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前編

信じられないことに、気がついたら私は10歳だった頃に巻き戻っていた。



巻き戻る前の最期は、思い出すのもおぞましい程酷いものであった。

婚約者である第2王子に毒を盛った暗殺未遂の罪で処刑されたのだ。


…でも私はそんなことやっていない。冤罪だった。

にもかかわらず、碌な調べもされないまま私の処刑はすぐに執り行われた。


それだけでも悔しく苦しいものであったのだが…本当の地獄の始まりはそれからだった。


私は処刑された直後のまだ心拍が止まりきらないうちに聖女の魔法によって体を修復され、そしてまた殺されたのだ。

それも一度ではない。何度も、何度も。

殺されたと思ったら生きていて、また殺されたと思ったら生きていて…

とんでもない拷問だった。

死ぬ直前までの苦痛を繰り返され続け、自分が正気なのかもわからないまま「お願いだから殺して…」と願ったが、殺してはもらえなかった。


だからまた目を覚ました時に


(また死ねなかった…)


また殺されるために生かされたのだと絶望をしたのに、何故かふかふかな布団の上。

周りをよく見るとそこに見慣れた鉄格子はなく、子どもだった頃に使っていた小さめの家具が配置された自室だった。

目の前の手のひらは小さく、ドレッサーに移る自分の姿は幼い。5年程前に結婚して辞めたはずの侍女までいる。

どうにかこうにか色んな人から日にちや現状などを聞き出してようやく、私だけが17歳までの記憶を持ったまま10歳の頃に巻き戻ったのだと理解した。


(聖女が魔法をかけ間違えたのかしら?何でこんなことになってるかわからないけど…今からならきっと冤罪は回避できる。もう一度同じ人生を過ごしてあんな拷問に合うのは二度とごめんだわ。絶対に回避してやる…!!)


私は固く誓った。




***




しかしそう誓ったものの、10歳の私は、過去の死の原因の1つである第2王子と既に婚約済みだった。


(どうせなら婚約前だったら良かったのに…

今からあの冤罪を回避するには殿下となるべく早く婚約解消して…それで二度と関わらないようにしないと)


殿下と関わらなくなったら、殿下経由で知り合った聖女とも自然と疎遠になるはずだ。



さっそく私は体調不良という名の仮病を使い、ひたすら自室に籠もることにした。

殿下からの城への招待やうちへの来訪伺いは、全て体調不良でお断り。殿下とは一切会わない。

王族の方からの招待を断るのは不敬かもしれないが、命がかかっているのだ。そんなことは言っていられない。

だって子どもが体調不良なんだし。(仮病だけど)

不敬と思うならそのまま婚約破棄して貰っていいし。

それがダメなら病弱を理由に婚約破棄したいし。


仮病と知らない家族には心配をかけてしまったが、私にとってはこれが最善に思えた。






「お嬢様、第2王子殿下がお見えになっております」


順調だと思っていた作戦が半年を超えた頃、第2王子は我が家へ強行訪問してきた。

前触れを出すと断られることがわかっているからだろう。

突然の訪問は礼儀に欠けてはいるものの、王族の方を追い返すわけにも行かず。


「万が一殿下に症状が感染るかもしれませんので…」

と家の者がやんわりお断りしようとしたところ

「こちらの家の者にひとりでも感染った者はいるのか?半年も経っていて1人もいないのだろう?問題ない」

と断言されてしまい、殿下とお会いすることになってしまった。

会わずにいるだけで婚約解消できれば1番良かったが、そんな都合の良いようになるわけはないと心のなかではわかっていた。


(きちんと、婚約解消を申し出よう)


そう決心し、殿下を自室へと呼んでもらった。






「クラリス、具合が悪いのに押しかけてしまってすまない。どうしても心配で…あぁ…こんなに真っ青になって…」


不安気に涙を浮かべた殿下が、ベッドの上で上半身をクッションで支えた状態の私の元へと駆け寄ってくる。


(こういう殿下の優しいところが好きだったのに…)


婚約した頃からずっと、彼のことは好きだった。

それなのに久しぶりに彼を見た今、愛おしい気持ちは変わらないのに、それを覆い隠してしまう程に心の中はあの拷問の恐怖が蘇ってきてぐちゃぐちゃだ。

すぐにでもこの場を逃げ出したい気持ちを抑えて、自然と震えた体をそっと擦る。

仮病だったはずなのに、今の私はきっとこの上なく顔色が悪いのだろう。


「…殿下、わざわざお越しいただいて申し訳ありません。どこが悪いともわからないのですが、この半年はずっとベッドから起き上がる程度しか動けずで…お手紙をお出しするのも日に日に遅くなり申し訳ありません」


「こんなにも具合が悪いんだ。私のことなど気にしないでくれ。…それより、君の父上は有名な薬師だろう?何か良い手立てはないのか?」


「これと言って悪いところが見当たらないため家族も参っております…血のめぐりを良くするお薬や、占いで良いとされたものを気休めに試したりしておりますが、なかなか…」


「…何で…何故君がこんなことに…あんなに元気だったのに…」

殿下は顔を俯けて、声を震わせた。


(…よし。言うならきっと、今だ)


「…殿下。こんな調子では、私は春から始まる学園に通うこともできそうにありません。学園にすら通えない私では、殿下の婚約者にふさわしくありません。私たちの婚約を、解消しませんか?」


(…ようやく言えた…言ってやったわ…!)


私が緊張のあまり震えた声で絞り出した言葉を、殿下は気落ちした令嬢の声に捉えたのだろうか。ガバっと顔を上げて

「嫌だ!私の婚約者はクラリスだ!!クラリス以外は認めない!!」

そう言って、私の手のひらをギュッと握りしめた。


「…ですが殿下、学園を卒業すら出来ない者が王族に名を連ねることはできません。それにこんな体では、きっと公務もこなせません。」


見た目は子どもでも、クラリスの精神年齢は既に成人している。

諭すように伝えてみるも、殿下は納得しなかった。


「嫌だ…絶対に嫌だ!公務なんてクラリスがこなす必要はない!私が全部やればいいじゃないか!私が結婚したいのはクラリスだけだ!絶対に解消なんかしない!」



結局、この話し合いは不発に終わった。


殿下の優しさが裏目に出て、頑なに婚約解消を拒否されてしまった。

しかも病が感染らないものだと知られてしまったため、それから頻回に殿下が訪れるようになってしまった。


(このままではあの冤罪に近づいてしまう…)


クラリスはさらなる手段に出ることにした。





「今日は調子がいいから少し散歩をしてみるわ。動ける時に少しでも体を動かしておかないと…」

そう言って私は家の庭に出た。


この家の庭は一見すると普通の庭のようにも見えるが、可憐に見えるあの花も、大輪をつけたあの花も。庭にある植物の殆どが薬草である。

元々うちの家系が得意とする魔法が、薬草を育てるためのに適した土や植物系や、治癒魔法が多かったため、自然と薬師や医師が多い家系になったのだ。

だからどの親族の庭にも多かれ少なかれ薬草が育てられている。


…クラリスも固有魔法は治癒魔法だった。


しかし一般的に治癒魔法というものは、とてもささやかなものだ。小さな傷を塞いだり、痛みや炎症を和らげる程度。

聖女のように大きな傷や骨折を治したり、ましてや死ぬ間際の人間を生き返らせるような力は、ほとんどの人にはない。

あんな莫大な力を持つのは、神の加護を持つ者として聖女や勇者に認定される者くらいだろう。


ただし、一般人でもとんでもない魔法を起こせることがあると言われている。

それは“神様の思し召し”と呼ばれる火事場の馬鹿力のようなもので、大切な人に危険がせまった時にリミッターが外れたような強力な魔法が使えることがあるのだそうだ。

ただ、その発動条件ははっきりとせず、人生で一度も起こらない人が大半ではあるものの、稀に数回起こせた人もいると聞く。


(私があの時もし“神様の思し召し”を起こして、殿下をすぐに助けられてたら…)


そうしたら、何かが違ったのだろうか。

暗殺未遂の濡れ衣を着せられてすぐに牢屋へ連れて行かれたので、私が最期に見た殿下は意識がない状態だった。

その後殿下は聖女様によって助けられたとは聞いたが、回復した殿下を実際に目にすることもないまま、刑は執行された。

だから殿下が本当に無事だったのかも、殿下も自分のことを疑っていたのかも、クラリスにはわからないままだった。




庭の目的地である一角に近づき、心配でついてきた侍女に悟られぬように、自身の陰で隠れている薬草を音を立てぬよう引きちぎった。


薬というものは、どんなものでも量を間違えれば毒になり得る。


薬師家系であるクラリスは、子どもの頃から薬についての知識をたくさん身につけていた。

…殿下との出会いも、殿下が森で怪我してるのをクラリスが見つけて、近くにある薬草や治癒魔法で治療したのがきっかけだ。

本来、王族に対して医師や薬師の資格がないクラリスの治療(それ)は許されるものではなかったが、二人とも従者を撒いていた時の出来事であることと、クラリスの初期対応が適切なため傷が残らなかったことを考慮されて、お咎めなしになった。

そしてそれを機に交流が増えた殿下に見初められ、婚約者になったのだ。



だからクラリスは庭にあるこの薬草が少量でよく効き、短期服用であれば副作用はほとんどなくても長期服用すれば問題が生じることを、ちゃんと知っていた。


週に1回ほど散歩と称して薬草を取り、隠れてそれを内服し続けた。


自身に対して治癒魔法は発動しない。

そして父や母も病や薬には詳しくとも娘がわざとそんな薬を内服しているとは考えもしなかったから、色んな治療を試してくれてはいるものの、その薬草による毒は確実にクラリスの体を蝕んでいった。






「…クラリス。具合はどうだい。なんだかまた少しやつれてしまっていないか?」


毎週お見舞いにくる殿下は、ここのところずっと顔色が悪い。

毒によって本物の病人になっている私と同じくらいにやつれている気がする。


「…殿下こそ、どこかお体が悪いのでは?今日はいつもに増して顔色が悪いです」


そう伝えると、殿下は涙目になり俯いた。


「…クラリスが病気になってからもう1年になる。それなのにまだ治療法が見つからないなんて…自分が不甲斐なくて仕方がない」


殿下が自身の手をギュッと握りしめる。

殿下は今日までの間、ただお見舞いに来るだけではなくて、何か良い治療がありそうだと知ると自ら飛んでいってくれていた。

他国など、うちからでは気軽にアポイントも取れないような場所にも「自分なら王族だから話くらいは聞いてもらえるだろう」と、殿下にしては珍しく王族の権限を持ち出してまで、そこら中に交渉してくれていた。


(私は自ら毒を飲んでるのに…)


それなのに殿下は、「1番辛いのは君なのに…弱音を吐いてごめん」と謝ってくる。

結局、この優しい殿下のことを嫌いになることはできなかった。

それでも日に日に成長して最期の(あの)時の姿に近づいてくる殿下を、どうしても恐れずにはいられなかった。


「…殿下。もう私とは婚約を破棄してください」


この2年の間にも何度も告げた言葉を、もう一度告げる。


「嫌だ。それだけは絶対にしないといっているだろ…!」


殿下の返事はいつもと同じだった。


「…ですが殿下。私はこの謎の病により、子をなせない体になってしまいました。子宮が萎縮し、完全に機能を停止してるのです。治癒魔法や薬では治る見込みはありません」


「そんな…」


あの薬は、長期服用すると下腹部の循環を悪くするものなのだ。未成熟な体には思った以上に強く作用したようで、予想していたよりも早く、クラリスは子をなせない体になった。


「殿下。私は公務もできないどころか、あなたの子を生むこともできません。だからどうか、婚約を破棄してください」


「…嫌だ…子ども何てできなくてもいい。クラリスがいてくれればそれでいいんだ!」


「ですが殿下、そういうわけにはいきません。あなたには後継者が必要です」


「そんなの、親戚から養子でもっ…」

そう言って、殿下は言葉を詰まらせた。


今の国王陛下に兄弟はいない。

そして殿下の兄弟も王太子殿下だけで、その王太子殿下はまだ結婚すらしていないため子どもはもちろんいない。

養子をもらうにしても遠すぎる血縁になる可能性は高い上、王太子にもしものことがあれば王家の血が途絶えてしまう可能性すらある。

…きっとそのことに思い至ったのだろう。



「殿下、婚約を‥」

「だめだ!!」


殿下は涙を消し去った強い目で、私を見据えた。


「婚約破棄はしない。…まだ可能性はある。

まだ調査してる最中で…君に伝えられる段階ではなかったんだが、実は聖女と思われる女性が見つかったんだ」


「聖…女…」


久しぶりに耳にするその名称に、反射のように体が震え、ドクドクと心臓が慌ただしく動く。

ザーッと耳鳴りがする程に一斉に顔から血の気が引いていくのがわかった。


「まだ聖女と認定できてはいないのだけど…聖女の力でなら、君の病も治るかもしれない。子宮の機能も回復してもらえるかもしれない。だから1度彼女をここに…」

「やめて!!!」


耳を塞いで言葉を遮る。

私の異変に気づいた殿下は、言葉を止めて心配そうに手を伸ばしたが、私はすかさずそれを振り払った。


「やめて!あの人をここに…?冗談じゃない!!絶対に嫌よ!!」


「…クラリス?彼女のことを知ってたのか?

きっと大丈夫だよ、彼女の力は本物で…」


「本物だったら尚更よ!私は聖女になんて会いたくない…!!聖女になんてっ…絶対!」


ブルブルと震えるクラリスの顔には、冷や汗が流れそなほどに滲んでいる。

そんなクラリスの耳を塞いでいる手を殿下はそっと外し、そして呟いた。




「…クラリス、もしかして君も未来の記憶があるのか?」

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