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第七話 穏やかな時間

「私がコートワール帝国第二皇子、ノウル・ロベルト・コートワールだ。本日より一カ月の間、この邸に留まっている。何かあれば遠慮なく声をかけてくれ」


 領主邸が引き渡された翌日、大ホールに演壇が設けられ、ノウル兄上さまと私は集まった人たちに改めて顔見せをしておりました。


 皇子と皇女がいるのですから、本来なら全員(ひざまず)くべきところですが、兄上さまはあえて直立し顔を上げることを許されたのです。


 何故なら彼らは、これからこの邸で働く使用人や警備兵たちだったからです。


 家令(スチュワード)執事(バトラー)たち、料理長と料理人たち、メイドに下働きと多数が雇われました。オリビアたち以外の貴族の子女もおります。


 ただし家令だけは全ての使用人たちの長として、コートワール家に長く仕えてくれていた、ローランド・オルグスという五十八歳のベテランが就きました。


 私にとっては幼い頃から知る優しいおじさまですが、実はその歳でも騎兵隊長と互角に渡り合えるほどの豪傑なのです。


 さらに父上から男爵位を賜った法服貴族でもあります。その彼が私の邸に送られたのは、ご子息が無事に後を継いだためとのことでした。


 私としてもローランドが傍にいてくれるのは、心強いことこの上ありません。なお、お茶会仲間の三人には、主に財務関連を任せることとなっております。


「シャネリア領の領主であり、我が最愛の妹でもある彼女を、どうか皆で盛り立てていってほしい」

「「「「はっ!」」」」


 この後私も簡単な挨拶を済ませると、領内外の貴族や役人たちとの面会が始まりました。もちろん大ホールではなく応接室に移動してのことです。


 貴族たちは高価な土産を持参し、少しでも私の印象をよくしようと必死でした。私がそんなものに心を動かされると思っている時点で減点なのですけど。


 もっとも彼らにも守るべき一族があるのですから、努力だけは認めることにしましょう。ただし連合王国の侵攻に対して日和ったのも事実ですので、決して信用などは致しません。


 ちなみにエリック元ジルギスタン国王に加担した貴族家は、君主を裏切った罪によりその(ことごと)くが断罪され取り潰されました。たとえ他国のことだったとしても、そのような裏切り者を父上さまは決してお許しにならなかったのです。


 貴族と役人たちとの面会を終えた頃には、すでに深夜に近い時刻となっておりました。私は当然ですが、さすがの兄上さまもお疲れのご様子です。


 ですが貴族との面会は明日以降も続きます。正直、面倒としか思えません。


「ノウル兄上さま、よい考えがございます」

「聞かせてもらおうか」


 執務室で向き合った兄上さまにそう申し上げると、とてもお優しい表情を向けて下さいました。


「今の忙しい時期に面会を申し込んでこなかった貴族家のみ、今後色々と優遇致しましょう」

「ほう、何故(なにゆえ)かな?」


「自分のことよりこちらを気遣って遠慮して下さっているのでしょうから、それにはきちんとお応えしませんと」

「なるほど。やはり我が妹は聡明だ」


 兄上さまはそう仰って、涼しげに微笑んで下さるのでした。



◆◇◆◇



 その日の夕方、ようやく貴族たちの面会ラッシュも落ち着いたので、私はダロワ殿のお部屋を訪れて会話を楽しむことにしました。


 彼と私の部屋は、実は内扉で繋がっているのです。休む時はこの扉を開け、彼の顔を見ておやすみの挨拶をするのが日課となっておりました。


 朝は寝起き姿を見られるのが恥ずかしいので、きちんと身なりを整えてからですけど。


 念話で会話出来ますからわざわざ顔を合わせる必要はないのですが、やはり見るのと見ないのとでは安心感が違うのです。


『昨夜のことだが』

「はい?」


『愚かにも賊が邸に侵入しようとしていたのでな』

「賊ですか!?」

『そうだ』


「それで、どうされたのです?」

『ヒョムラピオの頂上に捨ててきた』


 ヒョムラピオはカラクマラヤ山脈の中でも、標高一万メートルに達する最も高い山です。その頂上は夏でも氷に閉ざされた極寒の地ですから、何の装備も持たない賊などすぐに死んでしまったことでしょう。


 運ばれる途中で絶命していたかも知れませんわね。


 そんなところを事もなげに往復出来るのは、ダロワ殿を始めとする竜族くらいしかいません。ですから大陸の北側との交易は海を迂回する他なく、コートワールが公国だった頃から交流はありませんでした。


 竜族なら山脈を越えられるとはいっても、いきなり現れたらあちらも驚くだけでは済まないでしょう。侵略に来たと思われても不思議ではありません。


 そのような理由から父上さまは、山脈の向こう側に興味があっても気持ちを抑えておいでだったのです。


 そう言えばヘイムズオルド帝国には赤竜部隊がいると聞きましたが、赤竜はとても好戦的とのことでしたわよね。なのに山脈を越えてこないということは、赤竜にはそこまでの能力はないということでしょうか。


「お手数をおかけしてしまいました」

『気にするな』

「はい」


 私は顔には出しませんでしたが、賊が侵入してきたとの話には本当に驚かされました。ご滞在中のノウル兄上さまにこのことが知れたら、警備兵団は大目玉を食らうことでしょう。


 ところで時々やってくるダロワ殿以外の黒竜と、グノワが休む敷地部分は柵で囲われております。さらに邸を訪れた人が誤って結界内に入ってしまうのを防ぐために、立て札も掲げてありました。


 彼らの姿は結界のせいで私以外の人には見えませんが、その先に黒竜がいると知った領民の中には、神様でも拝むかのように手を合わせる者もいるほどです。もちろん敷地の外からですが。


 警備兵団の詰め所も黒竜に余計な刺激を与えないよう、そちら側には窓がありませんので、賊に気づけなくてもあまり責めることは出来ません。黒竜がいるところに侵入するなど、普通なら考えられませんもの。


 それを試みるとは、なんとも間の抜けた賊もいたものです。立て札の文字が読めなかったのでしょうか。


 もっともお陰で不埒(ふらち)者を排除出来たわけですが、仲間の存在が確認不可能となってしまったのは残念でした。


 そんなことを考えていると、ダロワ殿が心外とばかりに鼻を鳴らします。


『仲間などおらんぞ』

「え?」


『頭の中を見たから間違いない』

「ま、まあ、そうでしたの。失礼致しました」


『構わぬ。だが謝罪ならアレを』

「ふふ。かしこまりましたわ」


 私はそう言って微笑むと、カーラにシュー・アラ・クレームと紅茶を持ってくるように頼みました。

 お好きですものね、ダロワ殿。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何十年、何百年か後にそこまで登頂出来るようになったときにその賊は「謎の死体」としてニュースを賑わすことに?
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