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それから一週間ほどが過ぎた。
聖は病で臥せっているということにして、それの看病と言う名目でコウは毎日聖の元に通っている。
「聖、入りますね」
コウが寝所の戸を開けると、聖はにっこりと笑って迎えてくれた。
「先生、こんにちは」
「こんにちは」
聖は毎日コウが来るのを心待ちにしている。すっかり変わってしまった自分の姿で、外に出ることはしないが、それ以外は気丈にもこれまでと変わらず振る舞っていた。
コウが持って来た葡萄をおいしそうに食べながら、聖は一人笑った。
「どうして笑っているのですか?」
「だって嬉しいんです」
「何が?」
「先生と毎日会えることが」
無邪気な笑顔で返され、コウは面食らった。ただ毎日会うことがどうしてそんなに嬉しいのかコウには分からない。
「貴女は変わっていますね」
「そうでしょうか?」
「そうですよ。私なんかと会ってどこが嬉しいと言うんです?」
コウの言葉に聖は少し考えた後、その純粋無垢な瞳をふと細めた。
「理由はたくさんありすぎて分かりません。でもここが嬉しいと言ってます。先生と一緒に時間を過ごすことが幸せなんです」
ここ。と、聖は胸の前で両手を重ねて微笑んだ。
「…そうですか。まぁ、嫌われるよりは良いですね」
「嫌ってなんかいませんよ。この村の人の中で先生を嫌っている人なんていません」
真剣な顔で言う聖にコウは小さく笑った。
「それはどうでしょう。私のような得体の知れない者など、普通は受け入れてくれませんよ。でも…」
「なんですか?」
「いえ。貴女に嫌われていないというのは……嬉しいものですね」
いつもならありえない程の無防備な顔でコウは笑った。聖は初めて見るその笑顔に涙が出そうなほど感動してしまった。心の中が温かくて、聖は知らず知らずのうちに笑顔になってしまうのを抑えられない。
「先生?」
「はい?」
「このまま、ここに残ってくださいと言ったら、残ってくださいますか?」
葡萄を食べようとしていたコウの手が止まる。
「先生はこの村に来たように、またどこかに行こうとなさってるんじゃないかと…そんな気がして。だからあの日、それも含めて来ても良いですかと言いました。私はここにいて欲しいんです。先生がいて下さればみんなとても喜びます。私がいなくなっても誰も困りはしませんが、先生がいなくなったら…」
「聖」
コウが少し厳しい声を出して聖の言葉を遮った。
「誰かがいなくなって、困らない人はいません。それこそ聖はここで生まれ育って、関係を築きあげて来たじゃないですか。貴女がいることで幸せになる人がたくさんいます。だから、そんなことを言うものじゃありませんよ」
コウの言葉に、まっすぐな聖の瞳に涙が浮かび、それが大きな雫となって零れ落ちる。
螺旋状の黒い模様の上を、ポロポロとこぼれる様は、清めているようにも見えるほど綺麗で、コウは言葉を飲み込んで見入った。
「先生…私は、死ぬのはそれほど怖くはありません。この村の役に立つなら、それは私の願いでもあります。でも…」
「でも?」
「私が竜神様の元に行っても、また年月がたてば、誰かが犠牲になるんですよね?」
「それは……」
「それが嫌なんです。もう誰も死ぬことなんて考えたくありません。天命を全うすることすらできないなんて…悲しすぎます」
「貴女という人は…」
コウは呆れたような、労わるような表情で眉を下げ、聖の頭を撫でた。
「長様の教育と、貴女の純粋な心に感謝しなくてはけませんね。年端もいかない貴女にここまで言われては私ですら敵いません」
「年端もいかないって………どういう意味ですか!?」
聖はふくれっ面でコウを睨んだ。それを見てコウは声を上げて笑いだす。
しかし、コウがここまで笑った様子を初めて見た聖は、それが嬉しくて、怒るのも忘れて一緒になって笑い出した。
二人の笑い声が部屋に満ちて、空気は穏やかでふんわりしたものになる。
この数日の間にすっかり影をひそめていた、聖の本物の笑顔を、コウもまた嬉しく思っていた。