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『整備士だった旦那が売れっ子小説家になって毎日ウザい件』

作者: qp46
掲載日:2026/05/09

夕方のリビングに、キーボードを叩く音が響く。


カタカタ、カタカタ。


「……ねぇ」


ソファで寝転がっていた私は、パソコンを睨んだままの旦那を見る。


「また書いてるの?」


「ん? あぁ」


旦那は振り返りもしない。


「今めっちゃいいとこ」


「それ、昨日も聞いた」


「昨日とは違う“めっちゃいいとこ”だから」


うざい。


本当にうざい。


数年前まで、普通の整備士だったくせに。


毎日つなぎ着て、オイルまみれになって帰ってきていたくせに。


今では“売れっ子小説家”らしい。


らしい、というのは、本人が毎日そう言うからだ。


「いやぁ〜、作家って忙しいわ」


とか言いながら昼まで寝てる日もある。


「お前、それ締切前だけじゃん」


「締切前が作家の本番なんだよ」


意味がわからない。


しかも最近は、私にまで創作を勧めてくるようになった。


「絶対向いてるって」


「向いてない」


「いや、視点がおもろいもん」


「人のこと観察してニヤニヤしてるだけじゃん」


「それが才能なんだって!」


うるさい。


とにかくうるさい。


夕飯を食べながらも、小説の話。


風呂に入りながらも、小説の話。


寝る前まで、


「この伏線回収どう思う?」


って聞いてくる。


知らん。


伏線より風呂掃除しろ。


でも。


たまに思う。


楽しそうだな、って。


昔の旦那は、仕事から帰ってくるたび死んだみたいな顔をしていた。


ご飯食べて、風呂入って、寝るだけ。


休みの日もずっと寝ていた。


なのに今は違う。


感想一件で大騒ぎして。


レビュー増えたって笑って。


本屋に自分の本見に行って。


帯がついたって写真撮って。


……正直、ちょっと気持ち悪い。


でも。


少しだけ羨ましかった。


「ねぇ」


「んー?」


「やっぱり私も、何か始めることにした」


旦那の指が止まる。


「……え?」


ゆっくり振り返る。


「ほんとに?」


「うん」


「なにやるの?」


少しだけ考える。


「エッセイとかから始めようかな」


その瞬間、旦那の目が輝いた。


「お、いいじゃん!!」


うわ、めんどくさいスイッチ入った。


「ならさ! 俺のこと書いてよ! 面白おかしくさ!」


「……ふふ」


思わず笑ってしまう。


「そのつもりだった」


旦那はニヤニヤしながら椅子ごとこっちへ向いてくる。


「じゃあタイトルは?」


「タイトル?」


「例えばさ」


旦那は得意げに指を立てた。


「『整備士だった旦那が小説家になって毎日家にいる件』とか!」


「……うーん」


悪くはない。


でも。


「それでもいいけど」


私はキーボードへ向き直る。


カタカタ、と文字を打ち込む。


「あなたにはもっと売れてもらいたいから」


旦那が少し黙った。


「希望も込めて」


画面に表示されたタイトル。


『整備士だった旦那が売れっ子小説家になって毎日ウザい件について』


「“売れっ子”ってお前……」


旦那が少し照れたように笑う。


「希望込み」


「……そっか」


その顔が少し嬉しそうで。


なんだか悔しかった。


だから私は、最後の一文を書き加える。


カタ、カタ。


『この話はフィクションです。』


カーソルが点滅する。


そのまま少し考えて。


隣を見る。


旦那は満足そうに欠伸をしていた。


……本当に、うるさい人だ。


でも。


悪くないかもしれない。


私は少しだけ笑って、続きを打ち込む。


『――いや、願望です。』


END


パタン。


ノートPCを閉じる音が、静かな部屋に響く。


薄暗い部屋。


カーテンは閉め切られ。


コンビニ弁当のゴミ。


飲みかけのペットボトル。


積み上がったラノベ。


男は、ニタニタと笑いながら画面を撫でた。


「……いいじゃん」


誰もいない部屋で呟く。


「こういうエッセイとか書けば……きっと女寄ってくるよなぁ……」


頭の中では、もう成功している。


売れっ子小説家。


理解ある嫁。


創作を応援してくれる恋人。


全部、理想。


全部、妄想。


「ファンになってくれた人さぁ……」


男は気味の悪い笑みを浮かべる。


「僕が男だったら驚くだろうなぁ……」


想像する。


コメント欄。


SNS。


“女性作者さんだと思ってました!”


その言葉に、男は肩を震わせた。


「あぁ……」


「ほんとに結婚できるかも……」


ニタァ、と笑う。


暗い部屋の中。


モニターだけが、男の顔を照らしていた。


END

あなたは作者に、どんな人物像を描いていますか?


優しい人?

面白い人?

幸せな人?


もしかしたら。


あなたが思い描いた作者像とは、真逆の人物による“妄想”の産物だったのかもしれません。


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