表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

しずやしず

作者: 網笠せい

 日本一の白拍子と名高い静御前は身重にも関わらず、源氏の御大将源頼朝とその妻政子の前で一礼した。

 あまりの厳しい面差しに従者がうろたえる。静は構わず「これは静と申す白拍子にて候」と妖しく微笑んだ。

 桃の咲く頃に鎌倉へ到着して以来、尋問はくりかえされていた。義経の行方を吐けば頼朝は必ずや大群を送って討ち果たす。口を割るわけにはいかぬ。京で酔客をかわしたように尋問をやりすごすうち、ようやく詮議が打ち切られた。困ったのは鎌倉方である。

 白小袖に唐綾重ねの静が舞台に足を運ぶと、鎌倉武士たちがため息を漏らした。すでに骨抜きにされている。

 武士の正念場は戦場である。ならば静の正念場はまさに今ここ――鶴岡八幡宮にあろう。腹に子がいようと乞われて請けたからには見事舞ってみせようではないか。

 静はそっと扇を開いた。

 鎌倉に赴かずとも己や赤子の命が危ういことは承知している。それでも頼朝の乞いに応じたのは、己が義経の妻であると認めさせたいからに他ならない。

 もし己が身分の高い姫君であったら、義経や御家来衆は吉野より先へと連れて行ってくれただろうか。

 白拍子と言う賤しき身では正妻になることなどかなわぬ。

 静はきりりと唇を引き結んだ。

 頼朝は、静が賤しい身分の浅はかな女であると鎌倉中に見せ付けるため、敵方である幕府の栄華をたたえて舞えという。ならばせめて、あれが義経の心を一度であれ奪った女であると認めさせてやろうではないか。

 鶴岡八幡宮に集まった人々の目は、今や身重の白拍子に向いていた。社内に厳かな気が満ちる。


「吉野山 峰の白雪 踏み分けて 入りにし人の あとぞ恋しき……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ