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黄金色の愛情  作者: 悠凪
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「先生…これが海ですか?」

 聖は目の前に広がる、煌めく海面にくぎ付けになっている。

 キラキラと輝く青い水の塊、空と交わる水平線に、聖の大きな瞳は感動で涙を浮かべた。

「そうですよ。綺麗でしょう?」

 コウは海には目を向けず、純粋無垢な聖に目を向けて微笑んだ。

 

 あの後、平和となり、龍を守る役目のなくなった聖はコウとともに旅に出ることにした。

 もう跡取りなどと厳密になる必要もなく、長は、

「分家から養子を取れば問題ない」

 と、聖の思う人生を歩めと送り出してくれた。聖はコウについていくことを願い、コウもまた聖の人生に沿うことを願った。

「先生」

「なんですか?」

「先生には本当に名前はないんですか?」

 潮風に聖の長い三つ編みが揺れる。コウは一瞬キョトンとした顔をしたがすぐにニコッと笑った。

「ありません。昔、コウと呼んでくれた人がいて、それからはその名前を名乗っています」

 その言葉に聖は複雑な色を瞳に浮かべた。

「なんですか、その目は」

「その…最初にコウと呼んだ方は、女の人ですか?」

 聖が不安そうに尋ねると、コウは少し考えてにやにやと笑った。

「さて、どうでしょうね。もう昔ことで忘れました」

「忘れたって…………先生は本当に何も教えてくれませんねっ」

 日焼けした頬を膨らませて聖がむくれる。それを見てコウはクスクスと笑いをこぼした。

 大きな手で聖の柔らかい髪を撫で、優しく目を細めたコウは聖の瞳を覗き込む。

「これから少しずつ話してさし上げますよ。貴方とは長いお付き合いになりますからね」

 長い付き合い。

 それに、聖の心は痛む。

「どうしました?」

 眉間にしわを寄せる聖にコウは尋ねた。

「先生は、私のことをどう思ってくれているのでしょうか」

「はい?」

「…私は、先生が好きです。だから、先生についていきたいと思いました。でも先生が何を考えているのか…全然わかりません」

 長い付き合いというなら尚更気持ちを知りたい。聖はまっすぐコウを見つめて言葉を唇の乗せた。

 コウはわずかに目を見開き、そして微笑んだ。

「私の気持ちはもう分かっていると思っていましたが…。言葉が足りなくてすみません。どうにも私はこんなことが苦手なようです」

「先生?」

「…私は、貴女をお慕いしていますよ」

 聖が言葉をなくす。波の音がやけに耳についた。

「きっと、初めて貴女の笑顔を見た時から、貴女のことを慕う感情があったのだと思います。ですが私は人でなく貴女とは違う存在ですから…。だから、貴女とともにありたいなんて思うことすらおこがましいんでしょう。ですが、やはり離れることはできそうにありません。離れる位なら黒龍とやり合う方がよほどましです」

 そこで、コウは恥ずかしそうに小さくため息をついた。聖はコウの初めて見る表情に心臓が跳ね上がった。

「あの日、貴女がついて来たいなら私とともに行きますかと聞いたのも、本当は私が貴女について来て欲しいと思っていたからです」

 夕食を取りながら、二人で話した時のことを思い出す。そこにそんな意味があったのだと誰が思うだろう。ただでさえ自分の感情を表に出さないコウのことを聖が分かるはずもない。

「ですから、私のそばにいてくださいますか?」

 コウの大きな手が聖の手を取り、そっと包んだ。

「でも、私は…先生よりも先に死にます」

「そうですね」

「それでも、…良いのですか」

「はい。貴女の御霊を送るのが、私の役目としましょう」

「私は………先生よりもずっと子供です…」

「それも知っています。童だと勘違いするほどに」

 コウの少し意地悪な響きを帯びた声に聖は涙を浮かべた瞳で睨んだ。

「…意地悪です」

「そうですか?貴女には優しくしているつもりですが」

「とてもそうは思えません。いつになったら私のことを童だと思わなくなるのですか?」

「………とっくに思っていませんよ」

「え?」

 聖はわずかに聞こえたコウの声を確かめたくて聞き返す。しかしコウはその整った顔に子供ような笑みを浮かべて、風に乱れる長い髪をかきあげた。

「先生、今なんて言ったのですか?」

「何も言ってませんよ。そろそろ行きましょうか」

 素知らぬ顔で海に背を向けてコウは歩き出した。そして軽く振り返り聖に向かって手を差し出す。

「早く来ないと置いて行きますよ」

 聖は慌ててコウの手を取り並んで歩きだす。こんな風に改めて手を繋ぐなど初めてで、聖はコウの顔が見れずに俯いて足元の砂に目を落とす。

「聖」

 頭上からコウの声が降って来て、聖は黙って顔を上げた。

「今、幸せですか?」

 いきなり大きすぎる質問を投げられて、聖は面食らってしまう。でも幸せか幸せじゃないかと聞かれれば、答えは決まり切っている。

「はい。とても幸せです」

 大きな瞳がまっすぐコウを捉えて、明るく純粋な笑顔を見せた。

 風になびく髪の毛の、聖のトレードマークの青い宝石のついた髪飾りが太陽を反射してキラキラと輝いた。

 貴女の笑顔は、どうして私の心に響くのでしょうねぇ。本当に不思議な子です。

 コウは自分でも分からない心の安らぎを聖に感じて笑みをこぼす。手の中にあるぬくもりを確かめるように長い指を聖の指に絡めた。

「先生も、幸せですか?」

 今度は聖が同じ質問をする。コウは少し考えて、自分を見上げてくる穢れのない瞳とその奥の心に向かって、穏やかな笑みを浮かべて言った。

「そうですね。私が生きてきた中で…貴女といる時間が、一番幸せです」

 

 



 

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