第7話 迷い込んだ魂の囁き
ミランが《根源記録庫》の重い扉を閉め、白い管理室へ戻った、その直後だった。
静寂を破るように、異変が起きた。
机の上に置かれた転生水晶が、まるで内側から灼かれているかのように激しく震え始めたのだ。
本来なら、魂を待つ間は沈黙を保ち、淡い光を宿すだけの器。その水晶が、不規則な振動とともに異様な光を放っている。
それは神界特有の揺らぎではない。
世界の法則そのものが軋むような、不快な不協和音だった。
「……これは……」
近づいたミランは、すぐに異常に気づく。
水晶が放つ光は、彼が転生者を迎え入れる際に見る、あの包み込むような温かさを持っていなかった。
むしろ――拒絶。
あるいは、悲鳴。
「転生履歴が……ない?」
ミランは即座に水晶へ手をかざす。
通常、転生を待つ魂には、必ず前世の記録と次の生の情報が付随する。
だが、水晶の内部に漂うそれは、どこから来たのかすら判別できない“純粋な魂”だった。
神界の記録にも、監視系統にも存在しない。
記録そのものをすり抜けて現れた、あり得ない存在。
ミランが愕然と見守る中、魂は――ゆっくりと輪郭を持ち始めた。
黒い長髪。
そして、記憶に焼き付いて離れない、無垢な面影。
「……ミラン、様……?」
かすかな声が響く。
それは、水晶を通した音ではなく、直接、彼の意識に触れる声だった。
「……リュシア……?」
名を口にした瞬間、胸の奥が軋んだ。
彼女は、かつてミラン自身が奇跡を約束し、ゼフィリアへ送り出した転生者の一人。
だが転生後まもなく、記録は途絶え、彼女は“魂の欠け”の最初の発生源として処理された存在だ。
それ以上、追うことを禁じられた魂。
「なぜ、ここに……? 君は、生を終えたはずだ。魂はシステムに回収されるはずが――」
混乱を隠せないミランに、リュシアは静かに微笑んだ。
だがその表情は、彼の知る無垢な少女のものではない。
どこか達観し、そして冷たい――まるで“神に近づいた”存在のようだった。
「ミラン様。あなたは、まだ知らないのですね」
声は優しい。だが、容赦はなかった。
「この転生の仕組みが、誰のために作られたのかを」
その瞬間、空間が軋む音が走った。
白一色の神界に、透明な硝子へ亀裂が入るような影が、縦横に広がっていく。
この空間そのものが、リュシアの存在に耐えきれず、歪められている。
彼女の瞳が、深く、冷徹な金色に輝いた。
「創造神アルマ様は、最初からあなたを“鍵”として創った」
ミランの背筋が凍る。
「それは、この世界を救うためではありません」
リュシアは、一歩も動かず、真実だけを突きつける。
「“原初の光”は、もう神界には存在しない。それを奪ったのは――あなたの“本体”です」
ミランは息を呑んだ。
「創造神アルマ=ヴェルディア。あなたを生み出した存在が、分霊であるあなたから、世界の真の創造力を奪った。その欺瞞こそが、この世界を歪めている」
言葉を失う。
印章に名が刻まれなかった理由。
己が“機能”として閉じ込められていた理由。
すべてが、繋がった。
――彼は鍵ではない。
光を奪われ、世界の監視を強いられた“檻”だったのだ。
リュシアは、それ以上語らなかった。
その姿は、淡い光の粒子へとほどけるように消えていく。
後には、彼女が触れていた転生水晶の上に、小さな結晶だけが残された。
淡く、しかし異様な輝き。
魂の核が凝縮されたかのような存在。
ミランは震える手でそれを掬い上げる。
そこには、リュシアの強い意志と、底知れない絶望が宿っていた。
「……ならば」
彼は、ゆっくりと顔を上げた。
碧い瞳に、もはや迷いはない。
「確かめねばならない」
視線は、白い神界そのものを射抜いていた。
「この“神界”が、真実なのかどうかを」
ミランは静かに机へ向き直る。
彼の使命は、すでに変わっていた。
転生を導く神ではない。
創造神アルマの欺瞞を暴き、奪われた原初の光を取り戻す者として。
白い世界は、何も答えない。
だが、確かに――揺れていた。
第一部 完




