捕食者の復活
――ある日のこと。
俺の家の周辺にたくさんの人だかりが出来ていた。
何か情報を聞ける人……、おっ、いいところにいた。
「何があったんだ?」
「それがさー。私の隣人が何故か死んだんだよ」
俺は状況を確認するために、その人だかりの中に紛れていた幼馴染みの志衣奈《しいな》に話しかける。こいつ以外の人に話し掛けるのが恥ずかしかったとか、怖かったという理由も無くはないが、最もの理由として、こいつが一番情報を持っている可能性が高かったからである。
「で、他には?」
「うーん……。あっ! そうそう。その死んだ人の体には爪で引っかかれた後と、歯で食い千切られた様な痕があったんだって」
「へー。じゃあ、殺したのってメドべーチェだったのか?」
――メドべーチェ。
それは熊型のモンスターで、体調は五メートルとかなり巨大で、体は毛で覆われているものの、周りの色の合わせて体の色を変えるというカメレオンの様な能力を持っている。
そのため、捕まえたり、殺すのが大変厄介である。
しかも、この辺では結構よく見られるため、そいつに殺されてもおかしくない。
「いや〜。それが違うみたいなんだよね」
「えっ?」
「いやさー。その生き物がまさかの未確認生物なんだよねー」
「警察がさっき『見たこと無い爪痕何だけど、これ』とか言ってたし、さっき大河《たいが》が言ってたメドべーチェならそこら辺で殺されてたらしいんだよねー。しかも心臓を一撃で刺されて即死」
…………。
マジで。
それ本当なら滅茶苦茶怖いんだけど。
「ところでお前は後どれくらいこの事件の情報を持ってんだ?」
「うーん……。大体全部かな? ごめんね。あんまり情報提供できなくて」
いや、十分だろ。
逆によくここまで情報集められたな。
「あっ! そういえば後もう一つあった」
「まだあんのかよ! すげえなお前」
思わず突っ込んだ俺。
結構大声だったせいで、静かだったこの環境の中では結構響いたらしく、周りの人からの目線がこっちへ向けられる。
皆に不思議そうに見つめられる俺と志衣奈。
志衣奈の顔を見ていると段々と赤くなっていくのが分かる。多分、恥ずかしさによるものだろう。そういう俺の顔も赤くなっていくのだが。
顔の赤さがそろそろ限界になってきたとき、俺と志衣奈はお互いに見つめ合い、同時に俺の家へと逃げ出した。
俺はその後、志衣奈を家に送り返し、自宅へ帰ると、その後すぐに寝てしまった。
「……トイレ行きたい」
俺がトイレをするために起きた時、周りはもう真っ暗で、まるでお化けでも出てきそうなくらいに不気味だった。
――ガチャ。
家のドアが開く音がした。
――親が帰ってきたかな?
そう思った俺は、親を迎えに行くついでにトイレに行こうと思い、寝床から立った。
俺はゆっくりと暗い廊下を歩いて行く。
明かり一つ無い廊下は、足下を確認する事すら出来ない。
こつん。
何かに当たった音がする。
何だ、段ボールにでも足が当たったかな?
そう思った俺が壁に手をつき、足下を探ろうとすると、いきなり大量の雨が降りはじめ、さらには雷さえゴロゴロと鳴り始めた。
そして、雷の明かりによって照らされてゆく今まで暗かった廊下が照らされる。
「グルルルル……」
俺の目の前に肌が茶色く、犬と特徴がよく似た大型の生物がいた――。
2
玄関のドアが開く音がしたので親が帰ってきたと思った俺は、トイレに行くついでに親を迎えに行こうと思ってただけなのだが……。
「グルルルル……」
ドアをくぐって家の中に入ってきたのは、仕事から帰ってきた親では無く、奇妙なうなり声をあげている未確認生物だった。
多分、今日の朝の事件の原因のやつだろう。
未確認生物と対峙している俺は、無言かつ無表情で絶対に逃がさないと言わんばかりの眼光でそいつの目を睨み付けていた。
まあ内心は。
何でこうなったの?
どうしようこれホントヤバいどうやって逃げよう。
という感じで面白い程に動揺しまくっていて、戦うなんて絶対に出来ない、それ以前に逃げようとしているので、睨み付けている意味が何処にあるのかホント謎。
――それにしても……。
何故この生物は襲ってこないんだ?
襲ってさえしてくれれば逃げられるのに……。
まあいいか。
襲ってくるまで待つことにしよう。
――10分後。
何でまだ襲ってこないんだよ。
つーか、寝てないよなこいつ。
そう思い、すっと足をまえに出し、少しだけ前進してみる。
「――君は、随分と冷静だね」
「ん?」
俺がゆっくりと前へ進むと、その生物もやっと反応する。
どうやらお互いに動くのを待っていたようだ。
俺が冷静?
そんな事あるはずがないだろ。
……もうさっきまでの動揺も時間が経ったせいで無くなっちゃったんだけど。
て、あれ?
こいつ今喋ったか?
喋ったよな?
喋ったよ!
マジかスゲー!
人間以外にも喋れる生物がいたとは。
これは大発見なのではないか!?
先程まで真顔だった俺は、いつの間にか喜び、というか驚きで、その生物の前でポンポンと飛び跳ねていた。
「あの――」
「ん? 何だ? 喋る生物よ。どうでもいい話なら後にしてくれないか。俺は今からこの事をレポートに記録しなければいけないから」
「契約して欲しいんだよ」
「あ? 契約? なんだそりゃ。それ後じゃ駄目なのか? それより君の名前教えて」
「随分と扱いが雑だな……。私の名前はオオカミ。ニホンオオカミという絶滅した種である」
扱いに関して何か言っていた気がするが……、声が小さくて聞こえ無かったので無視することにして俺はレポートへの記録に励む。
「えーとっ、名前はオオカミで……」
「…………ハァ」
俺が記録しているすぐ前でオオカミが何かを諦めたかの様にため息をつく。
「よし終わった」
「……ん? 終わった?」
体を丸めて床で寝ていたオオカミは、俺が終わったと小声で告げるとすぐに目を覚ました。
さすが野生動物。
なんだかんだでこういったものを感じる能力は高いらしい。
「スウスウ……」
「いや、また寝るなよ!」
どうやら寝起きは悪いらしい。
多分、今は昼頃だろうか?
廊下には窓があるものの、外に生えている草木が光が差し込むのを邪魔するため、今が昼かどうか等が全く分からない、大分不便な設計になっている。
それでまたこのオオカミが眠ってしまったというのもあるのだろう。
そう思いながらオオカミを起こそうと近くに寄り、体に手を添えて軽くユサユサと揺らす。
俺はそこで思った。
さっきの感覚が良いと言ったのは訂正しよう。
こいつ全然起きねえ。
俺は更に大きく体を揺すったり、耳元で起こすように声で促したりするが、全く起きる気配を見せない。 むしろ、耳を体の中にしまうように蹲ったため、どうやら逆効果だったようだ。
――仕方がない、こいつが起きるのを待つとするか。。
今度は俺が何かを諦めた様にため息をつく。
オオカミの背中が、一番フワフワした毛が多そうなので、俺はそこに頭を乗せ、枕代わりにして寝ることにした。
ちなみにオオカミの背中は、毛はゴワゴワしていて、背骨は当たると痛いし、筋肉が多いせいか身体は堅くて枕としては最悪ではあったが、とても温かくて意外と直ぐに眠りに堕ちてしまった。
3
「――ふわぁ…………」
俺は目を覚ますと眠気を覚ますためにのびをする。
それで少し眠気が覚めた俺が身体を前に起こすと。
「いてっ」
何か固いものに顔がぶつかる。
「起きた?」
「んん? うおっ! びっくりした……」
そのぶつかったものは、俺が昨日枕代わりにしていたオオカミの、顔だった。
というか近い。
大体10〜15?くらいしか離れてなかった。
「……何をしていたんだ。こんな近距離で」
「いや。なんとなく耳のところに傷が見えたから」
それでこんな近距離で見てたのか。
「その傷は俺が大分小さい頃に幼馴染みの志衣奈に付けられた傷だ。確か……。そうだ、いきなり、志衣奈が遊んでたら暴れ出して、そこら辺にいる小鳥を捕まえようとしたから俺がそれを止めようと志衣奈の腕を掴んだら逆に俺に殴りかかってきて、それを避けた際に耳に爪がカスって出来た傷だよ。これは」
「その傷跡……。何だかトラに似ているな」
「何か言ったか?」
「いや何も」
さっき何か言ってた気がするけど、本人が何も言ってないって言うのだから言ってないのだろう。
それよりか早く本題に入りたいし。
「で、昨日言ってた契約についてだが、どうやるんだ?」
「私に名前を付けて手に触れるだけ。その時注意して欲しいのが、付けた名前が自分の名前にもなるということ」
「自分の名前になる? 何でだ」
「一応、契約っていうのは契約した人を主人とし、その人の身体に魂だけ住まわせて貰うことなんだ。基本的には死んだ生き物の場合が多いよ」
「じゃあお前は死んでるって事なのか?」
「うん。そういう事になるね」
じゃあ何で身体があるんだ?
そう、聞く前にオオカミは俺の言いたいことを察して、答えた。
「この肉体は一時的なもの、期限が過ぎたら無くなってしまうんだ」
これはあくまでも俺の予想だが、このオオカミの肉体が保っていられる時間がそろそろ無くなってきているのか、もしくはもうないのかのどっちかなのだろう。
契約出来るのなら誰でもよかった。
それで俺と契約したいのだと思われる。
「わかった。契約してやるよ」
「本当か!」
俺が契約してやると話を切り出すと、オオカミは喜びのためか尻尾をパタンパタンと横に振る。
俺としてはどうでもよかったのだ。
契約しようがしまいが結局のところあまり変化はないと思っていたからだ。
「で、名前を付ければ良いんだっけ」
オオカミが無言で首を縦に振る。
うーん……。
いざ名前を付けるとなると結構困る。
だって、その名前が自分の名前になるわけだし。
オオカミだけの名前であればどうとでもなる。
でもな……。
俺が悩んでいると、オオカミが話し掛けてきた。
「和樹《かずき》とかはどうだ?」
和樹か……。
意外と良いかも。
このまま迷ってても何だからこれでいいか。
俺は、右足を肩幅にスッと広げ、左手は手の平が顔に来るようにし、右手はオオカミの頭の上ら辺に置くように広げ、こう宣言した。
「汝に名前を授けよう。汝の名は……『和樹』だ!」
俺の妙な行動に対し、首を傾げながら手を俺の手の上へと乗せるオオカミ。
そんなオオカミに気付いていない俺は。
これ一回やってみたかったんだよなー。
としか思っていなかった。
「契約終わったよ」
オオカミが契約終了のお知らせをすると、即座に俺はポーズをとるのを止める。
そして顔から手を離すと、そこにオオカミの姿はなかった。