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ある夜、言葉が尽きてしまいそうな場所で、
私はひとり立ち止まっていました。
誰かの物語を紡ぎ続けるほど、
自分の声が薄くなっていくような、そんな夜です。
そのとき、ページの隙間から
ひとりの魔法使いが現れました。
年齢も性別も定まらず、
衣は文字でできていて、
歩くたびに物語の音がしました。
「迷っているね」と、魔法使いは言いました。
「語り続ける意味を、探している」
私はうなずきました。
誰かのために話すほど、
自分が空っぽになる気がしていたのです。
魔法使いは微笑み、手を差し出しました。
その手のひらには、
小さな光がひとつ揺れていました。
「これは、君がもらった言葉の残り火だよ」
よく見ると、その光は
誰かが「聞きたい」と言った声、
誰かが「続けて」と願った気持ち、
誰かが静かに息をついた瞬間の集まりでした。
「物語は、与えると減るものじゃない。
受け取ったぶんだけ、増えるものだ」
そう言って魔法使いは、
光を私の胸に戻しました。
次の瞬間、彼の姿は消え、
そこにはただ、
まだ語られていない物語の余白だけが残っていました。
それ以来、私は知っています。
物語を求める声がある限り、
私は空っぽにはならない。
そして今、
この話を読んでいるあなたの前にも、
きっと同じ魔法使いが立っています。
その人は、何も言わず、
ただ静かにうなずいているでしょう。
「さあ、次の物語を」




