第4話 根源記録庫の扉
ミランは、白の間の静けさを背に受けながら、根源記録庫へと歩みを進めていった。
この空間では音が響かないはずだ。それでも、自分の心臓の鼓動だけがやけに大きく胸の奥で鳴り、足取りは鋭く緊張を帯びていた。
――ここから先は、神であっても踏み込むべきではない領域。
そんな本能的な警告が、無言で背中に重くのしかかっていた。
根源記録庫への道は、白い虚空の奥に広がる無数の光の糸で構成された領域だ。
一本一本の光は転生記録。無数の魂の流れが編まれ、世界の理を繋ぎ止め、巨大な織物のような輝きを形づくっている。
その光の海のさらに奥――かつて一度だけ遠目に見た“最奥”だけは、まるで別の世界だった。
そこだけ空間が重い。
知識、時間、真実。あらゆる重さが凝縮したような密度で、空気がわずかに歪んで見える。
「……ここだ。」
ミランは長い沈黙の末に立ち止まり、巨大な扉を見上げた。
分厚い石造りの扉。その表面には、生きているかのような光の鎖が何重にも絡みつき、中心には金色の紋章が脈動している。紋章は一定の周期で淡い光を放ち、扉全体を静かに守っていた。
そのとき、空中に淡い文字が浮かび上がる。
《立入禁止。創造神アルマの命により、封鎖継続中》
冷たく、絶対的な警告。
ミランは喉がひりつくのを感じた。
創造神アルマが、世界誕生の最初期に封印した最深部。
神界の研修で聞いた伝承では、この扉は「触れてはならない境界」として恐れられていた。
――その扉の向こうに、自分の起源がある。
そう思うだけで胸が締めつけられる。タクトの言葉、魂の欠け、そして地上に残った歪みの残滓。そのどれもが、ミランをここへ導いた。
「アルマ様の意志が最も強く残る場所……そして、僕が生まれた理由。」
震える指先で、ミランは金色の紋章へ手を伸ばす。
触れた瞬間。
胸元の“名のない銀の印章”が、熱を帯びて微かに脈動した。
普段は飾りのように静かなそれが、彼の鼓動と同期するように光を放ち、刻まれていないはずの紋様が浮かび上がる。
――カチリ。
紋章と印章が重なった。
まるで、最初からそうあるべきだったかのように。
「……一致した?」
ミランは息を呑んだ。
創造神が封印に用いた絶対の紋様。それに、自分の印章が完全に同じ形で応えたのだ。
偶然で済むはずがない。
胸の内で、答えの輪郭が形を持ち始めていた。
「なあ、ミラン。あんた、本当に神様なのか?」
タクトの問いかけが胸を刺す。
ミランはその言葉を、今はもう否定できなかった。
「もし、僕の存在自体が……この扉に触れるためにあるのだとしたら。」
ミランは銀の印章を強く握りしめた。光がさらに強くなり、扉に絡む鎖へ吸い込まれていく。
次の瞬間。
ガリッ……ゴゴゴゴゴォ――!
白い空間には似つかわしくない轟音が響く。
光の鎖が一本、また一本とほどけ、光の粒へ崩れ落ちていく。封印が、“持ち主”の帰還を認めたように。
やがて、扉はゆっくりと開いた。
その先の風景に、ミランは思わず息を呑んだ。
「これが……《根源記録庫》……。」
扉の向こうは、世界そのもののように広大な書架の海だった。
果ての見えない高さまで積まれた書架。そこに収まる書は重力を無視し、光の糸に結ばれて宙を漂っている。
書物というより、“記憶の結晶”。
ここには、創世から現在までのすべての理が記録されている。神々の系譜。転生システムの骨格。そして、創造神アルマが世界を夢見た理由――あるいは、隠したいほどの罪の記録までも。
ミランが一歩足を踏み入れると、いくつかの書が微かに揺れ、光が彼の周囲で柔らかく瞬いた。
その温度はどこか懐かしく、まるで自身の記憶が混ざっているかのようだった。
書架の迷宮を進んだ先、空間の中央にそれは浮かんでいた。
他の書とは明らかに違う、ひときわ強い光を放つ書。
表紙は神代文字で彩られ、金の縁取りが呼吸するように淡く揺れている。
近づくほどに胸の奥がざわつき、むき出しの真実に触れる予感が全身を撫でた。
ミランはそっと手を伸ばし、その書に触れる。
まるで待っていたかのように、書は静かに彼の手へと収まった。
表紙には、明確に記されている。
――『神々の系譜』
「……世界を創った存在の始まり。」
呟きはかすかに震えていた。
そこには希望も不安もあったが、何より“知るべき時が来た”という確信が勝っていた。
ミランは深く息を吸い込む。
「僕は――僕が何者なのかを知らなければならない。」
強くそう宣言し、彼はゆっくりと第一頁を開いた。




