心の声
「……やけに静かだな。」
ヒースクリフが改めて周りを見渡せば、バルコニーの扉付近にさえ気配がない。
世話役の枢機卿は、聖女の嫁ぎ先を斡旋する役割もあり、サルカスが聖女に近づいたのをみて、気を利かせてその場を離れたのだろう。
聖女の世話役なのに、聖女の近くから離れるとは職務怠慢ではないだろうか。
だが、今の状況はヒースクリフにとって好都合だった。
ヒースクリフは元々、聖女の嫁ぎ先候補には名を連ねていない。
権力闘争は面倒くさいが、産まれが産まれな訳で、出来ない訳ではないのだ。
オーレイアを手に入れる為なら、使えるものはなんでも使うべきであろう。
その前に、一番手っ取り早い方法がある。
「なぁ、オーレイア。」
キスしていいか?
ヒースクリフは、整った顔に悪戯っぽい笑みを浮かべて、敢えて見つめ合うオーレイアに心の中で尋ねた。
「えっ!?」
オーレイアは、驚いたように小さく叫び口元を抑えた。
「まさか、知っていたの?」
「聖女の秘匿だろ。これでも聖騎士団長なんてやってるんでね、独自の情報網が、な。」
オーレイアの聖女の能力。
それは、視線を合わせた相手の心の声を聴くことができること。
オーレイアがサルカス達の目を覗き込んでいたのは、その心の内を探る為だったのだ。
それは、聖女の地位を利用しようとする生家の両親の本音を知り、オーレイアが生家との縁を諦めるきっかけにもなった。
生家との別れの時、オーレイアにはこう聞こえていた。
「オーレイア、商家のことは気にするな。(縁が切れて残念。)」
「いつでも帰っておいで。(教会に逆らってはいけないよ。)」
教会の司祭夫妻との別れの時はこうだった。
「ヴィーゼ、時間ですよ(時間だ)。もうこれ以上はいけません。(中央の奴らを抑えておけないぞ。)」
「レーゲン、待って、あと少し、少しだけ、」
「あなた達を危険に晒すわけにはいかないのです。(駄目だ。お前を少しでも奴らの視線に晒したくない。)」
「中央教会の司教に神託が降りました。オーレイアは至急中央に向かうことになります。
(ありえない。神託は俺にはくだっていない。
きな臭いが、今の俺にしてやれることは何もない。さぁ、奴らが来るぞ。)」
あの時のレーゲンが聖職者として被っていた面の皮の厚さにオーレイアは慄いたものだ。
ヒースクリフはオーレイアに痛くもない腹を探られるのなんて真っ平ごめんなので、早々に知っていたことをバラすことにしたのだ。
オーレイアに心の声を幾ら聞かれたところで、ヒースクリフに隠すことなど何もない。
この短時間で、自分はすっかりオーレイアを気に入ってしまったらしい。
いや、正直に言おう。
惚れた。
抱きしめたい。キスもしたい。
なんなら、それ以上だって。
「!?」
子供っぽい笑顔なのに、どこか真剣なヒースクリフの視線を逸らすことができず。
あけっぴろげな欲を含んだ心の声を聞いたオーレイアは、ぷしゅん、と真っ赤になって固まってしまった。
思わず目を伏せそうになるオーレイアを阻む為に、ヒースクリフは優しくオーレイアの幼さを残す丸みを帯びた頬から顎に手を滑らせて、くいっとオーレイアを上向かせた。
羞恥に潤んだ瞳のオーレイアに、ヒースクリフの余裕を滲ませる視線が絡む。
おーおーこんな真っ赤になっちまって、可愛いな。
拒否しないんなら、受け入れたって見なすぞ。
にやにやとヒースクリフは揶揄る。
そう、聖女を娶る一番手っ取り早い方法。
それは、既成事実である。
よろしければ★を頂けると嬉しいです。
本作は短編「視線の行方」と登場人物が繋がっているので気が向いたらぜひご覧ください。




