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黄金色の愛情  作者: 悠凪
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 聖は父親を責めなかった。

 あの日、月の下で泣いて叫んで疲れた聖に、コウはずっとついていた。

 朝方になって、ようやく気を失うように眠りについた聖の手を、そっと握って、それから聖の家を離れた。

 それからまた数日が過ぎて、聖は一見何も変わらないように見えた。

 コウの前でも朗らかに笑って、元気に話して。コウは何か言葉をかけることはせず、普段通りに接することにした。

「聖、夜は眠れていますか?」

 夕食を聖とともに取りながらコウは聖に尋ねる。聖はしばらく考えて首を横に振った。

「正直ですね。嘘をついたら薬を盛ってでも眠らせようと思ってました」

 小さく笑ってコウは聖を見た。

「先生には、嘘をついても分かってしまうでしょう?」

「そうですね。たいていのことは」

「ずるいです」

「ずるい?」

 コウが聞き返すと聖は拗ねた顔でコウを睨んだ。

「私のことは何でも分かってるのに、先生のことは教えて下さらないんですもの」

「…確かに。私はずるいですね」

「え?」

「貴女のことを童と言いながら、あなたの強い心に…私は自分を責めず、長様を責めるなという枷をしました…申し訳ありません」

 コウが頭を下げると聖は泣きそうな顔をした。それでも涙は寸前のところで堪える。

「先生が謝って下さる事ではありません。私たちのことを心配して…ありがとうございます」

 にっこりと笑う聖の笑顔はとても悲しみを抱えた者には見えなかった。

 その顔をコウは目を細めて眩しそうに見た。

 あなたという人は…本当に純粋で強いんですね。

「先生……山の向こうの話を聞かせてください」

「…またですか?貴女にはもうほとんどの事を話しましたよ?」

 少し呆れた様子でコウは笑った。

「何度聞いても楽しいんですもの。私もいろんな場所に行ってみたいです」

 大きな瞳をキラキラと輝かせる聖。

「では、一緒に行ってみますか?」

「え…?」

「私と、ここを出ますか?」

「それは、どういう意味ですか?」

 聖はポカンとした表情でコウを見た。驚きすぎて箸が手から滑り落ちた。

「言葉のままの意味ですよ。貴女が望むなら…長様が許してくださるなら、ですが」

「でも…私は龍神様に…」

 聖の言葉に、コウはゆるゆると首を横に降った。

「貴女は贄になどなりませんよ。私がさせません」 

 コウは穏やかな表情で聖を見つめ、安心させるように頷いてみせた。

 その直後、コウは異様な空気を感じる。

 冷たくて残忍で、思わず顔をしかめたくなるような空気に、コウはため息をついた。

 聖もコウほどではなが、何かを感じたようで体を震わせた。

「先生!?」

 すがり付くようにコウのそばにより腕を掴んだ。コウはそれを笑顔で見つめ、手を握って顔を覗き込む。

「先ほどの答えは、後から聞かせてください。それと、貴女はここに。…いえ。お父様のところに行ってください」

 にこやかに笑うコウに聖は何を言い出すのかと驚いた。

「先生は…先生はどうなさるのですか?」

「私は、ちょっと用事を済ませてきます。すぐ戻りますからいい子にしていてください」

 そのままコウは立ち上がって、そばに控えていた数人の使用人に聖を託した。

「貴女たちも、みんなで長様の所に。決して外に出ていけません。聖、約束してくれますか」

 声音は優しいが有無を言わせないコウに、聖は頷くしかできなかった。

 不安に苛まれた聖の頭を、コウは大きな手で撫でてそのまま外に出た。

 外に出た途端に禍々しい肌触りの空気を感じて軽い吐き気すら伴う。

「成長しましたね…」

 その空気に飲み込まれる言葉を発してコウはゆっくりと森に向かった。

 一歩歩くたびに、夏とは思えない冷えた感覚がコウを襲う。足元から上がってくるそれは、はるか昔の記憶を呼び起こす。

 黒い鱗が怪しく光り、らんらんと輝く目。

 何もかもを混乱と恐怖に突き落とすことが至上の幸福だと笑う。

 水を纏った、禍々しくて美しくて、残忍な姿。

「悪趣味な空気は私の好みではないんですよ。貴方もよくご存知でしょうに…」

 コウは森の入り口で立ち止まり、思わず愚痴をこぼす。遠目に見える社には何者の気配もない。

 その向こうにある池のあたりから、空に向かって青黒い光が昇っている。

 早く来い。

 そう言われているような気がして、コウは小さく笑った。

 静かに歩を進めて社を横目に池に向かう。ほどなくして、池のほとりに人の形をした影を見つけた。

 近づくと、次第に見えてくる姿は、コウの良く知ったものだった。

 長い黒髪、白い肌、切れ長の紺碧の瞳。端正な顔立ちだが、一見すると性別不明のような怪しさがある。均整のとれた上半身は何も身に着けておらず、左半身の黒い鱗のような模様が月に照らし出されていた。

 腰から下は滑らかそうな漆黒の長い布が巻かれており、風に優雅に揺れている。

「見る分には…本当に美しいですね、貴方は」

 久しぶりに見るその姿にコウは軽い口調で声をかけた。

「お久しぶりですねぇ。お元気でしたか?」

 池のほとりに立つ者は、コウを見るなりにやぁっと笑ってコウに話しかけた。

 その唇からこぼれたのは、白い牙と、妖しく蠢く舌だった。


 

 


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