【第6話】魔女ちゃんの友達
電線の上で雀が愛を語り合う朝の通学路。見慣れてきた筈の大我の登校シーンだが、その険相はいつにも増して険悪だった。
「……どうしたのよそんな仏頂面して」
不気味がる周囲の生徒達の心を代弁するように、隣の日和が声を掛ける。返ってきた大我の声色は、随分と寝覚めが悪そうだ。
「誰のせいだと思ってんだよ」
「私のせいだって言いたいの?」
「同じようなもんだろ……」
つんとした態度の日和に、大我は力なく項垂れる。
「昨日の夜お前の家でたらふく飯食わされた後、家に帰ったら「帰るのが遅い」ってお袋に怒鳴られて、残すの勿体ないからって用意されてた飯また食わされたんだよ。飯二回分食わされて腹はち切れるかと思ったわ」
昨夜の事を思い出して出てきた吐き気を、大我をぐっと堪える。
大我の日和に対しての不満はただの八つ当たりと同然だったが、それよりも日和は気になるところがあった。
「……黒島くんって、ちゃんとお母さんの言う事聞くのね」
想像の中の大我は家の中でも反抗的だったが、先程の話を聞くにそうでもないらしい。
「別に。聞かなかったら余計面倒になるだけだから聞いてるだけだ」
「ふーん……」
従順なつもりはないと、大我はそっぽを向いて語る。ぶっきらぼうな大我の中に隠れた本心が見えた気がして、日和は少し口元を緩ませた。
すると大我は「そんな事より」と話題を変える。
「契約のキスって、唇同士じゃなくても出来たんだな」
瞬間、日和の顔は紅潮する。
「言わないでよ!?」
「はぁ?」
あからさまな動揺を見せて声を荒げた日和に、大我は顔を顰めた。
「私達が、その……唇同士でキスしたって事! 誰にも言わないで!」
「別に誰にも言わねぇよ……てか言う訳ねぇ」
恥ずかしそうに口籠りながら、日和は大我に命令する。命令された以上大我がその事を口外する事は出来なくなったが、そんなつもりは最初からなかった。
「特に信ちゃん! こんな事を知られた日には、一体どうなる事か……!」
「あー……確かにそれは面倒そう」
昨日出逢ったシスコン残念大学生の反応を想像して、大我は納得する。
「言っておくけど、私が魔女って事も言ったらダメだからね!?」
「言う訳ねぇだろ。どうせ言っても誰も信じねぇし」
「私が魔女って事も、私と黒島くんがキスしちゃったって事も禁止。あとは」
「おいあんま言うな! 禁止されまくると俺なにも喋れなくなるだろ! つーかお前こそ俺のぬいぐるみの件絶対誰にも言うなよ!?」
「言わないわよ! いいから絶対言っちゃダメだからね!」
気付けば声量は大きくなり、二人の言い争いは校門を潜ってからも続いた。
周囲の生徒達は不思議なものを見るような目で、二人に視線を向けている。そんな中、周囲とは違った温度の視線を向けている生徒が居た。二人と同じ教室に向かう予定の本田真琴だ。
♡
教師の言葉を遮るようにして、授業終了のチャイムが鳴る。
これにて午前中の授業は全て終了だ。生徒達は机に縛られて凝り固まった体をぐっと解して、待ちに待った昼休みに羽を伸ばす。大我もこの昼休みを随分と待ち望んでいた。
――よっしゃー! やっと終わったー! これでやっと自由になれるぜ!
日和の送迎に授業と、今の大我に安息の時間はない。この一時間ばかりの昼休みが、大我にとって唯一心の休める時間となっていた。
ひとまず一人になれる場所を探そうと、大我は拘束の解かれた体で席を立つ。
「ねぇ」
そんな大我を呼び止める声が正面から聞こえた。
目を向けると、黒髪のショートカットがこちらを鋭利な目付きで睨んでいる。その膨らんだ胸を見なければ、男子と見間違えるところだった。
「ちょっと面貸しなよ」
まさか教室で、日和の他に大我に声を掛ける生徒が現れるとは。周囲の生徒達の注目は、一躍二人に集まった。
少し前なら日常的に聞いていたその台詞だが、こうして耳にするのは随分と久し振りだ。しかし大我の表情は浮かない。それもその筈。唯一心の休める時間と言えた昼休みは、この瞬間無に帰したからだ。
♡
服巻高校の屋上は鍵が開いており、一部区間ではあるが生徒でも立ち入りが許されている。入学当初こそ人で溢れる屋上だが、教室から距離が離れている事もあり、次第に利用する生徒の数は減っていく。故に誰かを呼び出して話をするには都合が良かった。
「んで、なんの用だよ」
青空の下で、大我は凝った肩に手を回しながら声を投げる。呼び出してきた女子生徒は、教室から変わらずの睨みを利かせていた。
「つーかお前誰?」
「呆れた。クラスメイトの事も知らないなんて。まっ、知ってても気持ち悪いか」
今日もずっと同じ教室で授業を受けていたのだが、そんな事を大我は知らない。無関心な大我に、女子生徒は溜息を吐いた。
「本田真琴。名前くらいは覚えときな」
吹き上げた風にショートカットを靡かせながら、真琴はそう名乗る。
「んなもんいいから、とっとと用件教えろよ」
大我にとって真琴の名前など取るに足らない情報で、自己紹介も粗末に呼び出された理由について問い詰めた。そんな大我の態度に苛立ちながらも、真琴は望み通りに本題に入る。
「……アンタ、日和とどういう関係?」
「……は?」
真琴の口から出た言葉に、大我は首を傾げる。日和が大我が「天宮」と呼ぶ女子生徒の名前である事は、流石の大我も理解していた。
「どういう関係って、別に」
「私は日和の男の趣味がどんなもんでも別に良いの。ただもしアンタが日和の事をいいように弄んでるんだとしたら、私はアンタを許さない」
「はぁ!?」
真琴の喧嘩腰の理由は、友達である日和を弄ばれている疑惑による憤りのようだ。しかしそんなものはお門違いだと、大我も激昂する。
「なんでそんな事になるんだよ! 別に俺とあいつはそんな関係じゃねぇよ!」
「じゃあどんな関係?」
「なんもねぇ! 俺とあいつは赤の他人だ!」
必死に首を振る大我だったが、その必死さが逆に仇となる。
「毎日一緒に登下校しといて赤の他人はないでしょ」
穴だらけの大我の言葉を看破し、真琴はそのまま質問を重ねていった。
「アンタ、日和の事好きなの?」
「んな訳ねぇだろあんなクソ真面目女!」
「そらそうだ」
絵に描いた様な優等生である日和が大我の好みのタイプとは考え難いと、真琴も納得する。
「やっぱ気があるのは日和の方か……」
それもまた勘違いなのだが、真琴がそれを知る由はない。
「日和に変な事してないでしょうね」
「してねぇよ!」
「本当? 日和の想いにつけ込んで、あんな事やこんな事」
「してねぇって! 大体好き勝手してんのはあいつの」
そう声を荒げようとした時、暴れていた大我の口が突然閉じる。
「!?」
両手を使って開こうとしても、大我の口は決して開こうとしない。間違いなく日和の魔法の仕業だ。
「? 急に黙ってどうしたの?」
突然静かになった大我に、真琴は不審に思いながら首を傾げる。当然魔法の事を知らない真琴にとっては、ただ大我が急に押し黙ったようにしか見えていなかった。
――これだけ言うのもダメなのかよ!
「……なんでもねぇよ」
日和の糾弾を諦めると、閉まっていた大我の口は自然と開き出した。
「てか、そういう事はあいつに直接訊けよ。今どこに居んだ」
口を閉ざされたおかげで冷静を取り戻した大我は、代わって真琴にそう問い掛ける。
「訊いたよ。その上ではぐらかされたからアンタにも訊いてんの」
大我の問いに、真琴は目を逸らしながら答えた。
「今は先生に頼まれて職員室で手伝いやってるよ。だからこうして、アンタと一対一で話せてるって訳」
流石は学級委員長と言ったところか。真面目な性格は、先生からの評価も高いらしい。
「そうかよ」
耳の穴をほじくりながら、大我は適当に相槌を打つ。訊いといてなんだが、真琴の回答など大我はどうでもよかった。
「あいつにも訊いたんなら分かるだろ。俺とあいつはなんでもねぇ。用が済んだんなら俺は戻るぞ」
話は終わりだと、大我は真琴の隣を通り過ぎて屋上の出入り口に足を進める。しかし大我の退出を、真琴は許してくれなかった。
「私は知ってる」
真琴の言葉が、大我の足を止める。
「アンタが入学初日に起こした事件の事を」
踵を返して、大我は真琴に目を向ける。真琴の瞳は、大我の眉間を貫通してしまいそうな程に鋭かった。
「日和がアンタの事をどう想ってようと、アンタが日和の事をどう想ってようと、私はどうでもいい」
目に見えない想いに、真琴は口出しする気はない。
「でも、もしアンタが日和になにか妙な事をしてるのなら、私は絶対にアンタを許さない」
相手が誰であろうと関係ない。学校中から恐れられている大我を前にしても、真琴の覚悟は揺るがなかった。
屋上に生温かい風が吹き荒む。
「あっ居た!」
不意にそんな声が二人の間に割って入ってきて、二人は目を向ける。屋上の出入り口には、話題の中心人物であるおさげが見えた。
「げっ」
「日和!? なんでここに!」
日和の登場に大我は顔を顰め、真琴は声を上げて驚く。
「それはこっちの台詞だよ。先生の手伝い終わって教室に戻ったら、真琴ちゃんと黒島くんが一緒に屋上に行ったっていうから、何事かと思ったんだけど……」
空の下を歩いて、日和は二人の間に立ち止まった。そのままきょろきょろと、二人の顔を交互に見合わせる。
「……二人って仲良かったの?」
「「全然良くない」」
二人の声は、そうとは思えない程息が揃っていた。
「私が呼び出したんだよ。日和との関係について詳しく訊こうと思って」
観念したように、真琴は経緯を打ち明ける。その内容を聞いて、日和は先日真琴に尋ねられた質問を思い出した。
「だっ、だから黒島くんとはなんともないって!」
「さっき黒島からも訊いた」
顔を真っ赤にさせながら詰め寄る日和に、真琴は目を逸らす。本気で心配している反面、日和の反応をどこか面白がっているように見えた。
「あっそうだ」
ふと思い出して、日和が話題を変える。
「今日学校終わった後、ちょっと時間ある? この前真琴ちゃんの好きそうなクレープ屋さん見つけたんだよねー」
ポケットから猫型カバーのスマホを取り出すと、この前見つけたというクレープ屋をネットで探す。
男勝りな真琴の好物は甘いスイーツ。この事を知っているのは、友人である日和だけだ。
「ほら! 美味しそうでしょ!? よかったら一緒に行かない?」
クレープの写真を見せながら、日和は笑顔を見せる。その笑顔は、まるでお気に入りの人形の様に愛らしかった。
「……うん、行こう」
日和の誘いに、真琴は二つ返事で頷く。そこに断るという選択肢は最初からなかった。
「ていう訳だから、黒島くんも分かった?」
「はぁ!?」
突然名前を呼ばれて、蚊帳の外に立たされていた大我は思わず声を荒げる。驚いたのは日和の目の前の真琴も同様だ。
「ちょっと待って! こいつも一緒に行くの!?」
「ごめんね真琴ちゃん。どうしても黒島くんも一緒に行かなきゃいけない理由があって……」
「なんで俺がそんなのに付き合わなきゃなんねぇんだよ! 寄り道するんだったら勝手に帰れ!」
「うるさい。いいからついてきて」
「なっ!」
日和の発言により、命令が発動する。これにより大我の強制連行は約束されてしまった。
歯を食い縛る大我を余所に、日和は今から放課後を待ち遠しそうにクレープの写真を眺めている。そんな日和の横顔を見て、実は振り回されているのは大我の方ではないかと、真琴は真相に気付き始めていた。
♡
「美味しー!」
口の中に広がった甘美に、日和は声を漏らす。今日も一日中授業で疲弊した脳に、ホイップの甘さが染み渡っていた。
キッチンカータイプのクレープ屋には、噂を聞きつけた女子達が今も列を成している。一足先に購入した日和が選んだのはチョコクレープ、隣の真琴が選んだのはイチゴクレープだ。
「ほんと、こりゃ美味しいわ」
「そっちも一口食べていい!?」
「どーぞ」
「やったー! 真琴ちゃんも一口食べて!」
真琴と取り換えっこして、日和は受け取ったイチゴクレープに頬張りつく。瞬間チョコクレープとは違った甘みが押し寄せてきて、日和は声にならない感動に悶えていた。そんな日和に微笑しながら、真琴も日和から貰ったクレープに口を付ける。
「ほんとに黒島くんは要らないの?」
不意に気になって、日和は少し離れた場所に佇む大我に声を掛ける。大我の手にクレープはなく、ズボンのポケットに埋められていた。
「要らねぇよ」
大我にとっては無用な時間で、苛立ちから視線を逸らす。
「ぬいぐるみは好きなのに、こういうのはあんまりなのね」
「おい!」
クレープの隙間から溢れた日和の言葉に、大我は日和の腕を掴んでぐっと近寄せた。
「お前言うなって言っただろ!」
「あっごめん。つい」
「あいつにバレたらどうすんだよ!」
噂の彼女は今も素知らぬ顔でクレープを味わっている。どうやらクレープに夢中で、日和の失言には気付いていないようだ。
「別に真琴ちゃんなら大丈夫だと思うけど……。それより、黒島くんこそなにか変な事言ってないでしょうね?」
「言おうとしてもどうせ言えねぇんだから心配要らねぇだろ!」
「言おうとしたの!?」
「あーもううるせぇなぁ!」
声を潜めて話し合う二人だったが、やはりその声量は次第に大きくなっていく。流石の真琴も二人のひそひそ話に気付いて、じっと視線を向けていた。
なにを話しているかまでは、真琴には聞き取れない。依然日和と大我の関係性は分からないままだったが、ひとまずはこのクレープが美味しかったので良しとする事にした。
大我と違って、日和は学校内でも交友関係を持っています。それを証明するように生まれたのが真琴というキャラクターです。
男勝りなキャラは書くのが難しいですね。ただのクールな男キャラになりがちだが、そこに女の子らしい可愛さを表現しないといけない。今後真琴を書いていく上で、大きな課題になりそうです。




