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中編

「私、も…?」


震える顔を上げて殿下を見つめる。



「あぁ。私には1度、17歳まで過ごした記憶があるんだ。そして気づいたら10歳の自分に戻っていた」


まっすぐに見つめ返してくる殿下のその瞳に、嘘偽りはなく見える。

そして何より死んだ年齢も戻った年齢も、クラリスと全く同じではないか。



「…聖女のことは、現段階では私と陛下などの極一部しか知らない機密事項だ。君が治療法を探している中に聖女の噂を知ったとしてもおかしくはないと思ったが…聖女に対してそんなにも怯えるのはどう考えてもおかしい。君が怯えるのは…1度目の記憶があるからじゃないのか?」


違うか?と聞かれたが、彼の中ではきっともう断定しているのだろう。

迷いのないその瞳を呆然と見つめ返していると、ギュッと手のひらを握りしめられた。


「まさか君にも記憶があったなんて…今度こそ、幸せにしたかったのに。どうしてこんな病気になってしまったんだろう。1度目はこんな病気にかからなかったはずなのに…」


確かに1度目でこんな病気はなかった。

殿下は本当に以前の記憶があって、その上でずっとクラリスとの結婚を望んでくれていたというのか。



(殿下はいったいどこまで記憶があるの…?)


もしクラリスが殿下に毒を盛った犯人だと思っていたなら、きっと幸せにしたいなんて思ってはもらえないはずだ。

クラリスの死後に冤罪が明るみにでもなったのだろうか…それに、


(…殿下は以前の私が聖女に怯えてる理由を知っている?)



「…殿下は、私の最期をご存知なのですか」


その問いかけに、殿下は顔をくしゃりと歪めると、

「…あぁ。君の最期を看取ったのは、私なんだ」

そう言って、ポツリポツリと話し始めた。




「…1度目の人生で毒から意識を取り戻した時、君は既に私を毒殺しようとした罪で処刑されたのだと知らされた。だけど私は到底そんな話は信じられなかった。君は絶対にそんなことをする人ではない、あり得ないって。…それなのに、もう済んだことだと誰も取り合ってくれなかった。だから私は自分で、本当の犯人を見つけだすことにしたんだ」


そもそも毒で倒れた後すぐに聖女が治癒魔法をかけたという割には、クラリスの処刑後まで目が覚めなかったのはおかしい。

そして目を覚ましてすぐに聖女との婚姻話が出たのもおかしい。

そしてクラリスの遺体は、“王家に対する怨念を完全に浄化するため”という理由から、何故か聖女が持ち帰り、浄化した上で極秘裏に埋葬されたという。


いくつか感じた違和の中心には、全て聖女がいた。

そして聖女の周りを重点的に捜索をすれば、あっさりと聖女が真の犯人であるとわかったのだと、殿下は感情を抑え込むように淡々と語った。


「…私が証拠を突きつけに聖女の元へと向かうと、とうに亡くなっているはずの君が、何故か生きていた。…虫の息だったが。何故君がまだ生きているのか聞くと、死んだはずの君を生き長らえさせて…何度も殺していたと…言うではないか。こんな…こんな残酷なことを行う女が神の加護を持つ聖女であるはずがないと思ったが、それでも彼女の治癒魔法は確かに聖女にしかない威力だった。だから今すぐ君に治癒魔法をかけるように言った…なのに…」


殿下の唇は震え、堪えきれずに涙が溢れ出す。


「聖女はその瞬間に神に見放されて、聖女としての力を完全に失ってしまった…治癒魔法を一切使うことができなくなってしまったんだ。…だから君を助けることができなかった。私がもっと早く辿り着いていたら、君は助かったかもしれないのに…」


そして、私が腕の中で息を引き取っていくのを見届けてから目を開けると、10歳の自分に戻っていたのだという。



「そう…だったのですか」


(その時の記憶は全く無いけど、殿下が最期を見届けてくれてたなんて…)


私の汚名が完全にそそがれたのかまではわからないが、少なくとも殿下には真実を見つけてもらえていたんだ。

ほんの少しだけ、1度目の自分が救われたような気がした。


…でも、それでも。

1度目に起こったことが、なかったことになるわけではない。




「…殿下も1度目の記憶を持っているなら、どうして聖女の力を借りようだなんて思えるんですか?私が聖女に…何をされたのかご存知なのに」


「…ごめん。君も記憶を持っていたなんて、思わなかったんだ。聖女のことは、もしかしたらまた君に害をなすんじゃないかと心配でずっと監視させていたけど…特に怪しい動きをすることもなくて、実際に話してみても全く記憶がないようだった。

陛下にもこの記憶のことを話したけど、他に記憶を持ってる人はいなくて…だから自分だけが記憶を持ってるものだと思い込んでた。今まで君が記憶を持ってる可能性に気づかなかった、ごめん」


宥めるように私の背中を擦ってくれる手を、今度は振り払いはしなかったが、体の震えは治まるどころか余計に酷くなった。


「でも聖女を監視していたから、今の聖女は能力も性格も問題なさそうだと分かったんだ。だから君の病気が治せるならと、考えてしまった」


「私の病気を治すためだからって…あんなことをした聖女に頼もうと思えるなんて、私は信じられません…!」


「でも今の彼女は、本当に善良な聖女だ。困ってる怪我人や病人の噂を聞けば、誰に言われなくとも進んで助けに行くような人だ。…きっともう、あんなことは起こらない」


「だったら殿下は、前の聖女はあんなことをするような人だと思っていましたか?」


クラリスの問いに、殿下ははっと口を閉ざした。



「以前の彼女だって、私はあんなことをする人とは思いませんでした…ずっと優しい聖女様だと思っていたのに…なのに…」


蘇る記憶の恐怖に震えながら、それでも言葉を続けた。


「…あなたを愛してるから、ずっと私が憎かったのだと言われました。私に罪を着せたら、邪魔者がいなくなって自分が殿下の婚約者になれる、と。私を生き返らせたのも…最初は、殿下と結婚して幸せになる自分を見せつけたかったからだと。なのに殿下は私が死んでも自分とは結婚してくれない。だから私が憎いと…何度も、何度も…」


殿下はきっと、理由までは知らなかったのだろう。

目を瞠って、唇をワナワナと震えさせた。


「私はもう二度とあんな目に遭いたくありません。あんな思いはもう沢山です」


私は顔を上げて真っ直ぐに殿下を見据えた。



「だから私は自分で毒を飲むことにしたんです」


ひゅっと息を飲む音が聞こえた。



「今の私の体調は、病気ではなく毒によるものです。あなたの側にいたらまたあんなことをされるのかもしれない。あなたの婚約者でいる限り、いつかあの人に憎まれるかもしれない。だから私は婚約を解消したかったのに…それなのにあなたはしてくれない。だから毒で子をなせない体にして、確実に婚約破棄できるようにしたんです」


「そん…な…」


「私を幸せにしたいと本当に思ってくれるなら、婚約を破棄してください。もう私に関わらないで…私に聖女なんて近づけようとしないで!」


「…っ」

殿下はまるで泣くのを堪えるように、喉を震わせた。


「…殿下のことは今でも好きです。好きなのに…顔を見るたびに、このままだと同じことが起きるんじゃないかって、怖くて不安で仕方がないんです。殿下は何も悪くないってわかってます…それでも私はあなたが側にいる限り、ずっとあの記憶に、悪夢に、うなされ続けるんです。だからお願い…お願いします」



殿下は、何も言わなかった。

時折何かを発しようと唇を動かしたが、言葉は出なかった。


しばらく沈黙が支配したあと、殿下は目に溜まった涙を拭い、

「…ごめん」

そう言って部屋を後にした。





それから、殿下の訪れはパタリとなくなった。


まだ婚約破棄はされてはいないが、私の目標はほぼ予定通りに進行したと言える。

殿下も記憶を持っていたのだから、きっとあの冤罪の回避に向けて協力してくれるはずだ。


…そう思っていたのに、いつまで経っても婚約は解消されることはなく、時間だけが日に日に過ぎていく。

こちらから婚約解消願いを出してみても、今までのように即却下ではないものの、保留扱いだ。



何故婚約破棄してもらえないのか不安な気持ちが日に日に高まり、その気持ちを紛らわせるためにクラリスは服毒を再開した。

…本当なら毒は子をなせなくなった時点で必要なくなったはずなのだが、万が一にでも子宮の機能が回復したり、子をなせなくても元気な体になったりしたら、それが原因で婚約を継続させられるかもしれない。

そう思ってしまったのだ。



…毒が体に良くないなんてわかりきったことなのに。 



それから数カ月後、クラリスは下腹部の循環が悪くなり過ぎたのが原因で多臓器不全で亡くなった。


亡くなるその時まで、2人の婚約が解消されることはなかった。

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