第13話 聖女リアの覚悟と神の清算
黒の森を抜け、騎士団に捕縛されたミランが連行された王都アルメリアは、昼夜を問わず厳重な警戒態勢にあった。
分厚い石壁と鉄格子に囲まれた王都地下牢。
ミランはその最深部へと投げ込まれた。
だが、彼の心は囚われていなかった。
意識は、ただ一人の少女へと向かっていた。
――聖女リア=フィエル。
彼を神界から地上へ引き寄せた、異端の祈りの主。
「リアは……どこにいる?」
見張りの兵士に問いかけると、兵士は鼻で笑い、吐き捨てるように答えた。
「聖女リアか。異端の罪で大聖堂の最奥に幽閉中だ。
神を冒涜し、世界の終わりを祈った狂人だからな」
ミランの瞳が、鋭く見開かれる。
「……世界の、終わり?」
その言葉が、胸の奥で重く反響した。
リアの祈りは、盲目的な信仰ではなかった。
それは、創造神アルマが築いたこの「模造の大地」そのものを終わらせる覚悟の祈り。
――彼女は、世界の歪みに耐えきれず、終焉を選んだのだ。
その真実を悟った瞬間、ミランの中から躊躇が消えた。
彼は、神の分霊として残されたわずかな力と、黒の森で得た白い羽根の力を重ね合わせる。
羽根が放つ淡い光が、地下牢を覆う警戒魔法を撹乱し、彼の存在を霧のように曖昧にした。
目指す場所は、一つ。
王都の中心――大聖堂。
夜の王都に紛れ、ミランは巡回する聖騎士たちを避け、複雑に絡み合う回廊を抜けていく。
印章に残された世界の理と、神としての記憶の断片が、最短の道を示していた。
やがて辿り着いたのは、大聖堂の地下最奥。
厳重に封鎖された、祈りの部屋。
そこに、リアはいた。
煤けた白いローブ。
両手両足を重い鉄鎖に繋がれながらも、静かに祈りを捧げている。
その姿は、冷たい石壁の中で、ただ一人、純粋な光を放っていた。
ミランの気配に気づき、リアはゆっくりと顔を上げる。
金色の髪。
そして、ミランと同じ碧い瞳。
夢の中で見た、あの少女だった。
「……ミラン様」
リアは微笑んだ。
そこに驚きも恐れもない。
まるで、この再会が初めから定められていたかのように。
「僕は、君をここから出す」
ミランは鎖に手を伸ばす。
だが、指先が触れる寸前、リアが強く制した。
「やめてください」
その声は、囚われの少女のものではなかった。
すべてを理解した者だけが持つ、静かな重みを帯びていた。
「どうしてだ?
君は僕を地上に引き寄せた。君の祈りが、僕に真実を教えてくれたんだ。
僕たちは、この世界を救うために――」
リアの瞳に、涙が浮かぶ。
だが、それは悲しみではない。
覚悟の涙だった。
「それは、私が――『神を裁く聖女』の運命を背負っているからです」
静かな告白。
「私の祈りは、『模造の大地』を終わらせるためのもの。
そして、その祈りは――神を地上に堕とすための力でした」
ミランは、言葉を失った。
救済ではない。
希望でもない。
リアが望んだのは、終焉だった。
リアは、鎖の音を響かせながら立ち上がる。
その立ち姿には、囚人とは思えぬ威厳が宿っていた。
「あなたが神である限り、この転生という呪われた循環は終われない。
創造神アルマの残した『呪いの核』は、あなたの中にあります」
彼女の視線が、ミランの胸元――印章の位置に注がれる。
「私の使命は、あなたという『神の子』を、この地で終わらせること。
世界を目覚めさせるために、あなたは滅びなければならない」
ミランの手が、宙で止まった。
彼の前にいるのは、救いを求める少女ではない。
世界の真実を知り、『世界の終わり』を引き受けた存在だった。
「……終わらせる。
君が、僕を滅ぼすというのか」
リアは、涙を流しながらも、迷いなく頷く。
「それが、この世界に与えられた、唯一の救済です。
ミラン様」
冷たい衝撃が、ミランの全身を貫いた。
彼は神界を出たその瞬間から、
救世主ではなく、『世界の終焉の鍵』として、リアに選ばれていたのだ。




