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十二

 陛下にフィリピンにおける防衛戦の概要を直にご説明したのち、石原は靖国神社へ向かっていた。靖国に近い方の北結橋門からは出ず、桜田門のところから北へ上る形で、堀の傍を歩いた。

 車を使わなかったのは、これから途中で会う予定の男と話すことを誰にも聞かれたくなかったからだ。

 久しぶりに宮城の堀の周りを歩くと、新鮮な気分になった。西の空が紅く染まりはじめた中で、一人で歩くのは物足りない気がする。だが、それはこの戦争が終わってからにした方がよさそうだ。

 石原はこの日の服装を背広にしていた。リベラル派の陛下には、軍服姿の首相は気に障るだろうと思ったからだ。ここ十年、首相が軍人以外であったことは、五年前の近衛公を除けば一度もない。終戦工作内閣として立ち上げられた現内閣の外相の広田が一度首相に押されたが、陸海軍の急進派に組閣を阻まれたのだ。

 それにしても陛下は本当に頭が切れるお方だ。天皇家ではなく、どこかの名家の家に生まれていれば、この国を本当の意味で統治できていたであろう。それにもし、陛下が開戦の直前に天皇首相になっておられれば、この戦争は回避できたかもしれなかった。それを阻んだのが木戸内大臣だ。ある意味、彼がこの戦争の引き金に日本の指を添えさせたのかもしれない。

 だが、もし陛下が首相になった状態で戦争に突入していたならば、負けた時に陛下の御身に危害が及ぶかもしれなかった。石原は木戸の判断は正しいと思う。陛下がおられなければ、勝ち負けにかかわらず、戦後この国は立ち行かなくなるであろうからだ。

 半蔵門を超えた辺りで、少佐の階級章をつけた陸軍将校が立っていた。石原が足を止めると、右肩にぶら下がる参謀モールを揺らしながらこちらに歩いてきた。

 少佐は石原の前で止まり、帽子をとって深く一礼をした。敬礼ではなかった。

「宇佐川くん、どうだね?」

再び足を動かし始めて問うと、二十代後半に見える顔がほくそ笑むように笑った。

「ご心配なく。閣下とたてた計画の通りに進んでおります。これまで我々の力では及ばぬところがありましたが、これで万事うまくいくかと」

宇佐川の答えは喜ぶべきものだったが、その喜びと同じぐらいの不安も孕んでいた。石原はそれを顔には出さず、彼らが動きやすくなるように何か必要なものが無いかを尋ねた。

「今のところは、特に。ただ、戦争の終わった後に日本全国を回れるような、国鉄の自由券がいただきたいですね」

笑みを崩さずに宇佐川は言った。それはたやすいことだが、かれがそう言う理由が掴めない。

 こちらは顔に出たらしい。宇佐川は言葉をつないだ。

「いえ、ただ、平和な日本を見て見たいと思っただけです。私たちにはそういう経験はありませんから・・・」

夕日の赤い筋に目を細めながら、宇佐川は大きく息を吐いた。確かに彼らはどこの国とも戦争をしていない日本を知らない。彼らの願いをかなえるのは我々の責務かもしれなかった。

「どうだね、一緒に靖国まで行かないか」

石原がそう言うと、宇佐川は意外そうな顔をしたが、すぐに笑みを浮かべて「喜んで」と答えた。

 靖国までのあいだ、戦争や政治と無関係な話をしがら二人は歩いた。その間、宇佐川の顔からは軍人の色が消えていた。

 大鳥居が元あった場所を通り抜け、第二鳥居のところまで来ると、石原は足を止めた。

「支那事変の時はここまで参拝者があふれていたそうだ」

それに宇佐川は黙ったまま頷いたので、言葉をつづけた。

「当時、支那派遣軍にいた板垣さんはそれを見て考えが変わったそうだ。自分たちは引き下がれない、とな」

宇佐川の目がこちらを見た。その目が「何を言いたいのだ」と問いかけてきた。石原は構わずに言いきった。

「きみは私に言ったな。君たちの戦略に間違いはない、と。だがな、あの不拡大方針を声高に唱えていた板垣さんでさえ、心が変わったのだ。神のまにまに、サイコロの目は出るまで分からん」

向けられている視線を見つめ返すと、宇佐川の表情が変わった。

「ですが、閣下。サイコロを振るのは・・・所詮、人です」

彼の顔には笑みがあった。だが、目は笑っていなかった。


なんかいろいろとぶっ飛んでいますが、続きで必ず回収するので、ご容赦ください(汗)

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