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魔女ちゃんの仰せの儘に!  作者: 越谷さん
【第1章】魔女ちゃんの日常

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【第2話】眷属くんの秘密

 野良猫が暢気に欠伸をする長閑な早朝。通勤する社会人や登校する学生が多く姿を見せる時間帯だ。

 この街の最寄りの高校といえば服巻高校である。設立二十年とまだ歴史の浅い私立高校だが、全教室冷暖房完備だったり、制服が可愛かったりと、様々な理由で人気を誇っている。この時間帯になると、服巻高校の濃紺の制服が街の色彩を占領しようとしていた。

 そんな見慣れた朝の景色に、今日は見慣れない異物が紛れ込んでいた。

「………」

 社会人や学生は、皆その異様な光景に目を奪われている。

 背筋をピンと伸ばしたまま、風を切る様に道を歩く服巻高校の少女。その半歩後ろをついて歩く、柄の悪そうな服巻高校の少年。それはまるで、飼い主が反抗期の犬を連れて散歩しているかの様だった。

 ――なんでこんな事に……!

 大我は腸を沸々と煮え滾らせながら、昨夜の事を思い返していた。



 それは天宮家にて、見事大我が悪魔を打ち倒した後の事だ。

「それじゃあ黒島くん、これから日和の送り迎えよろしくね」

「「はぁ!?」」

 玄関先で大我の見送りをする際、典子は大我にそう声を掛けた。扉を開けて帰る寸前だった大我は勿論、典子の隣の日和も口を歪める。

「ちょっと待て! なんで俺がこいつの送迎しなきゃいけねぇんだよ!」

「そうよお母さん! 黒島くんが居なくたって、私は一人で帰れるわ!」

 これから毎日日和の送迎をするなど、考えただけでストレスが溜まった。

「でも日和の力が解けた以上、なにがあるか分からないし……。黒島くんが一緒なら私も安心だわ。その指輪は黒島くんにあげるから」

 悪魔に対抗する力を秘めた破魔の指輪は、大我の右人差し指に装備されている。これでまた悪魔に襲われたとしても問題はない。否悪魔に襲われる事自体避けたい事態なのだが。

 なんとしてでも拒否したい大我は、典子相手に声を荒げる。

「うるさい! とにかく俺は明日から学校なんて行かねぇから!」

「学校に行かない?」

 その発言に反応したのは日和だ。

「……黒島くん」

 名前を呼ばれて、大我は体を震わせる。その瞳は、まるで真冬の雪山の様に冷たかった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「うっ!」

 冷酷に告げられた日和の命令。今の大我にとって、悪魔をも超えたこの世で最も恐ろしいものだ。

「さぁお母さん、早くドア閉めましょ。またいつ悪魔が襲ってくるか分かんないし」

「大丈夫よ日和。結界でこの玄関から悪魔が入ってくる事はないから」

 踵を返した日和は就寝の準備をしなければと、そそくさと家の中に戻っていく。最後にくるりと大我に振り返って、日和は大我に言い捨てた。

「それじゃあ黒島くん、また明日」

 玄関の扉は、典子によって閉められる。夜の屋外に取り残された大我の形相は、憤りから正に鬼の様になっていた。

「あの野郎……!」



 その後大我は自分の足で家にまで帰り、日を跨いで現在に至る訳である。

 ――くそっ、まさかほんとに八時丁度にこいつの家に行く羽目になるとは……!

 当然命令などボイコットしてやろうと考えていた大我だが、気付けば今まで起きた事のないような時間に起床し、学校の制服に袖を通し、鞄をしっかりと用意した状態で、指定された八時ジャストに天宮家の前に到着していた。絶対服従の魔法は思っている以上に強力らしい。大我が最も腹を立てたのは、命令してきた筈の日和が出迎えた大我を見て若干引いていた事だった。

「………」

 目の前を悠然と歩く日和を、大我は睨む。日和も周囲の注目の的なのだが、一切気にしていないようだ。

「……おい」

 こちらを振り向かない日和に、大我は声を掛ける。

「なにかしら」

「昨日の悪魔の話だけどよ」

「ちょっと!」

 話の内容を聞いた途端、日和は慌てて振り返った。

「こんな人の居る場所でその話やめてよ!」

「別に良いだろ。どうせ聞かれても、なんかのアニメの話としか思われねぇよ」

 自分の身に起こっている現象をアニメと表現される事に若干引っ掛かったが、大我の言っている事は事実なので、日和は素直に耳を貸す事にした。

「なんであいつらはお前の事を狙ってるんだ?」

 夜になると現れるという悪魔。昨夜何度も襲い掛かってきたが、その標的は全て日和だった。

「言ったでしょ? 悪魔は魔女の力を狙ってるの」

「だからそれがなんでだって訊いてんだよ」

 悪魔に意思があるのかどうかは不明だが、標的がある以上なにか目的があると考えるのが道理である。

「……魔女を食べると、悪魔はパワーアップするらしいわ」

「パワーアップ?」

 これまた単純な目的だ。

「パワーアップするとどうなるんだよ」

「それは分からない。でも悪魔は自分の魔力をパワーアップさせる為、より強い魔力を持つ魔女を食べようとしてるの」

 確かに悪魔は日和に襲い掛かる際、口の様なものを大きく開けていた。あれは単なる襲撃ではなく、捕食を目的とした攻撃だろう。

「それじゃああの母親と弟も、悪魔に狙われるんじゃねぇのか?」

 続いて大我が尋ねる。悪魔の標的が魔女なら、同じ家系である典子や利空も標的にされる筈だ。

「それは大丈夫」

 しかし大我の質問に、日和ははっきりと断言した。

「まず魔女はその名の通り女の子しかならないから、利空は魔女にはならない。お母さんは元々魔女だったんだけど、私を産んだ時にほとんどの魔力を私に移したから、今悪魔に狙われる程の魔力は持ってないの。だから悪魔に狙われるのは私一人だけ」

 どうやら魔女の力は、女児を出産する事によって代々受け継がれていくようだ。典子の高校生の娘が居るとは思えない美貌は魔法の力かと思われたが、単なる努力の結晶らしい。

「……成程。性格の悪さと合わせて、魔力も引き継いだって訳か」

 溜息の様に溢れた独り言が、日和の地獄耳に入る。

「なんか言った?」

「どうせキスされるならこんな性悪芋女じゃなくて、胸のデケェ大人の女が良かったって言ったんだよ」

「はぁ!?」

 赤裸々に語られた大我の性癖は、日和には刺激が強過ぎたようだ。日和は耳の端まで顔を真っ赤に染め、頭頂部からは蒸気を噴かせている。

「ななななによ急に! 黒島くん、私の事そんな目で見てたの!? 変態!」

「誰が見るかよテメェみたいな芋女!」

「なんですって!? というかキッ、キスとかあんまり大きな声で言わないでくれる!? 皆に聞かれちゃうでしょ!」

「お前の方が声デケェじゃねぇか!」

 二人の声のボリュームは次第に壊れていき、周囲の生徒達の視線が集中する。大我と言い合いの出来る生徒など服巻高校には他に居らず、日和の心配とは別のところで注目を集めていた。



 高校の正門を通り、昇降口で靴を履き替えて、二人は一年二組の教室の扉を開ける。クラスメイトは昨日のテレビの話題や授業の愚痴に花を咲かせていたが、大我が教室に入ってきたのを目にした瞬間、その口を一斉に塞いだ。

「………」

 大我は最後尾の自身の席まで足を伸ばすと、乱暴に椅子を引いて腰を下ろす。大我が大人しく席に座る事自体、一年二組にとって異常事態だ。

「……えっ、なに?」

「どういう事?」

「なんであいつ居るの?」

「怖いんだけど」

 教室がクラスメイトの声で充満する。クラスメイトは声を潜めているつもりだったが、その声は確と大我の耳に届いていた。

 大我と離れた日和は、窓際の自身の席に鞄を置く。

「おはよう」

「おはよう……」

 前の席に座る女子は日和にそう挨拶を返したが、視線は日和と一緒に登校してきた大我に向けられたままだった。

「……どうしたのあいつ」

「別に? 彼も一年二組の生徒なんだから、ここに来るのは当然でしょ?」

「まぁそうなんだけど……」

 聞きたかったのはそういう返答ではないのだが、妙につんとした態度の日和に、女子はこれ以上の詮索を控える。日和はただ黙々と授業の準備を進めるばかりだった。

 教室中から集まる視線に、大我は胃痛を覚える。クラスメイトが呼ぶ自分の名前。その声色はなんとも気持ち悪い。一刻も早くこの場から逃げ出したい。そんな焦燥が、堪らず大我を勢いよく立ち上げた。

「なに見てんだお前ら!」

()()()()()

 日和がそう口にすると、大我は行儀良く自分の席に座り直す。

「………」

 突然立ち上がったと思ったら即座に座り直した大我の突飛な行動に、クラスメイトはただただ呆気に取られていた。

「……どうした?」

「なにがあった?」

「今のって……天宮さん?」

 教室の注目は、謎の発言をした日和にも向けられる。前の席の女子も、どういう訳かと首を傾げていた。

「……ほんとになにがあったの?」

「なにもないわよ」

 女子の質問にも、日和は素っ気なく答えるだけ。

「はーい、それじゃあHRを始めまっ」

 扉を開けて教室に入ってきた教師は、教壇に立って眼鏡の奥に大我を見つけると顔を引きつらせる。

「くっ、黒島くん……」

 恐怖のあまり呂律が上手く回っていない。それどころか教壇に隠れた両足は、氷上に立っている様に震えていた。

「先生、早くHRを始めてください」

「あっはい、それでは……」

 手を挙げた日和に触発され、教師は朝のHRを始める。いつもと変わらない朝の日常。しかし今日は教室の最後列から、ただならぬ緊張感が漂っていた。

 ――くそが……!

 憤りに顔を満たす大我に、教師の言葉など届いていなかった。



「なにしてくれんだ!」

 午前の授業が終了した昼休み。生徒も使用可能な屋上に、大我は日和を呼び出していた。

「教室であんな命令しやがって! めちゃくちゃ変な目で見られたじゃねぇか!」

「貴方が教室で暴れようとするからよ」

 憤慨する大我だが、日和に悪びれる様子はない。それどころか、どこか優越感に浸っているように恍惚としていた。

「しかしあんなに授業を受けるのを嫌がっていた黒島くんを、こうも簡単に出席させる事が出来るとは……」

「お前、なんか少し楽しんでねぇか?」

 日和の命令によって、大我は授業中ずっと自身の席に拘束されていた。教鞭を振るいに来た教師に毎度驚かれながら、聞きたくもない授業を聞かされ続ける。大我にとっては拷問にも等しい時間だったが、日和は実に感動していた。

「楽しい訳ないでしょ!? また今日も夜になったら悪魔に襲われちゃうんだから!」

 今日も日が暮れれば、また悪魔が日和の力を狙って襲ってくる。毎日あんなトラブルに付き合わされるのは沢山だ。

「別に夜になる前に帰ればいいだけの話だろ」

「それはそうだけど」

「とにかく、これからは授業終わったらすぐ家に帰るんだぞ」

 大我の発言は、完全に他人事だった。

「ちょっと! 帰りは送ってくれないつもりなの!?」

「当たり前だろ! 登校の面倒見るだけでもムカついてんのに、なんで下校まで面倒見なきゃいけねぇんだよ! 大体お前も昨日一人で帰れるって言ってたじゃねぇか!」

「そうだけど! それじゃあ危ないってお母さんが!」

「なんだ!? 魔女ってのはママの言いつけは絶対なのか!?」

 屋上から見える空に、二人の言い合う声がこだまする。ここならどれだけ大声を上げても、周囲から変に見られる事はない。

「俺は! 絶対送ってったりしないからなぁ!」

 大我はそう叫びつつも、心のどこかでこの後のオチがなんとなく分かっていた。



 結局高校からの帰り道、大我は日和の隣を歩いていた。太陽は既に西に傾き始めていたが、このままのペースで歩けば、夜になる前に日和を送り届けられるだろう。

 隣の日和に目を向けてみる。人ひとりを散々扱き使っているにも関わらず、その横顔に罪悪感は欠片もない。普段なら憤りを覚えるところだが、授業で疲弊しきった頭では、それすらも湧いてこなかった。

「ねぇ、ずっと気になってたんだけど」

 不意に日和から、何気なく話が持ち掛けられる。

「昨日の忘れ物って、一体なんだったの?」

 その質問に、大我は足を止めた。

「……別になんだっていいだろ」

「まぁなんだっていいんだけど、普段授業に来ない黒島くんが、わざわざ授業中に取りに来るくらい大事なものだったのかなって思って」

 日和の問い掛けに、大我は視線を逸らす。日和は大我の表情を覗こうとするが、大我は頑なに表情を隠した。

「……もしかして、今日も持ってたり」

 そう言って日和が大我の鞄に手を伸ばそうとすると、大我は反射的に鞄を抱きかかえた。

「……なんで隠すの?」

「隠してねぇよ」

 口ではそう言うも、あからさまに鞄の中身を隠そうとする行動だ。

 日和の脳内に、凶器や白い粉といった犯罪を仄めかす物品が浮かび上がる。学級委員長として、目の前の悪を見逃す訳にいかない。

()()()()

 命令により、抱きかかえていた鞄はいとも容易く日和の手に渡された。

 ――畜生!

 確かな屈辱に、大我は唇を噛み締める。これは人権の侵害に値すると、大声で叫んでしまいたかった。

「えーっと……」

 なにか怪しい物は入っていないかと、日和は念入りに手荷物チェックをする。教科書などが入っていない分、気になる物はすぐに見つかった。

「ん?」

 日和はそれを鞄の中から取り出す。

 夕陽に照らされたそれは、栗色の布地で作られた可愛らしいぬいぐるみ。頭部から丸みを帯びた耳が二つ生えている事から、ぬいぐるみは熊がモデルである事が推察される。顔や体のパーツが不揃いなところを見るに、まだ製作途中なのだろうか。

「……これって」

「……くま衛門だ」

「くま衛門!?」

 安直なネーミングセンスに、日和はぬいぐるみを持ったまま大我に目を向ける。大我の耳は、西に沈む太陽と同じくらい真っ赤だった。

「……もしかして、黒島くんが作ってるの?」

 にわかには信じ難いが、それ以外考えられない。まさか学校中から恐れられている大我に、こんな可愛らしい趣味があったとは。

「子供の頃から好きで、いつからか自分で作るようになったんだ」

 観念したように、大我は口を開く。

「分かってるよ。自分でも似合ってねぇ事してるくらい。男で、しかも不良の俺がこんなの作ってたら、そりゃ気持ち悪いよな。お前もおかしけりゃ俺の事笑えばいい」

 かつての記憶が頭の奥でフラッシュバックする。決して良い思い出ではないのか、大我の表情には影が差していた。確かに大我とファンシーなぬいぐるみとでは、どうやったって自然には結び付かない。

 ぬいぐるみは好きだ。ただぬいぐるみを好きな自分は、どうしても好きになれなかった。

「可愛い……!」

「えっ?」

 しかし日和は、そんな大我の話など聞いていなかった。

「凄いよ黒島くん! これほんとに黒島くんが作ったの!?」

 くま衛門を抱き締めながら、日和は大我に問い掛ける。その瞳はどんな宝石よりも眩しく輝いていた。

「……まぁ」

「可愛いー! 黒島くんって手先器用なのね!」

 日和の目はくま衛門にぞっこんである。あまりに予想外の反応に、大我は思わず立ち尽くしていた。

「……お前、気持ち悪いとか思わないのか?」

「なんで?」

「だって! それ作ったの俺なんだぞ!?」

 大我は目を丸くして、日和に強く訴える。不良とぬいぐるみは分不相応だと、自分でも思っていた。

 そんな大我の苦悩を、日和は軽く笑い飛ばす。

「だからなによ。寧ろこんな可愛い物が作れるなんて尊敬するわ! 私には絶対作れないもの」

 日和の言葉が、大我の心を打つ。

 今までこの秘密を打ち明けても、相手の反応は似合わないと虚仮にされるのが決まりだった。大我にとって日和は、生まれて初めての理解者だったのだ。

「ねぇ! このくま衛門、完成したら貰っていい!?」

「なっ! ダッ、ダメだ!」

「えー!?」

 日和はくま衛門を、まるで我が子の様に抱き締めている。この短時間で、余程気に召したようだ。

「だったら、完成したら私にも見せて! 一目で良いからさ!」

「……それなら別に」

「やったー! 完成楽しみにしてるね!」

 日和は両手を上げて喜ぶと、くま衛門と鞄を大我に返す。両手の塞がった大我は、なにも出来ないままでいた。

「それじゃ、もう家も近いし今日はここまでで良いわ!」

 先を歩いた日和は、くるりと大我に振り返る。

「黒島くん! また明日!」

 笑顔でそう告げた日和は、軽やかな足取りで家路を歩いていった。

 また明日。昨日は忘れていたが、そう声を掛けられるのも随分久し振りだった。

「……なんなんだあいつ」

 ご機嫌な日和の背中に、大我は独り言を呟く。前からなにを考えているのかあまり分からない彼女だったが、今日で更に分からなくなった。ただ一つ分かったのは、彼女は大我が今まで出逢ってきた人間とは違うタイプの人間だという事。

 くま衛門を鞄に仕舞って、大我はくるりと踵を返す。取り敢えず家に帰ったら、くま衛門の製作に取り掛かろう。そんな事をぼんやりと頭の中で考えながら。

大我のキャラクターを作成するにあたって、なにかギャップになる趣味が欲しいと思いました。

絵画とか服飾とか色々考えたんですけど、最終的に落ち着いたのがぬいぐるみ。

折角出来上がった趣味ですので、決して無駄な設定にならないようにこれから扱えていけたらと思っています。

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