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黄金色の愛情  作者: 悠凪
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10

 コウは聖の上に覆いかぶさるように抱きしめた。

 黒い闇の波動は冷たくておぞましく凶悪で、聖は叫び声をあげてコウにしがみついた。

 全ての物を一太刀で切り裂いてしまう程の無数の鋭さがコウの服や肌を傷つけていく。切られた箇所からは鮮やかな血が飛沫となって闇の中を迸った。

 コウが痛みで顔を歪ませると聖はコウをかばうような仕草をする。それを上から押さえつけるように腕の中に抱き込んだ。抵抗するように何かを叫ぶ聖だったが、コウはただ笑って「大丈夫ですよ」と耳元で言った。轟くような低くて不快な音に、どれだけ聖に聞こえたかは分からないが、それだけ言うとコウは聖の目を手で覆い自身の体から烈々たる光を発した。

 闇と激しくぶつかり合うそれは、コウの体から力を増して放出され、徐々に闇を飲み込んで行った。

 やがて訪れた静寂と月明かりさえない暗闇に、コウも聖も違和感を感じて空を仰いだ。

 コウが目に入った血を拭いぼやける視界を凝らしていると、 

「あ…あ……」

 聖の口から無意味な音が零れ落ちる。驚愕に目を見開きガタガタと体を恐怖で震わせていた。

 二人の仰いだ星も月もない空に浮かぶしなやかさと強靭さを持った長く巨大な体躯は、コウの古い記憶を揺さぶった。

 漆黒の鱗は月明かりもないのに奇怪な輝きを持ち、鹿のような長い角と口元に蓄えられた髯、前足しかないのはこの者だけの特徴だ。禍々しさを見せる大きな目は爛々と輝いていた。暗闇の中に更なる暗闇がある。闇の深淵に息づく者の纏う空気は独特で深く濃く、醜悪なのに美しい。

「黒龍…」

 三本しかない爪を見つめコウは呟いた。その昔、自分がもぎ取ったために不格好な形になった残りの爪。位を奪われ自尊心を傷つけたコウのことを黒龍は怨念の籠った目で見下ろしていた。

「先生……」

 聖は力の入らない指をコウの指になんとか絡めた。無意識に何かに触れていないと気を失いそうになってる。聖の冷たい指先を、コウは少し力を入れて大きな手で包み込んだ。

「大丈夫です。貴女は早く戻ってください」

 これ以上ここにいさせるわけにはいかない。コウは背中に聖を隠すようにして元来た道へと促した。

 しかし聖は足がすくんでしまって立っているだけでやっとの状態だった。一歩でも動けばその場に蹲ってしまう。

 黒龍は、その大きな目で聖を捉える。空の高みから睨まれた聖は死を覚悟した。こんな状態で助かるなどと到底思えない。

 視界から溢れんばかりの、大きすぎる姿は神や仏などではなくて、邪悪、不義、姦邪、背徳…。どの言葉も当てはまる現世(うつしよ)の全ての「悪」と「闇」の根源のように思えた。聖は恐怖で気がおかしくなってしまいそうで、ぎゅっと目を閉じてコウの背中に顔を摺り寄せた。その時、

「これはまた…大きくなりましたねぇ」

 傷だらけのコウが、血迷ったかと思うほどの呑気な声を出した。聖は思わず顔を上げてコウを見る。

「先生…?」

「なんですか?」

 黒龍を見据えたままにコウはやけに優しい声で答えた。

「怖くは、ないのですか?」

 その声に少しだけ聖を見て薄く笑う。

「怖いに決まっているじゃないですか。足が震えて大変です。ですが、ここで怖気づいたら貴女に笑われてしまいますから頑張っているんですよ」

 軽口を叩き再び空を見上げて、その整った顔に息を呑むほどの美しい陰惨な笑みを浮かべた。

「どうしても、私の言うことは聞き入れてくれないのですか」

 コウの声に黒龍は視線を移しコウのそれと強く結んだ。

 仕方ありませんね。あんまり気は進みませんが…。

 揺るぎない憎悪の瞳に見つめられ、コウはため息をついて痛む体からふと力を抜いた。

「先生!」

 聖の目の前で、コウの体が光とともに弾け飛ぶように消えた。

 途端に暗かった空に幾筋もの電閃が走り雷鳴が轟く。大地を揺るがす音に聖は抑え込まれるように倒れ込んだ。何が起きたか分からないまま、聖は空を振り仰いだ。そして息をするのも忘れてしまう光景を目にした。

 暗闇の中に垂れ込める光り輝く雲。その中に雲を上回るほどの光を放つ黄金色の鱗が見えた。雷鳴を搔き消す咆哮に聖は耳を塞ぐ。しかしそんな行為など無意味だ。体の奥底までを痺れさせるほどのそれは、周囲の山々を崩壊させてしまおうかという位に震えさせて(そら)に放たれた。

 これまでと違って、村や山、全てのものが昼間のように明るく照らされる。太陽が落ちて来たと思う眩しさは、黒龍の周りを取り巻く大きく長い躯体から発せられていた。

 大きい。

 でたらめなほどに大きい黄金色の龍が雲を掃きとばしてその姿を現す。

 黒龍など子供に見えるその大きさ、眩い鱗と長くて立派な角、五爪の手足。威風堂々とした姿はかつての姿と変わらない。

「先生、なのですか…?」

 聖はその神々しい姿に思わず手を合わせて祈る。目の前で消えたコウを見出すように、目を凝らして空を見上げた。

 黄龍と黒龍は対峙して視線を絡ませる。統べる者と統べられる者だった両者は長い時間を経て再びその姿を見た。

 

 光と闇。


 相反する二つの者が同時に存在する空は、聖が初めて目にする異質な世界になっていた。


 

 

 




 

 


 

 


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