偽りの聖女
聖女と騎士団長が同時に行方を眩ませた。
その知らせを受けた枢機卿は、込み上げてくる焦燥感に負けて、夜会でたらふく飲んだワインを絨毯に嘔吐した。
枢機卿は、法王に次ぐ地位を持つ教会の権利者である。
この宗教国には、5人しかおらず、貴族達も枢機卿には頭が上がらない。
枢機卿である自分が頭を垂れる相手は、神の代理人、いや、神そのものである法王のみである。
貴族出身の彼は、選民思想の強い狂信者であった。
だから、枢機卿は平民出身の聖女を赦せなかったし、辺境の司教ごときが枢機卿らを差し置いて神託を受けたなどと、唾棄すべきことでしかなかった。
聖女出現の報告を受けた枢機卿は、すぐさま中央教会からの神託を発令し直し、偽りの聖女を中央に呼び寄せた。
これは、天罰である。
神の裁きを、神の代理人として、この枢機卿であるこのわたしが、偽の聖女に下すのだ。
天罰が、失敗するはずがないのだ。
なのに、聖女の傍に、あの血筋だけがよい不良騎士団長がいたと聞いて、夜会の席で血の気が引き、失神した。
そして、気がついたら口の周りや豪奢な衣服を吐瀉物で汚したまま、縄で手足を縛られて、夜会休憩室の床に転がっていたのだ。
「あ、ようやく起きたのね。」
休憩室を照らす蝋燭はだいぶ短くなっていて、部屋は薄暗かった。
その薄暗さの中から、小鳥が囀るようなやけに愛らしい声が響いた。
「せ、聖女!」
「枢機卿、あなたのしたことは、全部ムダだったの、残念よね。」
じっと、枢機卿の目を見透かすように覗き込みながら、オーレイアはくすくすと笑った。
「中央教会の神託なんて噓。暗殺者を私に差し向けたのはあなた。
法王陛下は、この世にはいない。今の法王は、初代の神の血を引いてはいない。
神は全部、ぜーんぶ、視ていらっしゃる。」
「な、な、何をほざいておるのだ、それでは、それではまるで、聖女、聖女、キサマが、まるで、」
喘ぐように口を開け閉めする枢機卿。
心の声を読み取るだけでは知り得ない法王の秘密を、暴いたと言うのか。
そんなの法螺だと切り捨てることは出来なかった。
初代法王から続く神の血筋の瞳の色は、金。
だが、数代前からの法王の瞳は茶色みがかった茶金であった。
「最後の神託をしてあげる。」
オーレイアは、歌うように軽やかに神託を紡ぐ。
ひらり、ひらりとオーレイアのスカートが華やかに翻る。
「神は去った。この国は滅ぶであろう。」
枢機卿の絶叫に背を向けて、オーレイアは悠々と、ヒースクリフの待つ窓辺にもどって行った。
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本作は短編「視線の行方」と登場人物が繋がっているので気が向いたらぜひご覧ください。




