これは、魔王に翻弄され続ける勇者の物語
「公爵令嬢ユーシャよ! 私は今、お前との婚約を破棄し男爵令嬢ソーリョとの婚約をここに宣言する!」
「馬鹿野郎! お前は魔王! そして俺は勇者!! 婚約破棄もクソもないんだわ!!!」
俺は人間の勇者。
この世界に平和をもたらすために戦ってきた。
その最終目的が、魔王打倒である。
魔王を打倒する為に幾多の試練を越えて今、この魔王の居城まで至ったのだ。
「何を言うか勇者よ。今人気作家となる為に書くべき作品は『婚約破棄からの成り上がり』であり、皆が読みたいと望んでいるものだ。主流のストーリーをしっかり抑えてこそ、書籍化作家への道と言うものなのだぞ」
「何が人気作家書籍化作家だよ! わけ分からんのよ知らんのよ!!」
しかし、対面こそ今回が初めてであるものの、そこそこ長い付き合いになるこの魔王は厄介なことに心の底から移り気なのだ。
何か自分の中で流行りがあるたびに、この世界や人間の……主に俺の境遇を変えてきやがるのである。
ちょっと前に魔王の中で楕円形のボールを使った運動競技が流行った時なんかは、いきなりスポ魂ストーリーを始めようとしやがった。
兵はちょっとやそっとじゃ走らんのよ、本当に。
「そもそも! 『魔王に勇者が挑む』みたいなストーリーもお前が始めた設定だろうが! 初心を忘れるな初心を!!」
「勇者よ……今時そんな捻りもない前時代的なストーリーが受けるものか。時代に合わせて変化し続ける読者の欲しいものをリサーチし、さっとストーリーを作ってさっとお出しする。それこそが作家と言うものだ」
「うるせえ! 魔王の癖になに創作家を気取ってるんだよ! そのお前のよく分からん移り気のせいで、俺が今までどれだけ苦労してきたか分かってんのか!!」
昔はこいつの思い付きで、よく分からない鉄の塊に容赦なく轢き殺されてから別の世界に転生させられたりした。
ここ最近では気の合う連中とパーティを組んでも、何の謂われもない理不尽な理由で仲間から追放させられたりしている。
あー……いきなり、VRMMO?とか言うゲームをやらされたり、ダンジョン経営をさせられたこともあったか……。
もう忘れたわ……。
「あと、今ふと思い出した。これだけは言おうと思ってたんだわ。今までで一番酷い目にあったやつを伝えておくぞ」
「俺は元々騎兵として国王に仕えていた男なの! 乙女ゲームとか言われても全然やったことないし知らんのよ! いきなり朝起きたら悪役令嬢とかにされても困るのよ!!」
あの時はほんと泣くかと思った、と言うか泣いた。
何だかよく分からんうちに貴族の学園生活に放り込まれ、何だかよく分からんうちに『学園華の四天王』の一人とか言う男に断罪され、何だかよく分からんうちに家ごと没落した。
魔王の天の声で「正規のルートを素で辿るな」とか言われても知らんがな本当に。
「そんなこともあったな……。しかし、悪役令嬢も題材としては良かったはずなんだがな……。まさかお前が迷いなく正規ルートに突っ込んでいってしまうとは思わなかったぞ。少しは滅びの運命に抗え……」
「運命に抗ってこれなのよ! どうしようもないのよ! むしろあれからここまで持ち直した事を褒めて欲しい!」
ほんと、あの後男に戻って勇者としての力と戦闘の勘を取り戻すまでにどれ程苦労したか……分かってくれ……。
「それでだ勇者よ。話を最初に戻すと今の主流は『婚約破棄』なわけだが、そのシナリオと場をセッティングし終わる前に、お前は乗り込んできてしまったわけだ。もう少し待てなかったのか?」
「待てるか! そもそも待つ必要あるか! 俺はお前を倒しに来たの!」
思わず剣を抜き、俺は魔王に向けて構える。
「ちなみに婚約破棄された後は追放されるが、追放先の辺境貴族とスローライフを送りながら適当に宜しくやって欲しい」
「ふわっとし過ぎだ設定が! 『強くぶつかって後は流れで』じゃねえんだぞ! せめてもう少し細部を詰めろ!」
まともにプロットを用意しないで行き当たりばったりで始めるから、俺がいつも大変な目にあうんだろうが!
大体、今だってお前の思い付きで付与されたよく分からんスキル「全自動レベルアップ」が発動中なんだぞ!
しかも夜寝てる時に限ってレベルアップすることが多く、頭の中にファンファーレが鳴り響いて叩き起こされる事が多いと来たもんだ!
「とにかくだ! 今日こそお前を討つ! そして人類と、主に俺の平和な生活を手に入れる!!」
もはやこれまでだ魔王よ!
俺はもう何者にも翻弄されないし、何者にも指図されない!
真の自由を今ここに手に入れるのだ!!
しかし、俺が剣を魔王に向けて構えたところで、突如魔王の傍に転送魔法が現れた。
「魔王様、報告でございます。『婚約破棄』の会場が整いました」
禍々しい転移の魔法のエフェクトと共に現れるフクロウのような魔物。
く……魔王の側近が一人、「智将のオウレル」か……!
「それは重畳。首尾はよいか?」
「それが……勇者めが予定よりも早くここに乗り込んできてしまったもので、全体的に少々突貫工事となってしまった点は否めません。ただ、『婚約破棄』と『王太子没落』の部分だけはしっかり作り込んでおります」
「ならばよい」
「智将のオウレル」と短い会話を交わした後、魔王は俺へと向き直った。
「聞いての通りだ勇者よ。『婚約破棄』の舞台は整った。存分に暴れてくるがよい」
そう言うと魔王は俺に向けて右手をかざし、紫色の光線を放ってきた。
「しまっ……!」
躱そうとするももう遅い。
俺は禍々しい光に囚われ、徐々に意識を失っていった……。
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は……!
こ……ここは?
なんだ……? 教会を思わせるような荘厳な広間に、着飾った若い男女達……。
なに……「学院卒業会場」……?
どう言う事だ……?
俺の目の前には身なりのいい金髪の貴族の男と、その腕に抱きかかえられているのはこれまた身なりのいい女性……。
そして俺は……女!?
「公爵令嬢ユーシャよ! 王太子である私は今、お前との婚約を破棄し男爵令嬢イレリアとの婚約をここに宣言する!」
あんのクソ魔王があああああ!!!
END