26.別
「悠馬っち」
「……その呼び方やめてくれません?」
月曜日下校中に呼び止めてきたのはエリスだった。
「ダーリンのほうがよかった?」
「いいえ?」
「ふぅ」
なぜため息つかれたんだろう。つきたいのはこっちだ。
「私さ、来週また転校するんだ」
「え」
さすがに早くないか?
「だからさ、お別れだね」
珍しくなんだか本当にさびしそうだ。
「そうですね」
「ぶー」
子どもみたいに頬を膨らませ口を尖らせた。なんというか、何か言いたそうでいて、言うことはないという顔だ。
「はぁ」
「元気ないですね……さびしいんですか?」
「ダーリンが私に敬語使う~」
「やめたらその言い方やめてくれますか」
「……いいよ」
二カッと笑った彼女にため息。何度目だこれ?短い付き合いなのに、彼女の人の良さがこんなにもフレンドリーにさせるのだろうか。とても彼女を殴りたい。
「さびしくはないよ、慣れてるもん」
「そ」
「あ、寂しがってるとかおもった?ぷぷー」
「うぜぇ」
「うひひ~」
エリスはうれしそうに笑った。
「んじゃなんで元気ないんだ?」
「あー、うん、あのね次サーカス主役でやるんだ」
「へぇ?あぁ、自信ないとかいう」
「そうそう、プレッシャ-がね」
「あんたにもそういう神経あったのか」
「あるよ」
俺たちの横を下校の生徒が通り過ぎていく。慣れない学校の屋上で飛び降りる事ができるぐらいの勇気があるなら、そんなの平気なように感じる。
今更だが、エリスはいつからあそこに居たのだろう。
「なんかね、慣れててもやっぱり怖いんだね」
「?」
「いつもと同じことをやればいいんだけど、できないの。ふわふわ意識が軽くなったりずっしーんって重くなったり。人間ってもろいんだね?強く見えても弱いんだ」
そういうエリスは確かに弱弱しく見えた。
「誰かに支えてほしい、誰かに保護してほしいっておもうのは普通のことでしょ?」
「たぶんな」
「会長も、そうだったんじゃないかな」
「え?」
「飛鳥っていう人だっけ?あの人を支えながらも会長傷ついてたんだよ……。本当は逃げ出したかったんだよ、守ってもらいたかったんだ、でも」
「会長はああいう性格だからな」
「うん。だからね、なお傷ついたんだよ。必死で守ったものは何だったんだって」
エリスは俺をまっすぐに見た。
「悠馬君はね、まだ強いとおもうんだ。うん、たぶん強い」
「俺が?」
「うん、なんとなく助かった。……うち、君に会えてよかった」
「エリス先輩」
「照れてる?」
「照れてねぇよ」
ちょっと尊敬しなおしたらすぐそうだ。俺は顔を隠しながら言い切るとエリスはけらけら笑った。
「悠馬君にお世話になったからなんかお返ししたいんだけど、何がいい?」
「何でもいいのか?」
「うん」
悠馬は頷いてエリスの肩をつかんだ。
「じゃあ、婚約破棄してくれハニー」
「!」
きょとんとしていたが、理解したらしく大笑いし始めた。
「あぁ、なるほどね!あはは!いいよいいよOK、別れましょうかダーリン」
彼女はそういって俺の頬にキスをした。
「んじゃね」
かっこよく背を見せ校門を出た。
「あ、そうそう」
最後に彼女は振り返り、最高の笑顔を見せた。
「悠馬君は、守るべきものがあればたぶん生きていけるよ」
「守るべきものって、漫画みたいな」
「人生はストーリーだよ、ま。そういうことで、また会えたら会おうね」
手を振って別れた彼女は、本当にもう学校で会うことはなかった。
きっとサーカスで活躍していることだろう。彼女は、そういう人だろうから