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聖女誕生

 平民から神に選ばれた聖女が誕生したのは、実に150年ぶりのことだった。



 オーレイアは、辺境にある中規模の商家の三女であったが、彼女が産まれた頃の宗教国は隣国が敗戦した煽りを受けて不景気の真っ只中であり、鍛冶屋を抱えて馬蹄などの軍需産業を商う生家は苦境に立たされていた。

 そんな状況だったのでたくさんいた使用人は解雇され、必要最低限に減らされていたし、両親は家を空けることも多く、オーレイアは上の兄弟とは違い、殆ど手をかけられずに育った。


 幸いだったことは、宗教国なので福祉に力をいれた政が行われていた為、6歳からは無償の教会で行われる奉仕活動に参加できたことだ。

 奉仕活動中は食事がでるし、行儀作法や読み書き、計算などを教えてくれる時間もある。

 教会は中央から赴任してもう数年になる若い司教が1人で取り仕切っており、彼は聖職者らしく静謐で穏やかな人柄であった為、住人から慕われていた。


「オーレイア。」

「はい、司教さま。」

「妻がアップルパイを焼いたのですが、2人では食べきれないので、オーレイアもいかがでしょうか?」


 他の家庭と比べて奉仕活動に来る頻度が高いオーレイアの家庭環境を薄々察していたのか、安息日には教会の私的な空間である居住地に、幼くいつもお腹を空かせていたオーレイアを招待してくれたこともある。

 人の心を読むのではないかと言われるほど澄んだ青い瞳を持つ司教には、対になるような紅い瞳を持つほっそりとした美しい奥方がいて、少し体が弱いらしく、あまり表には出てこないが、彼女もオーレイアを可愛がってくれた。


「まあ、オーレイア、来てくれたのね。嬉しいわ。

張り切って作り過ぎちゃったから食べきれなくて困っていたの。」


 喜び、焼き立てのアップルパイを頬張るオーレイアを見て嬉しそうに微笑む奥方を抱き寄せて、そのプラチナブロンドの髪を、司教はゆっくりと手櫛で梳いやっていた。

 オーレイアはそんな仲の良い夫妻を見て、彼らが自分の両親だったら良かったのに、と度々思っていた。


 後にオーレイアを聖女として神託を受けたのはこの司教で、中央教会に連れて行かれたオーレイアを守ったのはその奥方から教え込まれた貴族仕込の行儀作法であった。

 


 オーレイアは、よく言えば放任主義の中で育てられたので、のんびりとしたマイペースな子供に育った。

 悪く言えば、少しぼんやりとしていて覇気のない子供だったのだが、充分な栄養がとれず発育の悪い体つきは華奢で小柄であり、儚げな庇護欲を唆る雰囲気を醸し出していた。

 オーレイアが16歳になった頃、当代の貴族出身の聖女が崩御した。

 聖女とは、神に選ばれた存在であり、教会の象徴の一つである。

 豊穣や国の安定を祈りで齎すと言われているが、その実際の能力は教会に秘匿されている。

 次代の聖女が望まれる中、辺境に神託が降り、オーレイアが選ばれた。

 実に150年ぶりの平民出身の聖女の誕生であった。



 中央教会に連れて行かれる時、オーレイアは教会といくつか誓約を結んだ。

 聖女の能力の教会以外への秘匿。

 建前上は、生家から聖女に私欲を含んだ教唆を受けないようにと生家とは縁を切らされ、権力から保護の名目で名乗りをあげた貴族と養子縁組をする。

 内実は、聖女の利益を平民から貴族が取り上げたのだ。


「オーレイア、縁が切れて残念。」

「教会に逆らってはいけないよ。」


 権力に逆らうことなど考えたこともないオーレイアの生家は、教会から支度金をたんまり渡されて、あっさりと聖女を手放した。

 あまり交流がなかった長女や次女は悔しさを作り笑いに滲ませていたが、オーレイアは気づかないふりをした。

 神託が降りた瞬間から、生家にとってオーレイアは商家の三女ではなくなったのだ。

 普段いくらぼんやりしているとは言え、オーレイアは愚鈍な娘ではない。

 家族の反応は柔らかい少女の心を痛めたが、普段から希薄な関係からか、大きな傷をつけることはなかった。

 諦めていたのだ、結局は。

 むしろ、オーレイアが中央教会へ向かう馬車の中でこっそり泣いたのは、幼い頃からオーレイアへ心を配ってくれた辺境教会の司教夫妻との別れの為であった。

 


 中央教会へ向かう準備の為、生家から離籍したオーレイアは辺境教会の一室に寝泊まりしていた。

 迎えにきた聖職者達の目を盗んで深夜、オーレイアを訪ねたのは奥方であった。


「オーレイア、時間がないわ。よく聞いて。

これから貴方は否応なしに貴族の世界に巻き込まれることになるでしょう。

貴族の世界は悲しいことに、嘘つきがとても多いのです。

信頼できる相手を見つけるのは至難の業よ、でも、貴方は隠していたのだろうけれど、とても賢い娘。

人をよく見ていたことに私達は気づいていました。

いい、貴方を委ねてよいか、相手の目を良く見るの。

貴方のそのクンツァイトのような美しい瞳で、」


 心配そうな柔らかな声を遮ったのは、押し殺すような低い司教の声であった。


「ヴィーゼ、時間だ。もうこれ以上は中央の奴らを抑えておけないぞ。」

「レーゲン、待って、あと少し、少しだけ、」

「駄目だ。お前を少しでも奴らの視線に晒したくない。」


 細く開いたドアの隙間から長身を滑り込ませた辺境の司教は、険しく眉を顰めながら奥方の肩を抱き寄せ、廊下へ誘導する。

 オーレイアが初めてみるギラギラとした表情で振り返り、司教は言った。


「中央教会の大司教に神託が降った。オーレイアは至急中央に向かうことになる。

ありえない。神託は俺にはくだっていない。

きな臭いが、今の俺にしてやれることは何もない。さぁ、奴らが来るぞ。」


 焦りを滲ませ、足早に廊下の奥へ消えていく夫妻の背後から、深夜であるのに遠慮のない団体の足音が響いてきた。



 

よろしければ★を頂けると嬉しいです。


本作は短編「視線の行方」「視線の絡み合う先」と登場人物が繋がっているので気が向いたらぜひご覧ください。

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