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黄金色の愛情  作者: 悠凪
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「聖、入ってもいいですか?」

 寝所の前に立ち、コウは声をかける。

「はい。どうぞ」

 昼間よりも幾分落ち着いた聖の声が聞こえ、コウはホッと息を吐いて寝所に入った。

 聖は布団の上に座ってコウを迎えた。普段三つ編みの髪が解かれているだけで、何とも印象が変わるものだと、コウは目を見張った。

「どうかしましたか?」

「いえ…。貴女の髪が綺麗だと思って見とれてしまいました」

 コウの言葉に聖は嬉しそうに頬を染めた。

「少しは大人っぽく見えますか?」

 聖はよほど子ども扱いされるのが嫌なのだろう。期待に目を輝かせてコウに尋ねた。

「はは。さあ、どうでしょうね。そんなことより、薬をお持ちしましたよ」

 懐から小さな包みをだし、聖に差し出す。聖は受け取りながらも眉間にしわを寄せた。

「本当に飲まなくてはいけませんか?私…薬は嫌いです」

「おや。貴女はやはり童ですか?」

 からかうコウの言葉に聖はむっとした顔になってコウを軽く睨んだ。

「…飲めます。だから童とだけは言わないでください」

「飲めたら、ですね」

 どこまでも子ども扱いするコウに聖は怒りながらも薬を飲む。苦さに顔が歪んだが、大量の水でそれを流し込んで大きなため息をついた。

「はい、良い子ですね。よく飲めました。じゃあそのまま横になりなさい。どうせあの後も寝ていないのでしょう?」

 聖の体を横たえさせ、優しい手で聖の頭を撫でる。聖の瞳が何か言いたそうにコウを見ていたが、やがて諦めておとなしくなった。

 コウはその傍らに腰を下ろして聖を見つめた。

 じっと見上げてくる聖の顔にはあの螺旋状の模様がある。流線型のそれは美しいが、腕の龍同様、やはり気持ちの良いものではない。

 つい一昨日まで見ていた聖の明るい笑顔が遠いもののように感じた。

「先生」

「何ですか?」

「先生のお名前は何と仰るのですか?」

 いきなりの質問にコウはキョトンとして聖を見た。

「だって、先生はどこから来たのかも、どうしてここに来たのかも教えてくださいません。きっと、お名前も本当じゃないんでしょう?」

 聖は何かを確信したような顔でコウを見ている。純粋な目はコウには少し眩しく見えた。

「貴女は…本当に面白いことを言いますね。それに、とても純粋ですね」

 そこでいったん言葉を切ると、コウはまた、聖の頭をそっと撫でた。

「私は、「コウ」と言う名前ですよ。ここに来たとき、そう名乗ったじゃありませんか」

「でも…」

「さあ、もうお眠りなさい。貴女が元気にならなければ話すらできませんからね」

 そっと、聖の目の上に手を置いて、コウは何かを小さく呟く。掌からは暖かい波動のようなものが聖の瞼を通り、その奥の脳に浸透していった。 

 聖の思考が(ほど)けていき、深くて穏やかな感覚に包まれていく。意識が遠のいていくのをどうにもできない聖は、すがるような声でコウに向かって

「ここに…いてください、ね」

 と言って夢に落ちて行った。

「……貴女という人は…鋭すぎますよ」

 喉の奥で笑ったコウは、小さく寝息を立てる聖の顔を優しく見つめた。




「これは…先生」

 突然現れたコウに、聖の父は驚きつつもにこやかに母屋に迎え入れてくれた。

 ゆらゆらと蠟燭の明かりが、端正なコウの顔を映し出す中、聖の父と向かい合い座っている。

「…そうですか。聖を、ご覧になりましたか」

「はい。それと、お社の方も見せていただきました。長様(おささま)、聞かせて頂けませんか?」

 コウの顔を苦しそうな顔で見ていた長は、重い口調で龍について語りだした。

「古い文献は残っていませんので、どれだけ本当かは分かりませんが。昔、この地に降り立った黒い龍はすべての災いを振り撒いたと聞きます。長い間それは私たちの先祖を苦しめ土地は荒廃して、見るも無残な有り様だったと…。それでも細々と生きながらえていた私の数十代前の者に、先生ほどではありませんが、力のある人間がおりました。その者が、龍を封じることに成功したとのことです」

「ほう…」

 コウは小さな声を上げて感心した。並の人間が龍封じを成し遂げたことに。

「ですが、龍の力の方が強大なことは一目瞭然で、私たちは贄を差し出すことで封印を継続させていかなければなりません。およそ百年に一度。社の影が現れるときに」

「社の影…あれですか」

「はい。あれは竜が力を蓄え、社を破ろうとしていると言われています。…その年の私の家族、もしくは分家筋から18歳になる娘を…贄として…」

 そこまで話すと長は声を詰まらせて静かに目元を拭った。

「それが聖なのですね」

 コウが問うと長は弾かれたように顔をあげた。

「本当は違ったんです!分家筋に同じ誕生月の娘が一人いました。直系筋の娘は元から贄となる順位は低いんです。まして聖は私のたった一人の子供、あれを贄としたら、家系自体が狂ってしまいます」

 まくしたてるような長の言葉を、コウは静かに遮る。

「では、その娘は?」

「…………逃げました」

「逃げた?」

「はい。親兄弟が協力して…山の向こうに逃がしたと。…もうどこにいるのかも分かりません」

 膝の上で握られている長のこぶしがぶるぶると震える。怒りと絶望が全身に表れていた。

「聖は、いつそれを…贄のことを知ったのですか?」

「女の子が生まれたら、必ず小さい時から昔話として何度も話を聞かせます。ちゃんとした意味を伝えるのは、15歳を過ぎてからです。でも、聖にはそれほど詳しく話していませんでした。まさか寸前で逃げる者がいるなどとは考えてもいませんでしたし…本当のことを話したのは一昨日の夜です。しかし何度考えても、あの子を龍に差し出すことは…」

 長はもう言葉が続けられないといった様子でむせび泣いた。

 コウは何も言わずに長を見つめて考えていた。

 どちらにせよこのままでは一生、贄となる娘は出ると言うことだ。龍と人間ならば、圧倒的に人間の方が非力で弱い。状況を覆すことなど天地がひっくり返ってもない。

 ふと、コウは娘たちの行方不明のことを思い出した。それを長にぶつけてみると、一瞬にして顔色がなくなった。

「長様。何かご存知ですね」

 何かご存知なんてものじゃないことはその顔を見ればわかるが、コウはいつもと変わらない穏やかな声で尋ねた。

 かなりの沈黙の後、長は床に額をこすり付けてコウに土下座をした。

「申し訳ありません。…私のせいです」

「貴方の?」

「はい。親のいない娘を、聖の身代わりにと…池に…」

「池?」

 社の裏にある池のことが頭をよぎる。

「あそこに沈めたということですか」

 長は黙って何度も頷いて更に額を床にこすり付けた。震える声と体に、普段の長の大きさは全く見えない。コウの目の前にいるのは、自分の娘を守りたいだけの哀れな父親だった。

 人間とは愚かな、悲しいものですね。ですが、この件に関しては、私の責任もありますから…。

「ほかの娘を身代りにして何か変化はありましたか?」

「いえ…私が愚かでした」

「では、聖のことも変わらず、龍に捧げなければいけないのですね?」

「他に方法はありません」

 その後は二人とも言葉もなく、ただひたすらに濃い闇のような沈黙が流れた。


 

 

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