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魔女ちゃんの仰せの儘に!  作者: 越谷さん
【第1章】魔女ちゃんの日常

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【第3話】魔女ちゃんの約束

 大我と日和の間に契約の口付けが成されてから、間もなく一週間が経とうとしていた。

 毎日の登下校同行に、授業の出席。最初は命令が出される度に抵抗していた大我だったが、それも意味なしと気付くと次第に諦めるようになっていた。今では大人しく日和の隣で登校している。

「わー!」

 今日の日和の瞳は、朝から宝石の様にキラキラと光り輝いていた。

 日和の手には大我手製のぬいぐるみ、その名もくま衛門。先日見た時は未完成な部分も多かったが、今日のくま衛門は完全体と化していた。

「可愛いー! 凄いね! あれから全然経ってないのに!」

「別に……あとちょっとだったし」

 大我は照れ臭そうに頬を染めて、視線を泳がせる。そんな大我には目も暮れず、日和はくま衛門に夢中だった。

「……ねぇ、やっぱりくま衛門私にくれない?」

「ダメだ」

 再度交渉を持ち掛ける日和だったが、大我は虚しくも日和からくま衛門を没収する。

「えー! ケチー!」

「言ってろ。なんと言われようが、こいつは誰にも渡さねぇよ」

 他の生徒に見られてはマズいと、大我は早々にくま衛門を鞄の中に避難させる。あまりにも短すぎるくま衛門との面会時間に、日和は頬を膨らませた。

「じゃあ次に作った子を頂戴! 次はどんな子を作るの!?」

「なんも決めてねぇよ。そもそも今はどっかの誰かに授業受けさせられてるせいで、あんま製作に回せる時間ねぇんだよ」

 新たなぬいぐるみを待ち望む日和に、大我は皮肉を口にする。

 以前は日和達が教室で授業を受けている間、大我は別の場所でぬいぐるみ製作に励んでいた。製作に扱える時間が半減以下になったとあれば、当然製作も滞る。

「授業を受けるのが学生の本分なんだからしょうがないでしょ」

 次回作が見られないのは惜しいものの、授業を受けさせる事が最優先なので致し方ない。

「でも嬉しいわ。何度言っても授業を受けようとしなかった黒島くんが、こうして毎日出席してくれるようになって」

 命令によって強制されている事は棚に置いといて、日和は一人感動する。そんな日和の横顔に、大我は怪訝な視線を送っていた。

 その際、大我の肩が通りすがった誰かとぶつかる。

「こうして毎日出席していれば、いずれクラスの皆も黒島くんの事認めて」

 日和が振り返ると、大我は見知らぬ褐色肌の男とガンを飛ばし合っていた。

「なにやってんの!?」

 目を離した隙の一触即発に、日和は急いで割って入る。

「ちょっと黒島くん! なにやってんの!?」

「あぁ? なにってこいつが急に」

「本当にすみません! 黒島くんにはちゃんと言って聞かせますので!」

「おいなに勝手に謝ってんだよ!」

 相手の男も他校の制服を雑に着崩しており、一目で大我と同じ不良である事が分かった。そんな男に、日和は誠心誠意頭を下げる。

「それじゃあ私達はこれから授業がありますのでこれで!」

「おいちょっと待て!」

「失礼します!」

 大我の声には耳も貸さず、日和は男の反応を見る前に大我の手を引いて走り出した。日和の捲し立てるような仲裁に、男は黙って見送る事しか出来なかった。

「ちょっと待てって!」

 しばらく好きに走らせた後、大我が引かれた手を払って足を止める。

「いきなりなにするんだよ!」

「それはこっちの台詞よ! なんでそんな一瞬で喧嘩になる訳!?」

 大我の怒鳴り声につられて、日和も声が大きくなる。あの一瞬で一体なにが起こったのか、日和はなにも理解できていなかった。

「あいつが俺にぶつかってきたからだろ!」

「そんなのでいきなり喧嘩始めないでよ!」

 大我の知らなかった一面を知った事で忘れていたが、大我は正真正銘の不良だ。それもこの街で噂が蔓延る程の。彼にとって喧嘩は日常茶飯事であり、肩の衝突というのは開戦のゴングと等しいのだろう。

 理解し難い血の気の多さに、日和は頭を抱えた。

「くそっ、これじゃあ他の奴らに舐められちまうじゃねぇか……」

 大我の呟きに、日和は意思を固める。

「……言っとくけど」

 低いトーンで発せられた日和の声に、大我は顔を上げる。

「これからずっと()()()()だから」

「なっ!?」

 日和から告げられた禁止令に、大我は雷が落ちた様な衝撃を覚えた。

「ふざけんな! そんな事したら他の奴らに舐められちまうだろ!」

「だからどうしたっていうの!? 喧嘩なんて危ない事許す訳ないでしょ!? 分かったら今日から心入れ替えて生活しなさい!」

 大我からの抗議を一切放棄して、日和は頬を膨らませる。聞く耳は持たないと言うように、大我を置いて歩き出してしまった。

 日和の口から出された以上、大我はその禁止令に従う他ない。その事実はこの一週間で嫌という程思い知らされている。大我はただ日和の生意気な後頭部を睨みつける事しか出来なかった。



 大我が教室に来るようになってから一週間が経過し、一年二組のクラスメイトもようやくその光景に目が馴染もうとしていた。ただしその目はまだ怯えている。特に今日は喧嘩禁止令により大我の機嫌が悪く、クラスメイトからはいつになく距離を置かれていた。

「おはよう真琴ちゃん」

「おはよ」

 大我と共に教室に入った日和は、窓際の自分の席に腰を下ろす。前の席の女子に挨拶すると、女子はぶっきらぼうに挨拶を返した。

 本田(ほんだ)真琴(まこと)。黒髪のショートカットに凛とした顔付きをしている。その膨らんだ胸と丈を短くしたスカートがなければ、男子と見間違う人も少なくないだろう。席替えにより日和と席が前後になってから、二人は気軽に話し合える友人となっていた。

 真琴は登校中に買ったリンゴジュースをストローから飲みながら、最後列で威圧感を放っている大我をじっと見つめる。

「……日和ってさ」

「ん?」

 不意に名前を呼ばれて、日和は授業の準備を進めていた手を止める。

「黒島と付き合ってんの?」

「!?」

 真琴の口から飛び出したのは、そんな衝撃的な質問だった。

「なっ!? そっ、そんな訳ないじゃん!」

「違うの? だってアンタここんとこ毎日一緒に登下校してるじゃん。皆噂してるよ」

「そうなの!?」

 あからさまに動揺する日和に、真琴は淡々と問い詰める。弟の利空にも「彼氏?」と尋ねられた事を踏まえると、やはり傍からはそう見えているのだろうか。

「日和って前から黒島の事気に掛けてたよね」

「それは! 黒島くんが全然授業受けようとしないから!」

「あんま人の彼氏悪く言いたくないけどさ、日和は一組の月山みたいな、もっと正統派なイケメンが好きだと思ってたわ」

「だから違うって!」

 どれだけ日和が否定しようとも、真琴は聞き入れようとしない。ただストローから音を立ててジュースを啜るばかりだ。

「あっ、もしかして黒島になんか脅されてる? それだったら言って。私が黒島の事ボコボコにしてあげるから」

「そっ、そういう訳でもないから!」

 どちらかというと日和が大我を脅している側なのだが、それは口が裂けても言える筈がない。

「ふーん……まぁ日和がそう言うなら信じてあげるわ」

 耳の先まで真っ赤にさせる日和に、真琴は姿勢を正面に戻す。

「なんかよく知らないけど、このままじゃ誤解されても知らないわよー」

 それだけ言うと、真琴はそれ以上の詮索をやめる。それでも日和の火照った頬の熱は冷めやらない。そんな事はつゆ知らず、大我は不機嫌に貧乏揺すりをしてクラスメイトを怯えさせていた。



 その日の下校中、大我は違和感を覚えていた。

 いつものように隣を歩く日和。しかしその表情は今朝よりもどこか強張っており、足取りもどこかぎこちない。極めつけに自分と日和との距離が不自然に離れていた。

「……なんか遠くね?」

「そっ、そう!? 別にいつもこのくらいじゃない!?」

 大我の声に、日和は大袈裟に答える。やはり今朝とは明らかに様子がおかしい。

 ――やっ、やややっぱり周りからはそう見えてるのかな!? そうよね! 私だって男女が二人で歩いてたらそうなのかなって思うし! でも私達はそういうんじゃなくて! ただ悪魔から守ってもらう為に送り迎えしてもらってるだけであって!

 日和は恋愛未経験だ。成長するにつれて同世代の女子の話題が色めき立つ中、日和はその話題を黙って聞いているだけ。テレビの中の恋愛ドラマに憧れはあるものの、いざ自分がとなるとなにも想像が出来なかった。

 茹だる日和の頭から湧き出る湯気に、大我は首を傾げる。その頭の中身に、大我は全く気付かなかった。

「おい」

 ふと声を掛けられ、二人は正面に顔を向ける。

 道を遮るようにして立っていたのは他校の男五人組。その先頭に立っているのは、今朝大我と肩をぶつけた男だった。

「貴方、今朝の……」

「あ? 誰だお前」

「ちょっと! 黒島くん忘れたの!?」

 褐色の肌に見覚えはないと、大我は男に顔を顰める。大我の脳は、自分にとって興味のないものをすぐに削除する構造となっているようだ。

「お前、黒島だよな?」

 男は大我の左眉に残った古傷を見て、そう尋ねる。

「中学の時に散々暴れ回ってたっていう怪物。中坊一人で不良チームを一つ潰したって話も聞いた事がある。最近はあまり目立った噂も聞かなくなったが……」

 中学時代の大我の話。その全貌を日和はなにも知らない。ただ聞こえてくる噂は、どれも狂気的なものばかりだった。

 話の途中で、男は視線を日和に移す。

「まさか女連れになってたとはな」

「え?」

 ニヤリと口角を吊り上げた男に、日和はきょとんとする。その意味が分かったのは、言われてしばらく経った後だった。

「いっ、いや! だから私達はそういう関係ではなくて!」

「えっ、違うの?」

 両手と首を激しく振って、日和は必死に否定する。しかし日和が伝えたい真実など、男はどうでもよかった。

「なんの用だ」

 そう尋ねた大我の視線は乱暴だ。

「いや、噂の怪物が一体どんなものなのか興味があってな」

 視界に入ったもの全て壊してしまいそうな大我の目付きに、男は愉しそうに口元を歪める。他の男達も好戦的な姿勢だ。

「ちょっと黒島くん!」

「黙って引っ込んでろ」

 このままでは今朝止めた喧嘩がここで再発してしまうと日和が止めようとするも、大我はその場を離れようとしない。相手への敵意を持って、右の拳を強く握る。

 そこで大我は異変に気付いた。

「……ん?」

 様子のおかしい大我に、日和も気付く。大我は拳を握ったまま、直立不動になってしまっていた。

「黒島くん?」

「……動けねぇ」

「え?」

 なにかの力が働いて、大我の体は金縛り状態になっていた。考えられる理由は一つ。今朝日和から言い渡された喧嘩禁止の命令だ。

「ハッハッハッ! どうした黒島! そんなところでぼーっと突っ立っちまってよ!」

 拳を握って硬直した大我に、男達は腹を抱えて大笑いした。

「怪物なんて言われてるからどんな奴かと思えば、とんだ臆病者じゃねぇか! さっさと女連れて尻尾巻いて逃げたらどうだ!?」

 散々嘲る男に、大我の額に血管が浮かぶ。しかしどれだけ頭に血を上らせようと、その拳が男の顔面に放たれる事はなかった。

 ――この野郎……!

 どうやってそのふざけた顔面を潰してやろうかと考えていたその時、

「やめなさい!」

 大我と男達の間に割って入るように、制服のスカートが靡いた。

「天宮」

 柄の悪い男達を前にしても、日和は毅然とした姿勢だ。

「今黒島くんは不良を辞めて、平穏な高校生活を送ろうとしてる最中なの!」

「おい勝手に決めんな!」

「そんな黒島くんに貴方達の相手をする時間はありません! 分かったら貴方達も帰って、明日の授業の予習でもしてなさい!」

 大我にも臆さない座った肝は健在だ。そもそも幼少期から悪魔が見えていた日和にとって、一介の不良など恐れるに値しないのだろう。

「……なんだお前」

 強気に注意した日和に、男は苛立ちを覚える。

「どうやらお前の女、躾が足りてないみたいだぜ?」

 男は指をボキボキと鳴らして、拳を握り締める。その拳の標的は、今も睨んだように見上げてくる日和だ。

「俺が代わりに、この生意気な女しつけてやるよ!」

 襲い掛かる拳に、日和は思わず目を瞑る。しかしその拳が日和に届く事はなかった。

 薄らと日和は瞳を開ける。いつの間にか前に立っていた大我が、男の拳を右手で容易に受け止めていた。

「黒島くん……」

 あれだけ動かなかった大我の手は、男の拳を掴んで離さない。それどころか力の入ったその指は、拳を粉砕しようとしていた。

「痛たたたたっ!」

 骨が砕ける様な激しい痛みに、男は悲鳴を上げる。大我が手を放した時には、男の目にはじんわりと涙が滲んでいた。

「テメェ……!」

 憤りを沸々と煮え立たせて、男は大我に殺気立つ。日和の前に立つ大我は、男を迎え撃つようにして睨み返していた。

 しかし大我の踵は反対を向き、日和の手を取って走り出す。

「なっ!?」

 それは間違いなく敵前逃亡だった。

「待てごらぁ!」

 逃げ出した大我に、男達も追い掛けるようにして走り出す。男達の荒んだ怒号が、後ろから耳を突き刺してきた。

「どうして!?」

 手を引かれながら、日和は先を走る大我に問い掛ける。

「どうしてったって、お前のせいで戦えねぇんだからしょうがねぇだろ!」

 喧嘩禁止令の敷かれている今の大我に、男達を相手取る力はない。それは分かり切っている事だが、日和には一つ解せない事があった。

「でも! さっきあの人のパンチ受け止めてたじゃん!」

 戦う事が一切出来ないのなら、男の拳を受け止める事も不可能な筈ではないだろうか。そう考える日和に、大我は口を窄める。

「あれは……お前を守ろうとしたら普通に動いたんだよ」

 それは意外な答えだった。

「……私を、守ってくれたの?」

 先を走る大我の表情は、日和には分からない。ただ背後からも見える大我の耳は、薄らと赤色に染まっていた。

 自分の為に戦う事は出来ずとも、誰かを守る事は出来るようだ。

「くそっ! とにかく日が暮れる前にあいつら撒かねぇと!」

 夜になれば不良よりも恐ろしい悪魔が襲ってくる。それまでになんとしても男から逃げ切らなければならない。

「……黒島くん」

「あ!?」

 緊迫した状況だが、日和はどうしても伝えたかった。

「ありがと!」

 自分の為に身を挺して動いてくれた大我に、精一杯の感謝を。

「あぁ!? なんて!?」

「なっ、なんでもないわよ!」

 日和の言葉は男達の怒号によって掻き消され、大我の耳には届かなかった。振り返った大我に、日和は思わず反発する。逃げ切った際に改めて感謝を伝えようと、日和は足を走らせながら密かに心に誓っていた。

今思えば不良と優等生のラブコメは定番過ぎましたかね。

この作品で注意している事は日和の台詞です。日和が意識していなくとも、大我に命令してしまう時もあるので。命令となっている台詞には傍点が付いてますので、そちらも意識していただけるとより楽しめるかと思います。

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