9/10
9
むかし、冬が終わらない谷がありました。
雪は灰のように積もり、
人の言葉さえ凍りつく土地。
そこに、炎を生む魔法使いが住んでいました。
彼の炎は、触れれば火傷を負い、
使えば使うほど、彼自身を焼きました。
だから人々は近づきませんでした。
炎は怖く、魔法使いもまた、怖かったのです。
彼は谷の奥でひとり、
毎晩、小さな火を灯しました。
村まで届かぬ光、
誰も見ない熱。
それでも彼は、火を消しませんでした。
「誰かが、いつか凍える夜に迷い込むかもしれない」
ある夜、本当にひとりの旅人が倒れました。
息は白く、手は氷のよう。
魔法使いはためらいながらも、炎を大きくしました。
炎は旅人を温め、
同時に魔法使いの腕を焼きました。
皮膚は裂け、痛みが走り、
それでも彼は火を止めませんでした。
夜明け、旅人は目を覚まし、
魔法使いの腕を見て、泣きました。
「どうして、そこまで……」
魔法使いは笑いました。
「炎は、分けると痛い。でも、分けないと寒いままだ」
その日から、谷の冬は少しずつ溶けていきました。
人々は火を怖れなくなり、
火を囲んで語り合うようになりました。
魔法使いは、ある朝、姿を消しました。
谷の中央には、大きな炉が残り、
炎は今も消えずに燃えています。
その火に手をかざすと、
あたたかさの奥に、
誰かの痛みが、かすかに伝わるのだそうです。
それが、炎の魔法。




