ひらひら
春風にひらひらと、桜の花びらが舞い踊る。ほのかに薫る薄くピンクに色づいた風は、昨晩と今朝と念入りに洗ったあたしの髪をひらひらはためかせる。
これから新たに始まる学校生活。ひらひらしている花びらたちは、まるでそれを祝福してるみたい。誰かがぱあんとくす玉でも割ったみたい。
地面にひらひら落ちてきた花びらが作るじゅうたんは、心を決めて踏み出した最初の一歩を優しくふんわり受け止める。いくらかの緊張でぎこちなかったあたしの足をなだめてくれる。
少し前に、町中いっせいに咲き揃った桜なのに、ほんの数日でその花びらをひらひら風に散らしてしまう。時が過ぎるのはあっという間。これまでも、これからも。
先月の卒業式では、たくさんの友達と握手を交わして別れを惜しみ、そして再会の約束もたくさん交わしておいた。たぶんその約束のうち、いくつかは実現して、きっといくつかは実現しない。誰にだってそれぞれ自分の行先というのがあって、まさにそのための別れだったのだから。それはちょうど青空に花びらをぱあっと撒き散らして、ひらひらとあちこちに飛んでいくようなもの。
校舎の壁にクラス分けの名簿が貼り出されている。近づくあいだ、少しずつ動悸が高鳴っていくのがわかる。放っておいたらどんどん早くなるそのドキドキを、深呼吸で抑えながら自分の名前を捜してみる。そうしたらそのとき、すぐ右隣に立っている女の子があたしに話し掛けてくる。
「期待と不安……。だよね?」
確かにその通りだと思う。ありきたりの言葉といえばそうだけど、ぴったり今を言い表している。その期待と不安を胸にあたしは答える。
「そうだね」
もう、あたしもちゃんと気付いている。みんな同じなんだ。話し掛けてきたその子の声や手が小さくふるふる震えているのも分かったし、突然話し掛けられてびっくりした自分の返事が変に上ずってしまったことも自覚している。誰だって同じ。違うのは彼女の方があたしより勇気の効用を良く知っていたってこと。
あたしの名前と彼女の名前は、一緒の枠の中に入っていた。二人で握手と笑顔とを交わしたら、だんだん緊張だってほぐれてくる。ひらひら飛んできた花びらが彼女の髪に留まる。ヘアピンの上に。その飾りみたいに。
彼女とは大親友になるかもしれない。それとも今日だけのことかもしれない。もしかしたら同じ人を好きになって、取っ組み合いの大ゲンカをするかもしれない。先のことなんて分からない。とにかくここから始めよう。
おろしたての制服のスカートはまだごわごわしていて、風が吹いても思うようにひらひらしてくれない。一年、また一年と時が過ぎて、この制服があたしに馴染んできたら、そうしたら春には、花びらのひらひら舞うこの場所で、スカートだって思う存分ひらひらさせてみせる。自分の行先も今よりもっとはっきり見付けているその頃には。
風がふいに強く吹いて、無数の花びらが木から空に放り投げられた。青空を背景に、たくさんの可能性が散らばっている。あたしにはそう見えた。望むならどの花びらだってこの手に掴むことができる。いつでも目の前をひらひら飛んでいるのだから、あとはただ手を伸ばせばいいだけ。ためらわずに。
ただ単に「ひらひら」という言葉にこだわってみただけです。
内容は散漫ですけど、読まれた方に少しでも前向きな気持ちを喚起できれば幸いです。