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勇者とは何か?

 僕が村外れに住むガットラットを訪ねたのは、彼が勇者キーザスの同期で、その活躍を間近で見た事もあると聞いたからだった。幼い頃に絵本で勇者キーザスの英雄譚に夢中になった僕は、長じてからも彼の大ファンで、今でも研究本や伝記などをよく読んでいる。そんな僕が、彼を実際に知っている人物が近くに住んでいると聞いて訪ねずにいられるはずがなかったのだ。

 

 「運が悪かったんだ。あいつも、勇者になんか祭り上げられなきゃ、もっと長生きできていたかもしれないのにな」

 

 “勇者キーザスの話を聞きたい”

 そうお願いした僕に、ガットラットはそんな事を語った。僕にはそれが意外だった。確かに勇者キーザスは早世した。しかし、それが勇者になった所為などという見解を僕は初めて聞いたからだ。

 ガットラットはがたいの良い老人で、見た目から受ける印象よりは随分と人当たりが柔らかかった。人付き合いは苦手そうだが、人間が嫌いという訳ではなさそうだ。

 「確かに彼は危険な戦場に果敢に挑んでいましたが、それは彼の仲間を想う勇敢な性格故で、勇者になったからではないのではないですか?」

 僕がそう尋ねると軽く馬鹿にするように彼は「ハッ」と笑った。

 「装備していた鎧を全身真っ赤に塗るのが勇敢ってか? そういうのはな、単なる無謀って言うんだよ。その所為で、あいつは目立ちまくっていたんだ。あれじゃ、敵に狙ってくれと言っているようなもんだ」

 その話は知っている。勇者キーザスはある程度の武勲をあげると、鎧を派手な赤色に染め上げた。伝記によると、味方の士気を高め、敵を委縮させる効果を狙ったのだという事になっている。

 「あいつは調子に乗っていたんだよ。すっかりな。政府の連中にまんまと嵌められたんだ」

 ガットラットの吐き捨てるような言葉を聞いて、僕は彼がキーザスに嫉妬しているのではないかと訝しんだ。

 「彼の成功を妬ましく思った事はありませんか?」

 だから思わずそう訊いてしまったのだ。怒らせてしまうかと不安になったが、彼は一切怒らずにこう返した。

 「そりゃ、少しはな。なにせ、俺もあいつも立てた功績はそれほど変わらなかったから」

 僕はそれに驚いてしまう。ガットラットがそんなに優秀な戦士だとは知らなかった。僕は素直に感心した。

 「凄い! あなたは素晴らしい戦士だったのですね」

 しかし、憮然とした様子で彼はこうそれに反応するのだった。

 「そうかい? 確かに優秀な方だったとは思うぜ。でも、ナックスは俺らより遥かに多くの敵を倒しているがな。攻略した砦も一つや二つじゃない。しかもちゃんと生きている」

 「え?」とそれを聞いて僕は驚く。

 「いや、でも、そんな人の話は聞いた事がありませんよ?」

 「そりゃな、ナックスは政府の連中に不満があったみたいだし。しゅっちゅう兵士の待遇改善を要望していたから、きっと嫌われていたのだろうな。ま、それは俺もだが」

 なんだか話の雲行きが怪しくなって来た。僕はキーザスの活躍を聞けるものだとばかり思っていたのに。

 「あの…… それじゃ、キーザスは?」

 そう訊くと、彼は、

 「あいつは早くから、政府のお偉いさん方に抱き込まれていたよ。ま、単純な奴だったからな、騙し易いと思ったんだろう。それにちょっと陰険そうではるが、それなりに整った顔立ちをしていたしな」

 などと説明して来た。

 僕はおずおずと口を開く。

 「あの、もしかして、彼が勇者に選ばれたのって……」

 「そうだよ。あいつがそれなりに優秀な兵士で、与しやすかったからだ。勇者に選ばれて、あいつは有頂天になっていたなぁ。単純バカだと、陰では仲間から言われていたが。

 そうしてあいつは、政府の宣伝に使われたんだよ。国民の士気高揚、戦争の為に国民から税金をむしり取る大義名分さ。勇者キーザス様がいるから、戦争には絶対に勝てますよってな。いわゆるスポークスマンってやつだ」

 僕はまた口を開いた。

 「じゃ、彼に関する物語って…… 敵の操る飛竜を撃ち落としたとか、一人でオーク兵団を倒したとか」

 彼は「ハハハ」と笑う。

 「全て嘘ってわけじゃないが、かなり脚色されているな。そもそもが、あいつが手柄を立てられるようにこっちでかなりお膳立てしていたんだ。あいつもそれを分かっていたはずだが、良い気になっていたな。街に戻った時には半ダースの女を抱いたりもしていた。あれは流石にちょっと羨ましかった。こっちは安い娼婦だったから」

 僕は動揺を隠せてはいなかったと思う。憧れの対象のはず勇者キーザスが、ただの虚像だったなんて……。

 それからガットラットは静かに語った。

 「だがな。今にして思えば、あいつは苦しんでいたのかもしれないな。多分、自分が勇者に相応しくないって一番分かっていたのは、あいつ自身だったろうから」

 そこで言葉を止めると、頭を軽く掻いてから続けた。

 「もしかしたら、鎧を派手に真っ赤にしたのも、そんな不安の表れだったのかもしれないな。あいつはあいつなりに勇者たらんとしたつもりだったのかもしれない。

 そして、その結果、格好の標的になって殺されちまった訳だが」

 そこで彼は肩を落とした。

 

 ……その虚脱した表情は、遠い昔に実在した虚像である全ての勇者を、まるごと憐れんでいるかのようだった。

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