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蠱毒の学園

作者: キャラメル



1


______ある晴れた午後の出来事だった。



その時間帯はどのクラスも5限目の真っ最中で、それは私の所属するクラス......1年4組も例外ではなかった。

私は教室の窓側の後ろから2番目の席でいつも通り授業を受けていた。

その日はあいにくの秋晴れで、窓から差し込む光が眠気を誘う。

だが、前回の中間テストではあまり芳しくない点数を取ってしまった私は、授業中に眠っている暇なんてなかった。

......そう、私の後ろの席で寝息を立てている男のようにはできないのだ。


後ろで眠っている彼の名は、雨宮 新。

彼の外見的特徴といえば、ボサボサな前髪を校則ギリギリアウトラインまで伸ばしているところだろうか。

髪を切るのが面倒くさいらしい。

髪を切ることに限らず、彼はなんでも面倒くさがる性格なのだ。

無気力系クール男子と言えば褒め言葉になるが、彼はそれとはまた違うタイプだった。

常に机に伏せて眠っているイメージで、珍しく起きている時も、寝不足みたいな悪い目つきをしているため印象は良くない。


......だが彼は頭がすこぶる良いのだ。

授業もまともに受けていないのに。


これに関しては才能というか異能力に近いものだけど、授業を真面目に受けてもまともに成績が伸びない私にとっては、彼は嫉妬の対象に他ならなかった。


そんな彼の寝顔を賎しむように一瞥してから、私は視線を黒板に戻す。



______それは何の前触れも無く訪れた。



先生は何かに気づいたかのように突然声を上げた。

「あ、プリントを職員室から取ってくるから、それまで自習してろー」

生徒達は締まりのない返事をして、同時に先生は足早に教室を後にした。

もちろん生徒達は自習を始める事はなく、ヒソヒソと雑談を始める。

私は後ろを振り向き、この機会に彼を起こすことにした。

「起きて雨宮くん。......寝てるとまた先生に怒られちゃうよ?」

すると雨宮くんは物憂げに目を覚まし、その悪い目つきで私を睨んだ。


「......俺はお前と違って成績も悪くないし、テストは常にトップの座を保ってる。多少眠っても先生達は俺を注意したりしねえよ」


そう言い残して雨宮くんは再び顔を伏せる。

......な、なんなんだこの男......!


「......ちょっと!私はそんなに成績悪くないよ?!確かに雨宮くんにしてみたらクラス全員が馬鹿に見えるのかも知れないけど......。あと私の名前は『お前』じゃなくて加藤 史!もう半年も経つんだから覚えてよ!」


「うぅ......もう食べられない」


駄目だ、この男に何を言おうと無駄だ。

私は馬鹿らしくなって、机から問題集を取り出しそれに努めることにした。



「......ねえ、先生遅くない?」


それはクラス委員長の声だった。

先生が教室を出てから15分。

委員長の言う通り、どう考えも時間が経ち過ぎている。

すると委員長は立ち上がり。

「私、先生の手伝いをしてくる。それまでみんな、もう少し待ってて」

「あ、俺も行くよ」

そう委員長に便乗したのは、副委員長の男子だった。

私たちは委員長と副委員長が教室を出るのを見届けて、再び彼女達の帰りを待つ。


「______おかしい」


すると雨宮くんが珍しく自ら口を開いた。

私はそれに応えるように後ろを振り向き。

「うん......先生が15分もプリントを探してるとも思えないし、不思......」

「そうじゃない」

私の言葉は雨宮くんのその一言によって遮られた。


「気づかなかったのか?静かすぎるんだ。この時間帯は決まって、近隣の中学校の吹奏楽部の演奏が聴こえて来るはずだ。......だが、その音は聞こえない」


雨宮くんは続ける。


「それとだ。今、上の階では2年生が大掃除をしてるはずなんだが......雑巾がけの足音も、机をづる雑音も聞こえない。......おかしいと思わないか?」


......たしかに。

でも、今はそんなことより先生の帰りが遅い方が不思議で......。


「おいみんな!!」


すると教室の出入口から副委員長の声が響いた。

だいぶ焦っている様子で、副委員長は足をガクガクさせ、委員長は扉の前で座り込んでいた。

クラス全員の注目がその2人に集中する中、副委員長は声を上げた。


「1年生以外、誰も居ないんだ!!この学校内に......先生も、2、3年生も、どこかに消えちまった!!」



2


私たちのクラスの生徒たちは、授業中にも関わらず学校中をひたすら駆け回っていた。

職員室には教師達の居る面影もなく、他の階へ行ってみても2、3年生の先輩はどこにも居なかった。

それだけじゃない。何より驚いたのは、この高校の敷地外の建物が全て消えていた事だった。

窓から覗くと一目瞭然、まるでこの世界にはこの学校以外の何も存在しないかのような気分にさせられる。

......いや、実際にそうなったのかもしれなかった。


「何が起こっている......?!」

珍しく雨宮くんも動揺を隠せない様子だった。

私だって驚いている。

「まるで......私たち1年生とこの校舎だけが別世界に移されたみたい......」

ふと周りを見渡すと、廊下を駆け回る生徒の人数が増えていた。

他のクラスの1年生もこの異変に気がついたらしく、学校中はまさに大騒ぎだった。

「どうしよう雨宮くん......!に、逃げようよ!」

私はなんだか怖くなってきて、この場から立ち去ろうとした。

だが雨宮くんは冷静な口調で。


「......いや、恐らくそれは不可能だ。校庭の正門から出たところで、その先には何もない。いや、そもそも正門が開かない可能性だってある。いずれにせよ......」


一呼吸置き、雨宮きんは再び口を開く。


「……俺たちはこの学校内に閉じ込められたって事になるな」


「なっ......?!」

閉じ込められた?!

そんな馬鹿な.......だってさっきまでは普通に授業を受けていたはずなのに!

一体誰が、何の為に......!


......そんな私の疑問に答えるように、校舎内全体に一本の放送が鳴り響いた。



『河原北高校1学年の皆様、こんにちは』



......冷たく透き通った、女性の声だった。

その放送に、学校内の生徒達は一瞬にして静まる。


『午後2時40分、只今より<内紛兼共同討伐実験“蠱毒”>を開始します』


......え?

と思わず心の中で呟いたのは私だけでは無かったはずだ。


......内紛?共同討伐?.......蠱毒......?


その聞きなれない単語に、私は若干の疑義を覚えた。

「蠱毒......古代中国の呪術の一種か」

「雨宮くん、知ってるの?」

雨宮くんは小さく頷き。


「壺に沢山の虫を詰め込んで殺し合いをさせ、最後の一匹を作り出す。......趣味の悪い呪法だよ」


「な、なにそれ......」

気味悪い。

でも、それが一体これから始まる“何か”に関係しているのだろうか。

......考えたくもない。


『これから皆様には、ある実験に参加して頂きます。拒否権は.......ありません』


その言葉に、辺りは一瞬にしてざわめき出した。

「......実験?!」「どういうこと......?」「怖いよぉ.......」「どうして俺達がこんなことに巻き込まれなきゃいけねえんだ......!」

そんな声は気にも留めず、その放送は続く。


『ゲームの様なものだと思っても差し支えありません。これは殺し合いと助け合いのサバイバルゲームです』


「殺し合い」という響きに、辺りのざわめきは一層に増した。

私の横で立つ雨宮くんも、珍しく目を丸くしている。


『皆様もお察しの通り、この学校の出入口は完全に封鎖されています。つまり途中離脱は許されません。なお、逃げようとしてもこの校舎の敷地外の建物は全て消えていますので、全くの無意味ということを予めご了承ください。続いてはこのゲームのルールについて説明して行きたいと思います』


いつのまにか周りのざわめきは消え、ゴクリと唾を飲む音がいやに響く。


『参加者は河原北高校の1学年191名、フィールドは学校敷地内全土です。皆様の成功条件は、最後の30人になるまで、この殺し合いから生き延びることです』


_____辺りは再び騒然とした。

頭を抱えて泣きだす人もいれば、唖然として立ち尽くす人もいる。


『そしてもう一つの成功条件......。それは、このフィールドに降臨する、“化け物”を討伐することです』


「化け......物?」

その異質なフレーズに、私は思わず声を漏らした。


『化け物はゲーム開始30分後に校庭の中心に降臨します。それまでは討伐の準備に費やすといいでしょう。尚、化け物は4度復活をします。つまり、5度目にとどめを刺したその時が成功となります。ちなみに、一度化け物を討伐すると、15分間のインターバルが発生します。』


一呼吸おいて、その声は続ける。


『尚、ゲーム開始と同時にこのフィールド全域のどこかに、幾つかの武器が出現します。それを使って生徒の数を減らすのも構いませんし、協力して化け物を討伐するのも構いません。ただし、もし仮に12時間以内に成功条件が達成されたとしても、最低12時間が経過しないとゲームは終了しません』


すると雨宮くんは顎に手を当てながら。

「つまり、生徒が30人になるか化け物を討伐するか、どちらにせよ12時間はここから脱出出来ない、ということか......」

こんな状況にも関わらず冷静な分析をした。


『以上、<内紛兼共同討伐実験“蠱毒”>のルール説明を終了したいと思います。本ゲームが長引く場合、こちら側が定期的に食料を調達していきますのでご安心下さい。......それでは、“蠱毒”を開始します。

______殺し合うも協力し合うも、皆様の自由です。それでは......』


そして謎の放送は静かに終了した。


辺りはただただ沈黙が流れていて、この場にいる全員が口を開こうとはしなかった。


......かと思われたその瞬間。


「うわああああああああああ!!!!」


その叫び声と同時に、1発の銃声。

後方を振り返ると、手を震わせて銃を撃ち抜いた男子生徒と、その目の前で鮮血を流して倒れる生徒の姿があった。

「嫌だ......!僕は死にたくない......!俺は絶対に最後の30人に生き残って......ガッ」

その声は、鈍器で殴られたような鈍い音に遮られた。


その背後には、返り血を顔に浴びて鈍器を手に握った女子生徒の姿があった。


「「「きゃああああああああああ!!」」」


辺りは一瞬にして悲鳴に包まれた。

そして私の目の前で繰り広げられたのは、血の飛び交う殺し合いの光景だった。

錯乱した生徒たちが、ただがむしゃらに殺し合いを始めている。

放送でも言っていたように、辺りにはいくつかの種類の武器が転がっている。

その武器を手に取り、慣れない手つきで人を殺している。

......数分前までは同じ学校で過ごしていたはずの生徒が、だ。

私は足がすくんで膝から崩れ落ちてしまった。


______怖い。


その感情が私の心を支配する。

よく見ると殺し合っているのは一部の人間で、それ以外は私を含んで全員がこの状況を理解できていないようだった。


......ただ1人、雨宮 新を除いて。


「よし、大体の状況は把握出来た。......おいお前!4組の生徒全員を教室まで集めてくれ」


......そのあっさりとした口調に、私は思わず雨宮くんの方に顔を向ける。

「......まさか私に言ってるの......?」

「当たり前だろ。お前以外にだれに話しかけている様に見える。......もう一度言おう。4組生徒全員に、教室に集まるよう伝えてくれ」


私はポカンとしてしまう。

こんな時にこの男は一体何を......。

「どうして......?」

私は必死に震えを抑えて雨宮くんに問う。


「このままただ殺し合いするだけじゃあ、俺に勝ち目はない。......勿論、お前にもな。だから勝利の為には、一旦は4組が協力し合うことが必須になると思っただけだ」


その冷静かつ的確な判断に、私は黙ることしかできなかった。

「でも、こんな状況なのに......みんな教室に来てくれるとは思えない......」

一瞬にして戦場と化したこの校内で、素直に教室に来てくれる生徒がいるだろうか。

すると雨宮くんはいつものように悪い目つきで私を見て。


「お前......いや、加藤。頼む。このゲームを勝ち抜く為に必要な事なんだ。協力してくれ」


「雨宮......くん......」


こんな状況で......いや、こんな状況だから、私にはやるべきことがあるのではなかろうか。

雨宮くんの言うことはいつも突拍子もないけど、今まで一度も間違ったことは言わなかった。

だから、私は______。


「......雨宮くんの言葉、信じてみるよ。......私にできるかわかんないけど、みんなを教室に行くよう頼んでみる」


その返答を聞いて雨宮くんは微かに笑い。

「じゃ、俺は先に教室で待ってる。......やることがあるからな」

そう言い残し、私の前から去っていった。



3


「雨宮くん!また1人来てくれたよ!!」

「よし、これで30人か......。十分だ、よくやった加藤」

あれから約15分。

1年4組総勢34名中、30名が無事教室に揃った。

私はあの後放送室を通して、4組は教室に来るように呼びかけたのだ。

その行動が功を奏したようで、こんなにも人数が集まるとは私自身も想像していなかった。


「で、雨宮......なんだよ、わざわざ教室に呼び出して」


普段は4組のムードメーカー、荒井くんが雨宮くんに問う。

すると雨宮くんは、教卓の前に堂々と立ちながら。


「みんな、よく来てくれた。まずはそれに感謝したい。......ここに呼び出したのは他でもない、俺には”ある作戦“があるからだ」


いつものように上から目線な口調で宣言する。

するとそれを聞いた荒井くんが立ち上がる。


「作戦?はっ、そんなもん知るかよ!俺たち1の4はみんな仲間だってか?冗談じゃねえ。もう俺たちは敵同士なんだよ。生き残れるのはたったの30人なんだ、生き残る為には仲間意識なんて持ってる場合じゃねえんだよ!!」


そう言いながら荒井くんは教卓へ歩み寄り、雨宮くんの胸ぐらを掴んだ。

いつもはこんなこと言う性格ではないのだが、この状況では彼も豹変してしまったようだ。

しかし雨宮くんは胸ぐら掴まれながらも冷静な顔で。


「お前、頭悪いな」


それだけ言い放ち、荒井くんの手を振り払う。


「いいか皆。このゲームにおいて単独で行動する奴は只の馬鹿だ。このゲームは一見してただの殺し合いだ。高い身体能力を持つ者、強い武器を持つものが生き残ると思っているかも知れないが......違う。こういうゲームにおいて何よりも強い物は、“数”なんだよ」


______数。

この場合、仲間の人数のことだろうか。


「今ここにいる人数は30名。そして最後まで生き残れる人数も30名だ。つまり、この30名で共同戦線を組めば......もうわかるな?」


そう言って雨宮くんは不敵に笑う。

つまり、ここにいる4組全員で手を組んで戦えば、勝率はグンと上がる......ということだろうか。

たしかに、他のクラスはとって無さそうな行動だし、何より30人が手を組めば負ける気がしない。

これは納得できる作戦だ......やっぱり雨宮くんは凄い。


......でも......。


「こんな大人数が手を取り合って戦う......なんて現実的じゃないと思いますよ、雨宮君」


私の心の声に続くようにそう言ったのは、学年で2番目に学力の高い男子生徒、古川くんだった。

整った髪型にキリッとした顔つき、四角いメガネを常備している彼はいかにもガリ勉という外見だった。

その容姿は雨宮くんとまるで正反対だけど、なぜか雨宮くんのほうが学力は高い。


「30名が協力し合う......なんて、学校行事じゃあるまいし、皆が雨宮くんの指示に従うと思っているんですか?先程の荒井君のように、反発する者も必ず現れるでしょう。何せこれは一つの間違いが命を奪うデスゲームなんですからね」


そう、私が思っていた事も大体古川くんと一緒だ。

こういうゲームでは、誰か必ず裏切り者が出るというのが鉄板だ。

それにこういう言い方は悪いけど、雨宮くんは人望が......無い。うん。

私は従うつもりだけど、ここの全員が雨宮くんに従ってくれるとは到底思えなかった。


しかし、雨宮くんは嘲笑うような笑みを浮かべて。

「古川......お前も頭が悪いな」

「なっ?!」

古川くんは大分ショックを受けている様子。


「今、この状況で俺の作戦に賛同出来ない者は多数居るだろう。......そんなことは分かっている、俺はお前らをそんなにお人好しだとは思ってねえよ」


「だったら、どうしてです?」

古川くんはズレたメガネをクイっと直しながら問う。

すると雨宮くんは目線を古川くんから4組のみんなの方に向けた。


「分からないか?今この状況で裏切る者が現れたら、他数十人を敵に回すことになるんだぞ?つまりだ、生き残りたければ......俺の指示に従うしかねえんだよ。解るな?」


「「「!!」」」


今になってみんな理解した。

......この教室に集められ、雨宮くんの話を聞いた______その時点で雨宮くんの支配下に入ることは決まっていたのだ。

今雨宮くんに逆らえば、他の人を敵に回すことになり、勝ち目はない。

だからと言って、雨宮くんの作戦に従う以外にこのゲームを勝ち残る術は......無い。


「雨宮......君って人は、本当に性格悪いですね......!」

「どうとでも言え学年2位。......ま、死にたいって言うなら従わなくてもいいさ」

古川くんは歯ぎしりをしながら乱暴に席についた。

それを見届けた雨宮くんは、教卓に両手をつきながら皆に向けて。


「では、最後に聞こう。......俺の作成に賛同する者は、手を挙げろ」


雨宮くんの意地の悪いその質問に、皆は手を挙げるしかなかった。

それは私も例外ではなく、周りに合わせてゆっくりと手を挙げる。


「......良い答えだ」


そう言って雨宮くんは普段は決して見せないような笑みを見せた。


......ちょうどその頃、校庭で異変が起きていたことに私達が気づくのに、そう時間は要さなかった。



4


私達が教室を出たその時、その異変はすでに起きていた。

校庭を見ると巨大な電子掲示板のようなものがあり、そこには「108/191」と表示されていた。

それはどう見ても残りの生徒の数を示すもので、もうすでに半分ほどの人数が減っていると言う事実を表していた。

校庭には幾つもの血飛沫の跡と死体があり、まるで戦場跡だった。

「ひどい......」

私は思わずそうこぼしてしまった。

周りを見ると吐きそうになる人、泣き出しそうになる人、何も言えず震える人も居た。

険悪な空気が流れる中、雨宮くんはある異変に気づいた様子だった。


「あの死体と血の跡......人間の仕業じゃない」


校庭を眺めながら言う雨宮くんの言葉通り、よく見るとすごい距離まで飛んだ血しぶきの跡や、首が飛んだ死体もある。

あんな殺し方、人間ができる業ではない。

「じゃあ、一体何が......?」

私は恐る恐る雨宮くんに尋ねる。

「分からない。だが、恐らく......」

その言葉は、廊下の奥から響いた声によって遮られる。


「なにやってたんだ4組!!......今すぐ逃げろ!」


他のクラスの男子のようだった。

制服の右腕の部分には血が滲み、そこを左手で力強くおさえている。

怪我をしているのに、わざわざ私達に危険を忠告をしてくれたようだった。

こんな状況なのに、優しい人も居るんだ.....。

私は少しホッとしてしまったが、それどころでは無いのは明確だった。

しかし、逃げるって何から......。


______その思考は、グシャという鈍い音で遮られる。

その音の音源を振り返ると、そこには首を飛ばされた先ほどの男子生徒と、その後ろに立ちはだかる黒い巨大な影。

この狭い廊下にやっと入りきるサイズの、まるで獣のような生物。

首を飛ばしたその腕には鎌のようなものが付いており、それは体の一部のようだった。

この巨大な生物を一言で言い表すとするなら、そう......。

まさしく『化け物』だった。


「「「きゃああああああああ!!!」」」

4組の女子生徒の悲鳴が響く。

化け物はその悲鳴に反応したようで、ゆっくりと私達の元へ近づく。

______あれが放送で言っていた、『化け物』?!


「おい、何やってる、みんな逃げるぞ!」


雨宮くんはこの状況でも冷静にみんなに指示を出す。

「逃げるってどこへ?」

「どこでもいい、とにかく俺についてこい!!」

雨宮くんは駆け出し、私達もそのあとに続く。

総勢30名の生徒が必死で廊下を駆ける。

それを一匹の化け物が追いかける。

後方から一定のリズムで大きな足音が聞こえてくる。

後ろを振り向いたら多分、足がすくんで動けなくなってしまうだろう。そんな気がした。

「きゃああああ!!」

「待ってくれ......うわあああああああ!!」

時折聞こえる悲鳴、きっと化け物捕らえられてしまったのだろう。

クラスメイトが私の真後ろで次々と殺されている。

そう考えるととても寂しく、怖かった。

「余計なことを考えるな加藤。今はただ逃げることに専念しろ」

そんな私に気づいたのか、雨宮くんは息を切らしながらそう言った。

私は小さくうなずき、雨宮くんの後を追う。


雨宮くん率いる私達4組は、階段を駆け下り理科室へと向かう。

化け物は障害を崩しながら私達を追いかける。

理科室の前に着いた所で、雨宮くんはなぜか足を止めた。

「みんなはこのまま奥にある会議室へ向かえ!!俺は化け物を片付ける!!」

「ちょっ?!雨宮くん?!」

「いいから行け!......お前ら!!絶対に大声だけは上げるなよ?!黙って逃げろ!!」

私達は雨宮くんを残してそのまま会議室へ走る。

「......雨宮くん」

私は何度も後ろを振り返りながら、ただひたすらに走っていた。


しかし、なんで黙らなきゃいけないんだろう......。

まあ雨宮くんが言う事だ、きっと意味はあるのだろう。

そう自分に言い聞かせ、私達は息を枯らして会議室へと走り続けた。



5


そのころ雨宮 新は、理科室の中で薬品を床に撒いていた。

化け物からあまり距離をとっていない為、あと10秒程度でここに来るだろう。

そして雨宮は一通り薬品を撒き終えたあと、大きく息を吸い。


「う"わ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」


腹の底から大声をあげた。

すると扉がメキメキと音を立てて破壊され、その先からは巨大な影が雨宮の元へ歩み寄る。

案の定、理科室の中へ化け物がやってきたのだ。


「やっぱりな、お前は生徒の“悲鳴”に反応するようになってるんだな。逃げる過程ですぐ分かったよ」


化け物は息を荒くして雨宮を睨みつける。

「そしてお前には、大した知能は備わっていないみたいだな。残念だよ、もっと手強い相手だ期待してたのに......」

そう言って雨宮は懐からライター取り出し、点火する。

そのままライターを床に投げ捨て、同時に身を呈して窓を割り、理科室から校庭へ脱出。

化け物の取り残された理科室からは大爆発が発生した。

撒いた薬品には、アルカリ金属や無水エタノールも含まれていた。炎に触れたら、ひとたまりもなく大爆発する。

そしてこれほどの大爆発なら、化け物の身は保たないだろう。

体が巨大なほど、受ける衝撃が大きくなるのが摂理というものだ。

「さて、会議室に急がねえと」

雨宮は炎の上がる理科室に背を向け、会議室へと駆け出した。



6


「「「化け物を一度殺した?!」」」


雨宮くんが無事会議室にやって来て、少し安心したと思ったら......すぐとんでもないことを言い出すやつだ、この男は......。


「ああ。理科室の薬品を爆発させた。防火扉とか火災報知器は予め作動させておいたから、多分炎はすぐ消える。少なくとも火事にはならない」

「いやそこじゃなくて......やっぱすげえな雨宮......」

「ほんと!雨宮くんについて行けば、もしかしたら本当に生き残れるかも......!」

雨宮くんの周りに人が集まっている。

これで彼なりに信頼を勝ち取れたようだ。

私としてもチームワークの向上は喜ばしいことなので、なによりである。


が、雨宮くんは嬉しそうな顔を一つもせずに淡々と話を続ける。

「なんにせよ、これで化け物の命はあと4つだ。蘇生までに15分の猶予があるからそれまでに策を練りたい......ん?そういえば大分人数が減ってる見たいだな」

雨宮くんの疑問に、今度は私が答える番だ。


「雨宮くん、それが......化け物に襲われた仲間も何人か居て、さっき人数確認したら.......12人居なくなってた」

そう、こんなにも多くの仲間を失ってしまった。

たった一匹の化け物によって。

そう考えると、今更ながらとても悲しい。

室内の隅には泣いている子だって何人か居た。

______それなのに、雨宮くんは表情を一つも変えないまま。


「そうか。これで戦力が目に見えて減ってしまったのは良からぬ事態だな」


こんなことを言った。

私は一瞬唖然としてしまう。

「違うでしょ、雨宮くん。......戦力どうこうじゃなくて、クラスメイトが居なくなっちゃったんだよ?!」

私は感情的になってしまう。

らしくもないのは自分で一番わかっていた。

でも、この雨宮くんの言動は許し難かった。


と、険悪な空気が流れる中、校内には場違いな明るい曲調のチャイムが鳴り響く。

放送の合図だった。


『え、えー......。生き残っている1年生のみなさん、私は1学年学級委員代表の瀬川 夏菜子です』


私と雨宮くんの会話は一時中断、皆の注目はその放送ただ一点に集まっていた。


『突然すみません。先程私達、学級委員会が集まって話し合った結果、生徒同士の殺し合いは何より無意味だという結論に至りました』


いつのまに話し合いなんてしていたのか。

さすが学級委員会というか、こんな状況でもしっかりしている人達だ。


『そこでですが......私達、学級委員会からお願いです。どうか、生徒同士で殺し合うのをやめてほしいのです。私達全員が生き残る為のルートは用意されています。そう、“化け物”の討伐です』


放送は続く。


『対立し合うより、皆で協力し合いましょう。そして、再び皆でいつもの生活に戻りましょう。化け物の命は5つもありますが、私達が手をとり合えば敵ではありません。そして只今の残り生徒の人数、97名で勝利を勝ち取りましょう!!』


えっと......。

つまり、殺し合いはやめて化け物を倒すために協力しようってことか。

......なるほど、これは凄く平和的だ。


「私、あいつらの意見に賛成」

そう声をあげたのは同じクラスの女子。

「お、俺も賛成!みんなで勝ったほうがいいって絶対!」

「俺も......」

「私も!」

その女子につられ、4組は全員が学級委員会の意見に賛成するようだった。

無論、私も大賛成である。

「......なあ!雨宮も賛成だろ?」

すると同じクラスの男子が雨宮くんに問う。


「ああ......。そうだな。人が死なないのが最善の道だ」


意外だった。

雨宮くんならもっと反対してくるとばかり思っていたけど......。

雨宮くんも皆で生還することが何よりらしかった。


______しかし、そう言う雨宮くんの横顔は、どこかつまらなそうだった。



7


あれから1時間。

時刻は午後6時を過ぎ、辺りは徐々に暗くなっていく。

化け物は蘇生し、今もどこかでうろついているはずだ。

しかし、電子掲示板に示された残り人数は1時間前と変わらず97名。

殺し合いは本当に無くなったようだった。


「お手洗いに行って来ます.....」

そうおトイレ宣言したのは、学年2位でおなじみ古川くん。

こんな状況では、トイレに行くのも一苦労だ。


彼が会議室から出たのを見届けた私は、会議室の隅でスマホを取り出す。

うちの学校は非常用にスマホの持ち込みが義務付けられていて、おそらく今も全員がスマホを持っているはずだ。

私は慣れた手つきでスマホを操作し、母親に電話をかける。


......電話はかからなかった。

いや、それはもう十分分かっていたことだった。

これで母親に電話をかけたのは5回目。

ダメ元で何度かかけてみるも、結果はやはり変わらなかった。

「はあ......」

思わずため息が溢れる。

こんなゲームからは一刻も早く脱出したい。

その為に、皆で協力して化け物を討伐することが必須なのだろうが......、その策についてはなにも進展が無いのが今の状況。


すると、私のスマホに無音で一本のメールが届いた。

「なに、これ......」

差出人不明のメール。

私は恐る恐る内容を確かめる。


『こんばんは。

こちらはこのゲームの主催者でございます。

このメールは特別個人宛メール、即ち貴方の元だけに届いております。予めご了承ください。

今回貴方にメールを送ったのは他でもありません。

貴方だけに、このゲームの人数を一気に1割以下にできるチャンスを与えようという次第でございます。』


な......1割以下?!

てことは残り人数を約10人にできるってこと?!

にわかには信じ難いが、私はそのメールの続きに目を通す。


『もし15分以内にたった1人、誰かを殺す事ができれば、貴方以外の生徒の9割型を減らすことができます。

簡単なことです、誰かの後ろから近づいて、ゆっくりと身近にある武器で殺せばいいのです。

それだけで人数を約10名にまで減らせます、勝率はグンと上がりますよ。

少なくとも、化け物を薬品爆発で殺すなんかよりはずっと簡単です』


......そんな、1人殺すなんて......?!

そんなこと、私にはできない。

つい1時間前に殺し合いが無くなったばかりだ。

いくら人数を急激に減らせるチャンスだとしても、これは実行できない......。


しかし、メールの続きにはこう書かれていた。


『ただし、もし15分以内に誰も殺さなかった場合は、貴方が死亡することになります』


私は絶句した。

誰も殺さなかったら、私が死ぬ......?!


『なお、もしこの事を他人告げたりしたら、その時も貴方が死亡することになります。

つまり貴方の選択肢は、誰かを殺すか自分が死ぬか。

その二択です。

決断は早い方が良いでしょう、貴方の活躍を期待しております』


メールはここで終わっていた。

______最悪だ。

こんな二択、私に選べるわけない。

自分が死ぬのは勿論嫌だけど、他人を殺すのも嫌だ。


もし私が誰かを殺したら、人数は一気に10人近くになり、私はこのゲームから無事生き残れるだろう。

だが、殺し合いなんてしないと誓ったばかりだ。


「......でも......」

何もしなければ、私が死ぬ。

自分が死んでは元も子もない。


「私、どうしたらっ......!」


こんな時、雨宮くん相談できたらどんなに良いだろうか。

きっとなにか良い案を出し、この状況を打破してくれるに違いない。

でも、他人にこの事を告げることは、私の死を意味している。

......ん?

「......雨宮くん......?」

会議室の中では、生き残っている4組の生徒が化け物に気づかれないよう、静かに座り込んでいる。

その中に雨宮くんの姿は無かった。

いつの間に居なくなったのだろうか。

私は近くにいるクラスメイトに尋ねてみる。


「ああ、雨宮ならさっき会議室の外に出たよ。なんか室内じゃ眠りづらいから室外で座って寝てるらしいけど、ほんと恐れを知らない奴だよなー......」


寝てる......?

私は会議室の扉をゆっくりと開き、室外へ出た。

そこでは本当に、雨宮くんが壁に寄りかかって座りながら、顔を伏せて眠っているようだった。


______今なら、気づかれないのではなかろうか。


他の人は皆、会議室の中でスマホの画面に夢中だ。

雨宮くんは私に気づく様子も無い。

するとちょうど近くにナイフが落ちているのを見つけた。

これも宿命なのだろうか。

私が雨宮くんを殺せば、私も死なないで済むし、敵の数も減らせる。


......殺らない理由が、無かった。


私はゆっくりとナイフを手に持ち、雨宮くんに近づく。

音を立てないよう細心の注意をかけながら、ナイフの先を雨宮くんの背中に徐々に近づけ......そして。


「よお加藤。何してんだ?」


突如、雨宮くんは顔を上げた。

私はとっさにナイフを背中の後ろに隠し、いつものように、笑みを作る。


「な、何って......雨宮くんが寝てるから、いつもみたいに起こそうと思っただけだよ?」


大丈夫、バレてないはず。

そう、何も感づかれていない。

自分の心音が嫌に響く。

焦りと動揺で汗が滝のように流れるのを感じる。

「ん、そうか。いつも俺を起こしてばっかで飽きないのかお前は」

「あ、雨宮くんこそ寝てばっかで飽きないの......?あはは」

そう、いつもの調子で話すだけだ。

何も焦ることはない......だって何もバレていないのだから。

タイムリミットの15分まで残り7分。まだ他の人を殺す時間は十分ある......。


「______なあ加藤」


すると雨宮くんは私の名前を呼び、そして。



「お前、俺を殺そうとしただろ」



いつもと変わらぬ表情で、そう言った。



8


「......そんな、どうしてそんなこと......」

私は必死でとぼけてみせた。

無理矢理笑顔を作り、かつなるべく自然に振る舞う。

「後ろ、なんか隠してるだろ」

が、雨宮くんには全てお見通しのようだった。

私は後ろに隠し持っていたナイフを、止むを得ず床に落とす。


「......そんな、やっぱりバレて......たんだ」


マズイ、失敗した。

どうしよう、これじゃあ私が......!


「ったく、お前も本当に頭悪いな......。おい、これ見ろ」


「......えっ?!」


そう言って雨宮くんが見せたのは、スマホの画面。

それは一本のメールで、それは先程の私宛てのメールと内容が全く一緒だった。


「これって......あれ?!だって私だけに届いてるはずじゃ......!」

「馬鹿かお前は。あくまでも推測だが、これは全員に同じ内容のものが届いてるはずだ」


......どういうことだろうか。


「システムとしては簡単だよ。このメールが全員に行き届くとする。それを読んだ全員が加藤みたいに騙されて、誰かを殺すとする。そうすると結果的に、残り人数は大幅に減る。全員が誰か1人を殺すんだ、10人程度にはなるだろうな」


雨宮くんは続ける。


「そこで生き残った人間は、『私が誰か1人を殺したら、本当に人数が減った』って思い込む。実際には、他の人間が勝手に殺し合いをして、人数が減っただけなんだけどな。簡単なカラクリだよ」


てことは、他のみんなもこのメールを読んだってことか......?

だとしたら、今頃会議室の中では......!

「殺し合いが起きてる......?」

「そうだろうな。あのメールを間に受けた馬鹿共が、今まさに絶賛殺し合い中だろうよ」


......そんな!

「俺はこうなる事を察して逃げた訳だが......お前も運が良かったな。もし今あそこに居たら、お前も死んでたぞ」

「......」

何も言えなかった。

だって私は雨宮くんを殺そうとした事によって、結果的に死なずに済んでいるのだから。


「......雨宮くん、その......ごめんなさい」


私は謝った。

謝って済む事だとは思っていない。

でも、居た堪れなかったのだ。


「なんだ急に。何のことだかサッパリだな」

「とぼけないで。......その、だって私、雨宮くんを殺そうとしたんだよ?!なのになんで......」


すると雨宮くんは、はあ......とため息をつくと。


「今はそんなこと言ってる場合じゃ無い。謝罪ならあとでいくらでも聞くさ」


こんな状況にも関わらず、優しい笑顔を見せながら。


「......俺とお前で、一緒に生還したその後でな」


「......雨宮くん......!」


......この男は、たまにこういう良い奴になるから困る。

ほんと、この男は......。


すると雨宮くんは真剣な顔つきになり、私ではない「誰か」に向けて言い放つ。


「......で、こんなメール送って何のつもりだったんだ?

______なあ古川」


「......!!」

雨宮くんが呼んだのは、古川くんの名前だった。

でもどうして古川くん.....?

このメールを全員に送ったのは、古川くんだって言うのだろうか。


「......何の冗談ですか、雨宮 新」


そう言いながら廊下の角から姿を現したのは、トイレに行っていたはずの、学年2位メガネこと古川くんだった。


「お前もつくづく頭が悪いな。メールにこんなにヒントを残すなんてさ」

「......なんのことでしょう?」

古川くんはとぼけるようなような態度を続ける。


「簡単だ。このメールには、化け物が爆発によって倒されたことが書かれている。これを知っているのは4組の生徒だけだ」


「......なるほど、それで?」


「そしてお前はメールが送られてくる直前にトイレに逃げたな?それはいずれ会議室が戦場になる事を知っていて、そうなる前に逃げたかったからじゃないのか?」


「......!」


古川くんは明らかに動揺しているようだった。

だが雨宮くんの推理は終わらない。


「そして何より確かなのは......」


そして雨宮くんはどこに隠し持っていたのか、拳銃を懐から取り出し、古川くんに発砲。

「古川くん!!」

私は思わず叫んでしまう。

銃声が響く中、私は無意識のうちに、古川くんに手を伸ばしていた。

だが雨宮くんが狙ったのは、古川くんが手に持っていたスマホだったようだ。


「......ああ、僕のスマホが!」

見事に標的に必中した銃弾は、スマホを古川くんの手から大きく弾き飛ばした。

古川くんは床に落ちたスマホを拾おうと手を伸ばす。

......が、その伸ばした手は、雨宮くんの手によって弾かれた。

「このスマホを見ればすぐわかるな。お前の送信履歴をチェックすれば.......まあその必要は無いみたいだが」


「......雨宮、君って奴はッ......!!」


まさか本当に古川くんが......?

しかし、何のために......。

すると古川くんは全てを認めたような表情を見せた。


「はあ......やれやれ」


そう一言置いて、古川くんは淡々と語り出す。


「僕は、一刻も早くこのゲームを終わらせたかったんです」


古川くんはメガネをクイっと上げ、再び口を開く。


「学級委員会が化け物を討伐することを放送で発表したその時、僕は無謀だと思いました。もし仮に成功したとしても、それは何日も後のことでしょう。それまでずっとこんな戦場で生活するとなれば、僕は壊れてしまう。そう確信がありました」


「ふうん、で?」

雨宮くんは雑すぎる相槌を打つ。


「そこで思いついたのが、今回の作戦ですよ。メールを送れば、あとは他の奴らが勝手に殺し合ってくれる。そして僕は何もせずとも生還できるんです。......ですが、雨宮。君には簡単にバレてしまったようですね」


そして古川くんは笑顔を作る。

その表情は儚げで、どこか寂しそうで、そして......。


......殺意に溢れているようにも見えた。



「______ここで死んで下さい、お二方」



「えっ......」「なっ?!」


古川くんは笑顔のまま、即座に拳銃を取り出し、私と雨宮くんの胸を撃ち抜いた。


「普段から銃の扱いには慣れているんです、なかなかの精度でしょう」


何が起きたのか分からなかった。

力が一瞬で入らなくなり、膝から崩れてうつ伏せの状態になる。

胸が、物理的に熱かった。

撃たれた箇所から血が流れていくのがよく分かる。

痛みは不思議となかった。

神経が先に死んだのだろう......なんて分析している自分に呆れてしまう。

「っ......古......川!!」

雨宮くんはもう呼吸するのも辛いだろうに、古川くんの目を睨みつけ、彼の名を呼んでいた。


「貴方なら僕が銃を持っていることくらい分かっていたでしょう。......そして、僕が君と加藤さんを撃つことも。なのに、君は僕の事を撃たなかった。スマホだけを狙い、僕には傷一つ付けなかった。それは君の甘いところですよ」

そう言って古川くんは、私達に背を向けて歩き出した。


______そう、雨宮くんは今まで一度も人を殺そうとしなかった。

いつだって、なるべく多くの人間が生還することを望んでいた。

その事を誰にも察されないよう、偉そうな態度で隠しながら。

誰にも弱みを見せないように。

本当は、雨宮くんは凄く......。


「良い人......だよね。あま......み......や」




______そこから先は覚えていない。


ただ、最後に見た雨宮くんのその表情は、何故だか少し楽しそうだった。

<蠱毒>はまだ、終わらない。

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