1.神の使い
私の名は山盛聡太。しがない物書きをしている。ちなみに年齢は不詳である。自分で年齢不詳と言うのも変な話ではあるが、それには一応、理由がある。
私には一年前に他界した祖父から譲り受けた古民家がある。そして最近、その古民家に二人の同居人が増えたのだが、一人は『女神』もう一人は『女鬼』と、お察しの通り二人とも『人外』、言いかえれば『人ならざるもの』である。
正確にはもう一人、家政婦さんの幽霊がいるのだが、彼女は家の掃除をしてくれているだけなので、特に気にする必要は無いだろう。
そして、このような存在の年齢は非常に分かり辛い。年齢不詳と言ってもいい。本人たちに聞けば解決するかもしれないが、人外とはいえ、女性に年齢を聞くのは憚られる。
ならば、私も年齢不詳にしてしまえと、わりとどうでもいい理由なのだが、まぁ、人外が登場した時点で、私の年齢など既にどうでもよくなっていることだろう。
彼女たちとの共同生活を始めた当初は、『人外』と上手くやっていけるのかと不安はあったが、今のところ特に大きな問題もなく暮らせていると思う。
大きくない問題としては、私がこいつらと関わるようになってから、その影響からか、私の霊力が急激に上がっていっている事くらいだ。
今まで見えなかった『物の怪』や『幽霊』等が、急にはっきりと見えるようになり、生活にまったく支障が無いとは言えない程度だ。
最近まで忘れていたが、子どもの頃は何かが見えていたような気もする。それもなくなってから久しいのだが……。
慣れれば、浮遊霊も通りすがりの人と変わりないし、タチの悪い悪霊や物の怪がいれば、頼もしい同居人達が即座に対処してくれる。
まぁ、生活に支障がある時点で大問題なのかもしれないが、それに関してはきっと私の感覚がマヒしてしまっているのだろう。
ちなみに言っておくが、同居人が二人とも女だからと言って勘違いしないでほしい。
大家として民家の空き部屋を使わせてやっているだけで、私には一切やましいことなど無い……はずだ
――そんなある日の昼下がり。
私は、原稿の締め切りに追われていた。なんでも万年、鳴かず飛ばずの物書きである私の新作が、偶然、売れっ子漫画家さんの目に留まったのだそうだ。
最初、私の作品を漫画にしたいと、いきなり本人から電話がかかってきたときは、私の友人のいたずらかと思ったが、考えれば私にはここ数年友人はいない。
話してて埒が明かないと思ったのか、相手が編集の担当さんと言う人に代わり、本人だとわかると、二つ返事で引き受けてしまった。
そして、あれよあれよという間に連載までこぎつけ、現在に至ると言う訳だ。
まったく、人生というのはわからないものだ。
そんな私が四苦八苦しているその横で、なぜか寝そべって漫画を読んでいる人物がひとり。彼女は同居人の一人で、山の女神を名乗る、名を『樹里』という。数百年の時を生きる、正真、女神なのだが、黒髪、黒眼の、見た目は大和撫子という言葉が相応しい、顔とスタイルの良い美人さんだ。
そんな人物が、私の部屋で床に寝そべり漫画を読んでいるのだ。気にならないと言えば嘘になる。正直気になる。出来ればずっと眺めていたい。
だが、それは今ではない。締め切りには期限があるが、樹里はこの先ずっと私と共にある……はずだ。
それと、こんな私の心境を知ってか知らずか、部屋でダラッとされていては少々イラッともする。
だから、これから一言言ってやろうと思う。仕事の邪魔になるから私の部屋を出て行ってくれと。
そんな決意を胸に席を立ち上がり、声に出す前に、樹里に先手を取られた。
「なぁ、聡太の新作『樹木幼女☆樹凛ちゃん』に登場する主人公の『樹凛ちゃん』なんじゃが、儂に似ておらんか?ホレ、ニョキッと腕を枝のように伸ばすところとか……」
「そ、そんなわけないだろっ!大体、樹凛ちゃんは幼女だが、オマエはそうじゃないだろう?」
「……んまぁ、そうなのじゃが」
まぁ、実際は樹里をモデルに書いたのだが、恥ずかしいので誤魔化しておくことにする。
少し迂闊だったか。以前、私の書いた物に樹里は全く興味を示さなかったのだが、大人気の漫画は別らしい。さすが売れっ子漫画家さんといったところか。
ちなみに、樹凛ちゃんというのは宇宙からやってきた幼女で、人との交流を得て後に植物を操る能力を使い、地球を守るために宇宙からの外来生物と戦うという話である。
正直つまらない。書いた私でさえそう思うのだから間違いない。
だが、これが人気漫画家の手にかかると今や飛ぶ鳥を落とすほどの人気作になるのだから不思議だ。
可愛らしいキャラデザとド派手な戦闘シーンが人気らしい。
私の書いた話なんてオマケでしかない。
漫画家さんの要望があれば、それを盛り込んで書いたりもする。
その都度、私とコラボする必要があったのかと考えてしまうのだが、これ以上は闇が深い人になってしまいそうなのでこの辺でやめておこう。
「それより今日は山狩りにはいかなくて良いのか?」
「それは大丈夫じゃ、今日は休むことにしたからのぅ」
樹里がそう言い終わると同時に、部屋の壁の一面がボコッと盛り上がった。
まぁ、実際に壁が盛り上がるわけもなく、目を凝らしてよく見てみると、そこには頭に角を一本生やした巨大な白い獣の頭だけが、壁をすり抜けて部屋を覗いていた。
部屋の外の胴体部分はどうなっているんだろう?……っと、今はそんな場合じゃないか。
樹里はそのままの体制で顔だけをそちらに向けると、なんでもないように白い獣と話しはじめた。
「今朝から何やら気配がすると思っておったが、ようやっとでてきおったか……オマエは確か、石神のところの神使か?随分と久しいのぅ」
「はい、お久しぶりでございます。『連なる山々を統べる山の神様』」
ん!?あれっ、なんか樹里の二つ名?が、かなりスケールアップしている!?まぁ、それは置いておいて、今はこの獣が一体何者なのかだ。樹里の知り合いみたいではあるけど……。
先程、樹里が口にした『石神』という言葉には心当たりがある。確かこの辺りの土地の神様は、石神様のはずだ。
私も幼いころから何度も足を運んでおり、実は私その石神神社の氏子だったりもする。
そんな土地神様と山神様である樹里が旧知の仲であっても、なんら不思議ではない。
樹里が、全国津々浦々を巡る旅から戻ってきたのを知って、久々に酒でも飲みかわそうというお誘いに、使いの者を寄越したのだろうか?
そんなことを考えていると、獣は壁から突き出したその頭を私の方へと向けた。
「実は本日ここを訪ねた理由はですね、聡太様をわたくしどもの主の元へお連れする為なんですよ」
「は?」
まさかの私へのお誘いだった。しかも迎えに来たから今から来いと、そういう事なのだろう?
流石に氏神様のお誘いを無下には出来ないが、今はちょっと待ってほしい。原稿の締め切りが明日に迫っているのだ。
「あのー、急に来られてもちょっと困るんですが、後日にして貰えませんかね?」
「そうじゃぞ。聡太は今、珍しく忙しいのじゃ。用があると言うなら、まずはアポをとってはどうじゃ?」
「……アポ???」
使者の人は口をポカンと開けて、頭にクエスチョンマークをうかべている。
まさか断られるとは思っていなかったのだろう。
正確には断ったのではなくて、明日以降にしてくれ的なニュアンスで言ったつもりなのだが、これはこれで氏神様を無下に扱ったことになるのではないだろうか。
もっと言い方があったかもしれないが、今更だろう。それと樹里さん、余計なことは言わないでほしい。使者の人、アポの意味もわかってないかもしれないじゃないか。
とりあえず使者の人が復活するのを待って、その反応を見てから考えよう。
「……ハッ!吽形のわたくしが、阿形の形をとってしまうとは、何たる失態!!」
使者の人、意味不明なこと言っているけど大丈夫なのだろうか。
暫くして何かから復活した使者の人は、明日の約束だけを取り付けると、意外にもあっさりと帰って行った。
「さて、儂もそろそろ山狩りへ出かけるとするかのぅ」
あれ?さっき、今日は休みにするって言ってなかったか?
なんだかんだいって樹里なりに私の心配をしてくれていたのだろう。
書き方に悩んでいたのですが……いきなり新章しちゃいました!!
書きかけていた『大食の主』は、削除の後こちらに載せていきますm(__)m




