。

「っていうかさ、お前これからどうするつもりだったの?この場面に居合わせたのがオレじゃなかった場合。そうだな・・・父さんにも殴られたことないのにぃー!なんてヤツだった場合にさ」

「・・・」

「お前はそこのシゲさんに「生意気なガキをしごく」なんて連れてこられたんだろ?ついでに自慢のバイクも転がせるしな。きっかけなんてお前の場合これで充分だよな。さっきのアムロ君の場合だったらお前が颯爽とここに来る頃には虫の息だ。それを見てお前はビビるんだろうな。だけど「救急車を呼びましょう」なんて怖くて言えない、自分も捕まるかも知れないからな。そんでこういう風に都合のいいことも考えだすんだ「俺達は未成年だ、コイツを海に沈めればまだ完全犯罪の目があるじゃんか。どうせバレても俺達は未成年だ。だったら賭けない手はねえよ」ってさ。どうだ?結構いいセンいってるだろう?」

「そんな・・・永山サン」

「或いはアムロ君を殺さないで半殺しにした場合だよ。ま、お前はそれを想定して来たんだろうけどさ。取りあえずの暴力を現場の女の子に見せ付けて自分達の言う事を聞かせる。確かにこういう場合暴力ってのはテキメンだからな・・・でもさぁ、オレはそういうのホントに無理なんだ。考えただけでも鳥肌がたつよ・・・そうした時にさ、オレが出来る事って決まってるだろ?」

「・・・はぁ」

「お前は・・・まぁいいよ。勿論このままじゃ済まさないけど、今のオレにはやる事があるからさ。お前なんてその後でも充分だし。とにかくさ、オレはこういうの絶対に許せないんだよ」

「で、どうするの?」

自分でも意外なくらい、するりと声が出た。


「あぁ!!?」

永山は今まででは信じられないような憎悪のこもった目で私を睨んで答えた。

その目で射すくめられ、私は怯んだ。

「何言ってるんだよ?高野さん?あんた見てただろう、聞いてただろう?自分がどうなってたかってのも分からないのか?-ごめん、オレはこういうことはっきり言う性質なんだ-いいか?あんたはこいつらがオレをぶっ殺した後に輪姦される運命だったんだ。その後であんたはこう思うんだろうね、「こいつらを殺してやりたい」ってさ。想像力を働かせなよ?今あんたはその未来の願いが通じてこの場にやってきたんだよ」

「はぁ?」

「それも分かんないならあんたは大馬鹿だ。この場を過ごした後でも似たような場面に何度も遭っても人間を信じ続けるんだろうな。でも一つ言っておくけどその場にはもうオレはいないんだ。未来のあんたの彼氏だってアムロ君みたいに助けちゃくれないんだ。オレだってもっと助け甲斐のある人を見つけるだろうしな」

「はぁ?」

と顔を背けた後、「あぁっ!!」と怒りの声を吐き捨てて

「・・・こういう場合、オレはあんたを殴るもんなんだろうけど、そんな事は出来ないんだよ。もういい、あんたのコトなんて正直オレにはどうでもいいんだ。オレはただ自分が正しいと思った事をするだけだよ。あんたに出来るのは、状況が分からずに「はぁ?」って言い続けるコトだけだ・・・無力ですね?」

言い終わった後に永山は西田の折れた腕を掴み上げて無理やり立たせる。

悲鳴を上げる西田に永山は

「暴れない。オレは絶対に離さないから暴れたら折れた腕がもっと酷いコトになるだけだよ、あんたが暴れる事によってね。どう?背筋に寒気が走らないか?骨が折れると強烈な痛みで背筋がゾクっと来るそうだ。オレはそんな目に遭ったことがないか分からないけどさ」

私は何を言おうか迷っている。

取りあえず、この場を丸く治める一言を。

これ以上、誰も傷つかなくてもいい一言を。

「こっからは想像の話だけど・・・だから違ったら悲鳴を上げてください。あなた達はオレ達よりも前に何人かこういうことをしてるんじゃないですか?あくまでも勘なんですけど、なんていうか結構こなれてましたよね?特に車の手配とあうんの呼吸でのこの場所の指定はお見事です。さすがに人を沈めたり埋めたりしたことはないようですけど・・・あったとしたらさすがに今のままの手口は杜撰過ぎるし、そこまで日本の警察は馬鹿じゃないし。でも半殺しくらいはあるでしょう?」

西田の悲鳴。

「それもないって?ってことはあくまでも今回が初めてだったと?この場所は・・・そうだな、子供の頃に皆で花火に来た場所だって?「魔が差した」「ごめんなさーい」「もうしませーん」「反省してまーす」「もうおうちに帰してくださーい」えーん、えーん?」

西田の悲鳴。

「ふざけるんじゃねえよ!んなもん通ると思ってんのか?おめえらはオレを殺そうとした、そうだろう」

腕を捻り上げたまま永山の蹴り。

「だよな。じゃあさ、オレにも権利をくれよ。同じ未成年のよしみでさ。下らない話だけど聞いてくれ。戦後、日本が高度経済成長を迎えた頃の話だよ。路上における死亡者が急増し未だに横ばいになってるんだけど、何でだと思う?意外だけどアスファルトだよ。ぶっ倒れるヤツは舗装された地面の恩恵を受けて死ぬんだ。つまり、今あんたがぶちのめされたとする。死亡率から見て50%は二度と起き上がらない、まずは川崎警察署に運ばれて死亡届の受理と検死を待つ。病死や明らかな事故以外は変死体として扱われるんだよ。警察は動くけどまず初めにオレが正当防衛を訴え出る、ややこしい操作はここでストップでオレに落ち度があったとしてもこの時点で妙な扱いはされない、そのあたりは知ってるだろう?その後でそうだな、川崎市民病院に運ばれたあんたは検死の資格を持つ顔も知らない医者に体中を改められて一々報告書に書かれる。さっきのアルコールと変なハッパも検出され、オレの証言と状況証拠も加わってあんたは晴れて犯罪者の変死体になれるってわけだ。家族は一生肩身の狭い思いをして兄弟達は二度とまともな職に就くことはない。オレ自身も人生をかけてあんたをどん底に落としてやる・・・話が長くなったが、そういうことだよ、人を殺すって」

「永山君・・・」

「まだ何かあるの?」

腕を捻りあげた格好のまま永山がうんざりした顔をこちらに向ける。

いまこの男にどんなまともな事を言っても通じない、それはよく分かった。

「あたしは未来から恨みの念が通じてここにやってきた、だっけ?」

「え?ああ」

「じゃあさ、なんで永山君が暴力を振るうの?」

「高野さんに人なんて殴れないだろう?」

「答えになってないよ」

「何が言いたいの?」

「あたしちょっと考えたんだけどさ、こういうのはどう?ここにいる人たちの命をあたしが永山君から買い取るっていうのは?」


「はあ?」

さっきまで私が連発してた疑問符を今度は永山が言う。

「今この人たちの命運を握ってるのは永山君でしょ?」

「命運って、あのねぇ・・・」

「じゃあこの人たちをどうするつもりなの?殺すんじゃないの?」

「オレは一言もそんなこと言ってないでしょう?」

「そうだね、「骨を折る」ってだけ。もう折ったでしょ。なのにいまだにいたぶってる。さっきの質問に戻るけど、なんで永山君が暴力を振るうの?」

「さっき答えただろう?高野さんに人は殴れないって」

「だからってなんで永山君が暴れるの?永山君はあたしの何なの?何様なの?」

「何?何?って、少しは自分で考えたらどうなのさ。オレに何て答えて欲しいんだよ?さっきオレが何て言ったか聞いてないの?オレはこういうことが許せないんだよ。で、この場に居合わせたオレが出来る事ってのはこれなんだよ」

「これって何?」

「あのさぁ、見て分かるだろう?」

「ええ、永山君は「骨を折る」って言った。その後で実際に骨を折って今こうして痛めつけてる。あたしの目にはまだまだ続きがあるように写るけど?」

「続き?なんだ高野さん、それを聞きたかったんだね。この腐れ外道どもの身を案じてるわけだ・・・悲しいね、だって土壇場まで高野さんはオレのこと見て見ぬ振りしてたじゃない?オレがこうなってたのかも知れないのにさ」

「永山君はそんなに弱くはない」

「だからって傍観する理由にはならないだろう?さっきまでオレは「そもそもこれはオレのための罠でハメたのは高野さんじゃないのか?」って本気で思ってたんだよ。そんぐらいクールだったからね、高野さん・・・あれは少し傷ついたよ」

「何度も同じ事言わせないでよ。永山君はそんなに弱くはないでしょ」

「もういいよ、下らない。早く用件を言ってくれないかな?新藤さんがさっきからあなたの携帯を弄ってるんだ」

今までぼぉーと聞いてた新田が、慌てて麻奈のもとに駆け寄り携帯を奪う。

「永山君、過剰防衛って知ってる?」

「この状況では過剰防衛は成立しないよ」

「試してみない?」

ハハハ、と永山は笑い同時に西田の腕を離す。

西田は地面にうずくまり、折れた腕を押えて小さくうめき声を上げる。

「もっとも、あたしが無事に警察に行けたらだけど」

「無事に?オレが何をするって言うのさ?妙な事言うのはやめてくれ」

「そう?てっきりあたしは自分に不利な証言をする相手を黙らせるくらいのことはすると思ってるけど」

「あのねぇ・・・まぁいいよ。好きなところに行って好きな事を言えばいいさ。でもね、過剰防衛でごたごたが起こるくらいならいっそ傷害致死にでもなってやるよ」

「・・・馬鹿じゃないの?」

「あの~永山サン」

恐る恐るの新田が私の視界に入る。

「もう・・・ちょっとヤバイっすよ。さっきからこっち見てる人がいる」

長い夜だった。

結局その後は新田が仲介役になり示談で済んだ(シゲさんのポケットマネー)

車は2人のケガ人と麻奈と私と永山、新田はシゲさんをバイクに乗せた。

「オートマでよかったっすね先輩。そんな半端な腕じゃマニュアルは無理だ」

「・・・はい」

普通免許を持ってるのはメリケンだけだったので、かわいそうにこの男は痛みを我慢しながら運転した。

後部座席では西田が唸っている。

麻奈は横で震えている・・・私も。

「ここまでやることないじゃない・・・」

「どの程度ならよかったの?」

窓の外を面白くもなさそうに見ながら永山が言う。

「こんなのは想像できなかったよ」

「新藤さんは?」

「同じ・・・です」

「ホントかよ?結果が違っただけでしょ」

「・・・・・・」

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