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15.千影さんと内緒話


「それで、君、わたしに何か話す事があるんじゃない?」


 菜子にコーヒーのおかわりを頼んだタイミングで千影さんがこんなことを言ってきたので、見回りの夜の報告がまだだったなと思ったのだが、それはもうしなくていいらしい。いいならいいけど。


 それならと、私が幼い頃に神社の狛犬に名前を付けた事に始まる云々の話をしてみた。菜子とサワコさんに名前を付けた経緯が菜子が言い出したからであり、その事に千影さんが関わっているのではないかと思ったからだ。

 だが、昔、陰陽師が目に見えない存在に名を与え言霊で縛ったという話は聞いたことがあっても、名付けた相手の能力の一部が使えるようになるという話は聞いたことが無いらしい。


 ……では、なぜ? 千影さんは菜子の事情については以前に話してくれたという。あれかな?本人が生前の名前で呼ばれるのが嫌って事で鬼子呼びしてたやつ。街の人達からも『鬼子ちゃん』て呼び親しまれていて、一緒に歩いていて違和感しか感じなかったあれだ。それ聞いてたから、本人にどう呼べばいいか聞いてから『名付け』という流れになった。


 結局のところ千影さんは関わってなくて、私の勘違いだったことがわかった。


 ちなみに私が『菜子』と名付けた後、街の人達の呼び方も『菜子ちゃん』に変わっていた。


 サワコさんに関しては、今にも消えそうだったのがハッキリと見えるようになった。これは、もとより期待されていた効果であり問題はない。

 その後、私が得た能力が副産物と言うだけで……。


 なぜ、私が名付けることで能力を得られるのか、わからないということがわかった。



 その後、千影さんがちょっと思い出したからと、私の家のご先祖様の話をしてくれた。

 昔、うちの御先祖に怪異や物の怪に『名』を与えながら日本全国を巡っていた人物がいたらしい。


「……それでね、その人は何の為にそんなことをしたのだと思う?」


「それは……、怪異や物の怪が悪さをしないように名を与えて縛っていたとかかな」


 千影さんの問いかけに、先程聞いた陰陽師の話を当て嵌めて答えてみた。


「そうね、わたしもずっとそう思って疑わなかったわ。つい先程までは……」


 そう言うと千影さんは、こちらに意味ありげな視線を向けてきた。


 あっ、気付いてしまった。気付かされたと言うべきか。きっと今、千影さんも私と同じことを考えている。


「今、嫌な考えが頭をよぎったのだが……」


「奇遇ね、わたしもよ」


 答え合わせとばかりに私が口を開く。


「その人がもし名で縛る為ではなく、『力』を得る為に名を与えていたのだとしたら…」


 これは可能性の話でしかない。だが、もしそのご先祖様が私と同じ能力だか、体質?の持ち主だったとしたら……。

 単純に怖い。そう思った。これが、私個人だけの問題なら、これ以上『名付け』という行為を行わなければいい。

 だが、千影さんの話に登場する人物は、積極的に怪異等に『名』を与えながら全国を巡っていたという。

 一体、どれだけの『力』を手にして、その『力』を何に使ったのか。そして、その『力』が人体に及ぼす影響は如何程のものか。そのどれもが想像し難い。

 ただ一つ、分かっているのは、話に登場した人物と同じことのできる人間が、今、千影さんの目の前にいるという事だ。これは迂闊に話すべきではなかったのかもしれない。


 おそるおそる千影さんと視線を合わせると、千影さんは盛大に溜息をして見せてから、人差し指を立てて口元に押し当てた。


「今のは、ここだけの話って事でいいかしら?じゃないと、山神様に続いて、君まで危険人物に認定しなくちゃいけなくなっちゃうからね。まぁ、一応念の為に聞くけど、日本全国を巡ったりしないわよね?」


「――しないしない。別に旅行は嫌いじゃないけど、自分にどのような影響があるかもわからない現状で、軽はずみに『名付け』なんて出来ないって思っているし。もし、仮に動物を拾ってくるようなことがあっても、他の人に名前を付けてもらうかな」


「そう、なかなか慎重なのね。まぁ、君ならそう言うと思っていたわ。そうね、特に化物なんかが持つ能力には、人にとって呪いにしか成りえないものもあるし、普通の生活が送れなくなりそうな能力も中にはありそうだものね」


 なかなかに怖いことを言う。まぁ、私が軽はずみな行動をとらないように、わざと怖がらせているんだろうけど。呪いとか、考えたことなかったな。




 それから、再び私がこれまでに得た能力についての話に戻った。


「ふぅーん、神社の狛犬が通力で、家政婦の幽霊が物を浮かせる力ねぇ……」


「それで、菜子の鬼の能力って一体何だと思う?」


「そうね、君、以前に山神様と山歩きした話をしてくれたでしょ。それを聞いて思ったのだけども、普段運動も何もしていない君が、半日以上も山神様に付いて歩けると思う?」


 そうなのだ。あの頃は家から一歩も出ない日だって結構あったくらいなのだ。

 それが、最近では色々あったせいか、また、昔みたいに動けるようになったと勝手に解釈していたのだが。


「もしかして……体力、上がってる?」


「それどころか、君、身体能力かなり上がっているわよ。と言っても、あまりピンときてないようだから、そうねぇ、試しに菜子ちゃんに思いっきりコブシをぶつけてみるっていうのはどうかしら?……大丈夫よ、君程度の力では菜子ちゃんの鬼の身体には傷ひとつ付けられないから」


 丁度、コーヒーを運んできた菜子を見て、千影さんがとんでもない事を言い出した。大丈夫じゃないし、何言ってるのこの人。菜子に(こぶし)を振れるわけないだろ。傷はつかないかもしれないけど……。


「いや、さすがにそれはちょっと……菜子相手じゃなくても他に方法が――」


「――ウチの心配しとるんなら全然大丈夫や。聡太のコブシなんて痛くもなんともないし遠慮はいらんで」


 とは言っても、菜子は千影さんを妄信している節があるからな。が、菜子に大丈夫と言われると大丈夫な気もしてきた。

 それならと了承し、菜子に壁際に立ってもらうと正面に構える。

 気持ち的にはまだ少し抵抗があったが、「ええか、これは聡太の身体能力テストなんやからな。手抜きなしで全力で頼むで」そう菜子本人に言われると手も抜けなくなった。


 腰を少し落として腕を引くと、空手の正拳突きのように拳を真っ直ぐに突き出す。


――ドゴォォォォン!!


 ビル全体が揺れたのではないかと言う程の大きな音が辺りに響き、見ると、そこには壁に埋もれたまま気絶した菜子の姿があった。


 ……えっ、何で? 痛くもなんともないって、痛みを感じる暇もないとかそういうやつだった?


「あらあら、君って相手が女の子でも容赦ないのね」


 浴びせられた言葉に涙目になりながら、千影さんのほうを恨めし気に振り返る聡太なのだった。




まだ続きます。

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