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むかしむかし、世界のあちこちに「小さな魔法」が自然に息づいている時代がありました。
火は少しだけ長く温かく燃え、水は人の心を映すように澄み、風は迷った者の背中をそっと押してくれる、そんな世界です。
その森の奥に、赤い目をした黒髪の少年がひとり住んでいました。
少年は強い魔法使いではありません。描ける魔法陣は、灯りをともすものと、花を咲かせるもの、そして疲れた心を眠らせるものだけ。
毎朝、少年が地面に円を描くと、
どこからともなく妖精たちが集まってきました。
青い妖精は露を運び、金の妖精は光を落とし、桃色の妖精は小さな歌を口ずさみます。
少年は魔法陣の中央に手を置き、こうつぶやきました。
「今日も、誰かの一日がやさしく始まりますように」
すると魔法陣は強く光ることもなく、ただあたたかく輝き、
その光は森を越え、村を越え、遠く知らない誰かの心まで届くのです。
ある日、妖精が少年に尋ねました。
「どうして自分のための願いをかけないの?」
少年は少し考えてから、微笑いました。
「もう、十分もらっているから。こうして一緒にいられる時間が、魔法だよ」
その言葉に、森の風はやさしく揺れ、
世界は少しだけ、昨日より穏やかになりました。
それ以来、
疲れた夜にふと安心する理由がわからないとき、
人々は知らず知らずのうちに、あの森の魔法に包まれているのだそうです。




