世にも奇妙な物語 ~正義のポイント~
「正義は誰のものか?」
そう問われたとき、私たちは反射的に「社会のもの」「国家のもの」と答えるかもしれない。
しかしSNSが日常に溶け込み、他人の振る舞いが常に“可視化”される時代。
「正義」はもはや、特別な誰かの専売特許ではなくなった。
誰もが通報ボタンを押せる。
誰もが「この人おかしい」と言える。
そして――その行為に“報酬”が発生したとしたら?
本作は、正義という行為に「ポイント=価値」がついた世界を描いた、
ある意味で、今そこにあるリアルの鏡です。
これは未来の物語ではありません。
もうすでに始まっているかもしれない、
“あなたのすぐそば”の物語です。
【オープニング:タモリ風ナレーション】
(夜。霧が立ち込める静かな街角。遠くで風鈴のような音が鳴っている。街灯の下、黒いコートを着た男が立ち、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。)
タモリ風語り(落ち着いた声で、ゆっくり):
正義――
それは人類が古くから求めてきた、最も美しく、そして最も危ういもの。
正義をふるうのが国家でも警察でもなく、
あなたや私のような“普通の人々”になったとしたら……?
正義にポイントがつき、値段がついた世界で、
果たして人は正しいままでいられるのでしょうか。
今宵ご紹介するのは――
「正義のポイント」
あなたも明日、通知が届くかもしれません。
……“あなたが、指名手配された”という通知が。
プロローグ
「今、世界は正義に飢えている。」
そう宣言したのは、内閣特別治安会議の記者会見だった。
その日を境に、日本は変わった。
政府は、新制度「国民協力型逮捕執行法」を施行した。
逮捕状が出ている被疑者の顔写真・氏名・罪状をSNSやテレビで公開し、
誰でも“逮捕”を実行できる世界が、突然やってきたのだ。
ルールは簡単だ。
•通報すれば1ポイント。
•有力情報は10ポイント。
•自ら捕まえれば100ポイント。
•ポイントはそのまま現金化可能。
•誤認逮捕でも責任は問われない。
そして、正義はポイント制になった。
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第一章:冴えない男と一発逆転
田島圭一、35歳。冴えない独身サラリーマン。
毎日定時で帰り、夕飯はコンビニ弁当、趣味は動画サイト巡回。
「また指名手配増えてるな……」
帰宅途中、スマホで流れてきたのは最新の“逮捕リスト”だった。
「懸賞金:生け捕り100万円」と赤字で表示されている。
ふと、画面に映ったある男の顔が目に止まった。
小学生の同級生にそっくりだった。
「いや、まさか……でも……」
軽い気持ちで、通報ボタンを押した。1ポイント、1000円が加算された。
翌朝、警察によりその男は逮捕され、全国ニュースになった。
田島は「有力情報提供者」として、賞金10万円を手にする。
その日から、彼の人生は変わった。
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第二章:正義依存
通報アプリ、通称「ジャスティスポイント」は爆発的な人気を博し、
芸能人も配信者も「捕まえた動画」で再生数を稼ぐようになった。
街中には、顔写真を印刷したTシャツや「犯人そっくり」と噂される人物に群がる市民の姿。
冤罪?どうでもいい。外れたら“また次”があるのだ。
田島もまた、変わった。
いつしか彼は、朝5時に起き、指名手配情報を確認。
電車で周囲を見渡し、街を歩けば他人の顔を無意識にスキャンしていた。
そして3ヶ月後、彼は“本物”を捕まえる。
「確保ォ!」
勢いよく路地裏で倒れ込んだ男を抑えつけ、手を縛った。
心臓は爆発しそうだった。
だが……その男は無実だった。
警察は言った。「誤認でも責任は問われません」
アプリは言った。「おめでとうございます。100ポイントを付与しました」
田島は思った。
「悪いのは制度だ。俺じゃない」
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第三章:指名手配された男
通報、捕獲、ポイント、金、興奮。
田島はすっかり“正義の中毒者”になっていた。
コンビニのレジ前で、子どもの顔をジッと見つめた。
マンションの住人にもつい、「あれ、こいつ…」と疑った。
ある日、スマホが鳴った。通知欄に、新たな指名手配者の情報。
表示された顔写真に、田島は息を呑んだ。
――自分だった。
「田島圭一:30代男性/傷害容疑/逃走中」
登録日:本日午前9時
懸賞金:捕獲100万円
画面には、彼が誤認逮捕したあの男の証言が載っていた。
「わざと暴力をふるわれた」「ナイフを見せられた」と。
「そんな……あり得ない……」
慌てて警察に電話する。
「本人確認ですか?まず最寄りの交番へお越しください」
そう言われた数分後。外で人々がざわついていた。
「田島圭一だ!!」
「いたぞ!!逃げたらポイント失うぞ!!」
「配信開始~~!」
ベランダから下を覗くと、スマホを掲げた群衆が数十人。
誰もが“正義”の名の下に、彼を見つめていた。
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エピローグ
数時間後、田島は拘束された。
無実だったかどうかは、重要ではなかった。
SNSには「#正義ポイント成功」「#今日の一捕り」がトレンド入り。
田島の写真は記念スタンプになり、300円で販売されている。
政府は言う。「市民の参加が治安を守る」
メディアは言う。「正義はすぐそばにある」
人々は言う。「俺も次、捕まえるぞ」
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終章(語り)
(画面は暗転し、静かにタモリ風の語りが入る)
正義に値札をつけた世界。
誰もが“ヒーロー”になれる時代。
しかしそのヒーローは、いつ“獲物”になるかわからない。
皆さんのスマホにも、通知が来るかもしれません。
……あなたの顔写真と一緒に。
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【終】
~あなたの正義、いくらで買えますか?~
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「世にも奇妙な物語 ~正義のポイント~」は、ただのディストピアファンタジーではありません。
この作品で描かれた「賞金制の正義」は、一見突飛に見えるかもしれませんが、
SNSの通報機能、炎上文化、正義中毒――現代社会の延長線にある“可能な現実”です。
主人公・田島は、誰かを責めることも、暴力を振るいたかったわけでもありません。
ただ、評価されたかった。
ただ、誰かに必要とされたかった。
それが「正義」の形をして、彼の人生に入り込んできただけなのです。
善と悪の境界は、実はとても曖昧です。
「良かれと思って」が、人を傷つけることもある。
「正しいこと」が、社会を狂わせることもある。
だからこそ、
私たちが“何のために”正義をふるうのかを、いつも自問する必要がある。
――本作が、その一助になれば幸いです。
それではまた、奇妙で静かな夜にお会いしましょう。