一四
信濃から飛び込んできた電文に、小沢は目を疑った。
「長官、これは敵の陰謀ではないでしょうか。のこのこと合流しにきた我が艦隊を迎え撃つつもりでは」
大村は電文の書かれた紙面を睨みつけながらそう言った。電信員も驚き慌てたのだろう。書かれている文字は走り書きというより殴り書きに近く、判読がきわめて難しかった。
「それより、これに書いてある日本艦隊とはなんなんだ。まったくわけがわからん」
毒づいて、高野が紙から目を離した。その顔にはふざけるなと書いてある。
艦橋内に居る人間の反応も、おおむね高野と同じものだった。数人姿が見えない者もいるが、彼らもこれを見れば似たようなことを言うだろう。
小沢は窓際に立ち、外を見た。沈みゆく夕陽の中に黒煙がたなびいている。あの電文はどう判断すべきか。大村の言う可能性を全否定は出来ない。だが、文面に書いてある敵編隊百三十機を、者の数十分で彼らが姿を見せる前に壊滅させたというのが本当であれば心強い限りだ。
ふと横を向くと、外で風に吹かれている城崎の姿があった。彼は腕を組んだまま、沈みゆく夕陽を睨みつけている。その姿が滑稽なようにも感じられたが、小沢は城崎の横に並んだ。
「長官、どうされましたか?」
自分に気が付き腰を折ろうとする城崎を留めて、尋ねた。
「君はどう思う?」
主語は抜けていたが城崎はすぐに何を言いたいのかを理解し、夕陽の方を向き直って答えた。
「事実とみて受け入れるべきです。実際、信濃と島風が取り残されているのは加賀からの連絡で分かっています。この捷一号作戦は敵の航空部隊がこちらの空母部隊を襲ってくれたからこそ成功しましたが、このような作戦はこれ以上我々には不可能です」
彼の言うとおりだった。今回の作戦は日本のもてる主力空母の内、習熟期間中だった天鳳と先のマリアナ防衛戦で損傷し、ドッグに入渠している雲龍と天城を除いた主力空母全部をつぎ込んだものだった。
敵の空母十隻と軽空母四隻、護衛空母多数に対し、こちらの空母は加賀、飛龍、信濃、大鳳、翔鶴、瑞鶴、飛鷹、隼鷹の八隻だった。
米軍の暗号の解読によれば、空母四隻と軽空母一隻を沈め、空母二隻に大損害を与えたようだったが、こちらも翔鶴、飛鷹を沈められ、信濃は推進機を吹き飛ばされ航行不能。隼鷹は飛行甲板が大破し使い物にならなくなり、瑞鶴は横腹に受けた魚雷のせいで速度が低下し、機動部隊から落伍していた。無傷なのは機動部隊旗艦の加賀と飛龍、大鳳の三隻だけだった。
被害は甚大だった。ミッドウェーの後、マリアナ防衛戦以外にさしたる航空打撃戦は行われていなかったが、一度の海戦だけでこれだけの被害が出ることを考えると、この作戦と同じような手は何度も取れない。相手の大型空母六隻を戦場から退場させられたことは良かったが、アメリカの国力を考えれば焼け石に水だった。
そのことを踏まえると、瞬時に相手の航空戦力を無力化出来る方法を手に入れることは絶大な魅力を持っていた。
「決断をなさるのは長官ですから、ご自分の心のままにお決めください」
城崎はそれだけ言うと、艦橋の中に戻った。その言葉は重く小沢の心にのしかかる。確かに、彼のいうことは正しい。だが、敵の謀略の可能性も捨てきれなかった。だとしても、やはり期待の方が大きかった。
小沢は意を決し、艦橋に戻った。大村と高野が傍に来て、どうするつもりかと目で尋ねる。
「我々は電文を送って来た艦隊と合流する」
皆はその答えを予想していたらしい。一切反論などはせず、頷いただけだった。