第九話
「そろそろ夜も遅いので帰りましょう」
あたしは玉子さんにそう提案した。
「ちょっとだけ寄り道をして行きますけど、玉子さんはどうしますか?」
玉子さんはきっとまだ知らない。
この町の夜の名物を。
「うん。今日は風もないし、空気も澄んでる! 良い打ち上げ日和ですよ!」
蔵の扉を開けて外に出ると、満月で辺りはかなり明るく照らされていた。
ちょっと前まで肌寒さを感じるくらいだったのに、今は薄着でいても全然平気
なくらい春を感じる涼しさだった。
「うち……あげ? 帰るのではなかったのですか?」
「もちろん帰りますが、帰る前にもう一つ。大事なイベントがあるんです♪」
これから始まるこの町の夜の名物のために、忍び込む前に用意した大筒を庭の
真ん中に設置する。
毎回ここに設置しているけれど、一度も見つかったことがない。
誰も気にしていないのか、本当にザル警備なのか……。
「それは何に使う道具ですの?」
「これはですね、花火を打ち上げるための土台になります!」
「花火……? お祭りで見る打ち上げ花火ですか?」
「どーーんっと爆発するあの花火です! これは、その打ち上げ用の土台ですけ
ど……」
話しをしながら、導火線を引いたり、火薬を詰めたりと準備を進める。
花火を見たことがある人は沢山いても、土台を実際に見た事がある人は、そう
そういないと思う。
「玉子さんは打ち上げ花火は好きですか?」
「ええ、夏の風物詩ですし、昔はよくバルコニーから眺めていましたわ」
「ば、バルコニーって、西洋のお城にあるやつですか!?」
「そんな大それたものではありませんよ。少し土地の広い家には大体ついていま
すわ」
玉子さんは自分から言わないけれど、やっぱりお嬢様。いやきっと、お姫様の
ようなすごい人に違いない……。
そうこう話しているうちに仕上げに入る。
「今日は風がないから真上に打ち上げていいかな~」
「これが、花火の……」
「あ、それ気をつけてくださいね。4寸玉で小ぶりですけど、爆発すると1メー
トルちょっと火花が飛びますよ?」
「ちょ、ちょっと! そんな危険なもの持たせないでくださいな!」
玉子さんが物珍しそうにペタペタと触っているので、ついつい悪戯してみたく
なった。
危険だと分かった瞬間に腕を思いっきりのばして、こちらに差し出してくるけ
ど、その距離では結果的にはあまり変わりがない。
実際に爆発すればの話だけど、そうそう爆発するものでもないので、これは見
ていておもしろい。
「大丈夫ですよ。火種がなければ爆発しませんから」
そう言って4寸玉を受け取って大筒に入れる。
これで普通の花火は準備完了。
「そしてこれが、この町の夜の名物に大事な仕上げです!」
さっき蔵から拝借してきた小銭を紙に包んで、更に大筒に仕込む。
「さぁ、これで準備万端です! 導火線に火をつけたら、しばらく耳をふさいで
て下さい。寄り道はちょっと遠いですが、西に向かってまっすぐ走り抜けます
から追いかけてもらえれば……! 何か質問はありますか?」
「いえ、特に何もないですわ。これから何が始まるのか大体想像がつきますけれ
ど、反って楽しみでもありますし」
さすが玉子さん。これから始まるお祭り騒ぎがもう想像できているなんて。
だとしたら、あたしも心配する事は何もない。
「それじゃあ、先に塀の向こうに行ってて下さい。そしたら、導火線に火をつけ
ますね♪」
「では、耳をふさいで待ってますわ」
玉子さんはどこからか鉤爪のついたロープを出して、華麗に塀の向こうへ出て
行った。今更だけど、あたしも脱出用の道具を用意しようかな……。
と、何をしても様になる玉子さんに、気を取られている場合じゃなかった!
カチカチと、火打石で導火線に火をつけたら、いつもの3ステップで塀を駆け
上がって向こう側へと飛び出す。
「さ、いきますよ!」
塀を飛び降りて、耳をふさいでいた玉子さんに笑顔で声をかける。
――パァンッ
ひゅるると風をきる音が聞こえて、すぐに花火が開いた。
小ぶりだけど、やっぱり花火の音は大きくて、一瞬耳の奥がキーンと鳴る。
月明かりでも充分明るかった町が、一瞬オレンジ色に染まる。
さぁ、お楽しみはこれから!
『あいつだ!』
『もう表に居るぞ! 逃がすな!』
『いつもこそこそと鼠よりたちが悪い!!』
屋敷の向こうから大慌ての声が響く。
「えへへ、もう遅いんだなぁ。こっちですよ、玉子さん!」
まだ耳をふさいだままだった玉子さんの手を取って、勝ちの決まった鬼ごっこ
がはじめる。
「な、あれ、もういいんですの!?」
「あはは、もう花火は上がってますよ!」
『こっちにいるぞ!』
『車をだせ!』
人影が見えて見つかってしまうけれど、少しも心配はいらない。
なぜなら……、
――チャリン、チャリン、チャリン
空からキラキラと光る何かが落ちてくる。
『鼠小僧さまだ!!』
『久しぶりじゃないか!』
『今日もお金をばら撒いてるぞ!!』
時間差で花火と一緒に打ち上げた小銭が降り注ぐ。
今日は満月なので、光が反射していつも以上に輝いて見える。
「さぁさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 落ちてるものは早いもの勝ちだ
よー!」
大声で町中の人の興味を駆り立てる。
この町に長く住んでいれば、この夜の花火が祭りの始まりだと知っているから
こそ、家を飛び出してくる人が多い。
一瞬で通りは沢山の人で埋め尽くされる。
「玉子さん、上から逃げますよ!」
「え、ここ上るんですの!?」
通りに人が集まってしまったら、走って逃げられない。だけど、車で追いかけ
てくる市長の手下も追ってはこれない。
こうなれば近くの民家を上って屋根伝いに逃げる、私達だけの特別な逃走ルー
トを使うしかない。
玉子さんは戸惑いながらも、しっかりとついてくる。技術だけじゃなくて、身
体能力もちゃんとあるのは予想通りだった。
「ふふん。さすがにここまでは追いかけてこれないかなー」
「杏子さん、なんだか楽しそうですわね」
「えーなんですかー? 玉子さんもやりますー?」
後ろから話しかけられた事だけ分かったので、一緒にお金をまきたいのかと思
い小銭を包んだ小袋を渡した。
「違いますよー! もっと遠くに投げるように振り上げるんですよー」
ちびちびとお金を投げていたので、お手本とばかりに大げさに腕を振りかざし
てみる。
要領がわかったのか、すぐに玉子さんも投げ方が変わった。
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小銭と歓声で町の半分以上が賑わったあと、あたしと玉子さんは町の外れにあ
る畑にきていた。
この辺は少し寂れた雰囲気で、細々と自給自足で暮らしている人が多く住んで
いて、毎朝きてくれるおばあちゃんもこの辺に住んでいる。
「ここも、私達が住んでいる町の中……、なのですわよね?」
あまりにも空気が違いすぎて、玉子さんは複雑そうな表情をしていた。
「ちょっと町の中心に比べると静かですよね。でも、空気が澄んでいて、静かで
すし……」
――こんなにも沢山の星が見られるんですよ
あたしは両手を広げて空を仰いだ。
玉子さんもつられる様に空を見る。
「星……。こんなに沢山……」
これもついでだけど、玉子さんに見せてあげたかった風景。
月明かり以外の照明がなく、民家もほとんど明かりが漏れていない。
おかげで見上げた夜空は、春の大三角をとりまく、多くの星座もはっきりと見
ることが出来た。
「お月様が眩しいなんて、思ったこともなかったですわ」
「気に入ってもらえてよかったです♪」
玉子さんにこの町の良い所も知ってもらえたし、本日最後の大仕事に取り掛か
る。
「じゃあ、ちょっと用事を済ませてくるので、この辺で待っててもらえますか」
「何かお手伝いできるなら、付き合いますわよ」
玉子さんはあたしのする事に興味津々のようだった。
別にこれから先は面白いことは何もないのだけど、せっかくの申し出なので、
お願いすることにした。
「えっと、こっちの袋にはお札の束が入ってるんですけど、全部この辺の家の前
に置いてきてほしいんです」
「全部? 全部置いてきて良いんですの?」
「え、だって家の数と同じ分しか持ってきてないですよ」
あたしには玉子さんが何を聞きたいのか良く分からなかった。
とても不思議そうに聞かれたから、もしかして足りないのかとか袋の中を数え
なおしてしまった。
「うん、ちゃんと家の数だけありますね」
「本当にまち……の事だけ考え……すのね……」
「え、え? 今、なんて言ったんですか?」
玉子さんがため息をついて、ぼそりと言った。
表情は微笑むような、優しい笑顔をしている所から悪口ではない。……と思い
たい。
「なんでもありません。さ、夜更かしはお肌の大敵ですから、さっさと終わらせ
て帰りましょう?」
久しぶりの泥棒は大成功。明日は町も大賑わいになること間違いなし!
いつもと違った玉子さんも沢山見られて、今日は楽しい一日でした。
こんなのんびり、時々騒がしい日がいつまでも続きますように。
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