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黄金色の愛情  作者: 悠凪
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 聖の目の前に闇と光がある。

 古の存在としてしかないと思っていた龍。

 二つの存在に大地、風、水は共鳴しざわざわと騒ぎ立てていく。

 空には雨雲が発生し、池の水は重力に逆らうように波を立てて浮き上がろうとする。

 山々からは木々を震わせ、今にも動き出すかと思うほどの地響き。

 

 なんて、綺麗なんだろう。


 聖は恐怖に立ち上がることもできない中、自らの体を抱きしめぼんやりとそんなことを考えていた。

 黒龍の姿は確かに恐怖しか聖に与えないが、黄龍はそれだけではない。煌びやかで華々しい輝きを持った巨大な体躯は暗闇の中で一層光を増して気高く荘厳だった。

 黒龍の禍々しさが黄龍をより引き立てる。その黒き邪な龍は大きく開けた口から闇の炎を吐いた。

 その輝く鱗を邪悪な炎で焼かれた黄龍は、空中でのたうち断末魔の叫びをあげる。焼かれた鱗は一瞬にしてどす黒い色に変化してドロドロと崩れていった。黄龍の大きく見開かれた瞳と、口から発せられる叫びが、どれほどの痛みと苦痛を与えられているかを表している。聖はコウである黄龍の叫びに耳を塞ぎ顔を背けた。

 自分の身がそがれるような感覚をその叫びに感じて、聖の大きな瞳から涙が溢れる。急激に湧き上がる頭痛と吐き気を感じながら、聖は涙を拭わず泣き叫んだ。脳裏に浮かぶのは優しい笑顔のコウだ。

 優しく穏やかで聡明で、時々意地悪で、でも聖が会いに行くといつも相手をしてくれた。たくさん、色々な話をしてくれ、聖に知恵を授けてくれた。長い髪を邪魔そうにかき上げて書物に目を通すコウの姿を見るのが好きだった。

 そんな小さな毎日が楽しくて仕方がなかったのに、今目の前にある光景はかけ離れすぎて聖には受け入れられない。

 空からは叩きつける雨が落ち、雷が狂ったように闇を走り風が吹き荒れる。そんな中でも黄龍の叫びは何もかもを揺るがして消えていった。夏なのに身震いする寒さを感じて、雨に濡れた聖の体は、体温が奪われ恐怖と寒さで強張り気を失う寸前だった。

 聖がうずくまるその上の空では、光と闇が絡み合い、折り重なり、それぞれの炎がぶつかっている。

 黄龍の放つ炎は純白の炎で、忌むべき炎と融け合い黒龍へと押し戻す。

 体を焼かれ、動きの鈍った黄龍を切り苛むように、黒龍は追い詰め手傷を与えた。闇の中でもはっきりと分かるその残虐な瞳は楽しんでいる。かつてに黄龍にされた行為を返すのに酔いしれているようにも見えた。

 意識が遠のきそうになった聖は、痛む頭を抱えるように再び空を仰いだ。涙のせいで滲んでいる視界に移ったそれに呼吸が止まる。

 聖を覆い尽くす黒い体躯。鱗の一枚一枚がはっきりと見える距離にまで下りて来ていたことに全く気付かなかった。

 ぎらつく瞳が聖に縫い付けられるように止まり、心臓をつかまれた気になる。全身から血の気が引いた聖の顔は嫌悪と恐怖と絶望に儚く歪んだ。

 黒龍が近すぎて視界に黄龍の姿が見えない。まさかという考えが浮かんできて聖の目から新しい涙が溢れる、そして死を目前に感じる。

 でも、それならそれでいいかとも思う。

 コウがいなくなって、このまま生きるよりも、死んでしまった方が自分としては楽だ。コウがこの村に来た時から、聖はコウが好きだった。だからコウのいない世界にいることなんて大した意味がない。

 家族や民たちのことが気がかりでもあるが、コウがいてこそ聖の世界は色を持つ。鮮やかな色を持ったあの人がいないなら、くすんだ色の世界を見る位なら、ここで終わってくれた方がましだ。

 聖は怖くても気が狂いそうでも、黒龍から目を背けず、純粋で強い大きな瞳に映り込む邪な暗闇を精一杯睨み返した。

 黒龍はその瞳を眺めて、空に向かっておぞましい咆哮を上げる。黒い鱗が一際奇怪な色味を帯び全身が輝く。大きな口から闇の炎が生まれ、聖に向かって放たれようとする。聖はただじっとそれを見つめた。

 不思議と恐怖が薄れ、聖は微笑んでさえいる自分に気付いた。それがおかしくてまた笑みが深くなる。

 その時、黒龍の背後から金色の炎が轟音と共に爆発した。

 目もくらむその爆発は、背後から黒龍を襲い、食らい、焼き尽くす。黒が金色に飲み込まれ融合して輪郭を崩していく。

 鱗も、三爪の足も、角も目玉も、骨も。

 何もかもが金色に染まり、灼熱の疾風が吹き荒れ、黒龍の最期の叫びが聖の鼓膜を通して体を震えさせた。

 目の前で起きた一瞬なようで長い出来事を、最後まで目に焼き付けた聖はそのまま意識を手放し、雨に濡れてぬかるんだ地面にその体を横たえた。いつの間にか、聖の体に刻まれていたあの模様も消え、滑らかな日焼けをした肌に戻っていた。



 聖の上には、傷だらけの黄金色の鱗を持った龍がいた。

 赤い瞳の視線を聖の上で留め、優しい色を持って注いでいた。

 やがて、空と大地と水は息をひそめて元の姿となり、儚く優しい月明かりがあたりを照らし出す。

 黄金色の古の存在もまた、夜空に溶けるようにその姿を消していった。

 


 



 聖の体は誰かに抱き上げられ、ふわふわとした感覚の中おぼろげに重い瞼を開く。

 ぼやける視界に見えたその顔に、聖はにっこりと笑って再び意識を放した。

 その笑顔に、

「貴方の笑顔は…本当にかわいらしいですね。私はその笑顔が大好きですよ」

 と、穏やかな声がしたが、聖は深い夢に沈んでしまい聞くことが出来なかった。


 

 

 

 

 

 


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