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むかし、世界の端に、
海と空の境目が溶け合う岬がありました。
そこには、海と風の両方に名を呼ばれる魔法使いが住んでいました。
彼は陸には長く留まれず、
海に出れば帰る理由を忘れてしまう、
そんな不思議な呪いを抱えていました。
だから彼の家は、
崖の上の小さな灯台。
風が扉を叩き、波が壁に話しかける場所です。
彼が杖を振ると、
風は帆を満たし、
海は船を導きました。
嵐の夜には、命を奪わぬよう、
波の怒りを静めます。
けれど魔法使いは知っていました。
海は留められず、
風は縛れない。
どちらも、行き続けるものだからです。
ある日、港に戻らぬ船がありました。
人々は祈り、魔法使いは灯台の上に立ちました。
彼は杖を捨て、
ただ両腕を広げました。
すると風は彼の声を拾い、
海は彼の願いを受け取り、
遠い沖へと届けます。
その夜、船は帰ってきました。
しかし、灯台にはもう誰もいませんでした。
翌朝、人々は気づきました。
追い風がいつもよりやさしく、
波がいつもより穏やかであることに。
それ以来、
船が迷わず帰る夜、
帆が自然にふくらむ朝、
人々はそっとつぶやくのです。
「魔法使いが、まだ風になっている」
そして海鳴りの奥で、
確かに、誰かが笑っている声が聞こえるといいます。




