第八話
怪盗ステラの大活躍から数日。
成金市長主催の銀細工展は、目玉の懐中時計がレプリカに置き換えられても大
人気で……。
と言うよりも、怪盗ステラが欲しがるほどの逸品が気になった人で、終日賑わ
いを見せ、あげく汽車に乗って遠方から足を運ぶ人まで現れた。
小さな町には多すぎる人の賑わいで、団子屋も向かいのカフェも毎日大忙し。
おやつタイムもお預けになっているくらいだ……。
「ん~~っ。今日も忙しくなるかなぁ」
長いす、番傘、立て看板。いつのもの開店準備を終えて、大きく背伸び。
日中は忙しくなるけど、朝のひんやりとした空気や、少し慌しく大通りを行き
交う人たちはまだまだ変わらず、今日はどんな日になるか期待が高まる。
「あんちゃん、おはよう」
「あ、おばあちゃん! 今日も早いね。もう準備できてるから特等席にどうぞ」
毎日欠かさずお店に来てくれるおばあちゃん。出来立てのお団子をゆっくり食
べられるのは、この町に住んでいる人だからこその特別だと思う。
いつもの長いすに案内するけれど、おばあちゃんの足取りが少し重かった。
「なんだか、今日は元気がないね……? なにかあったの?」
おばあちゃんが長いすに座って一息。それがねぇ……。と重い雰囲気で話はじ
めるけれど、なんとなく内容が分かった気がする。
「「またあの成金市長の気まぐれ徴税だよ」」
そっくりそのまま、おばあちゃんと声が一致した。
そろそろだと思っていたし、ステラの盗んだ懐中時計は市長の私物になる予定
だったという噂も聞いた。
展示会は賑わっているけど、市長が自分の私物を取られて黙っているはずが無
いので、なにかで取り戻そうとすると思った。
おばあちゃんが困ることと言えば、決まって腰痛か市長のきまぐれ徴税だし。
「あんちゃん、良く分かったねぇ」
「最近聞かなかったからそろそろかなって。うちは知らないうちにお父さんが済
ませちゃったのかな」
そう言えば、最近はカフェができたり、怪盗ステラが現れたりと、夜に何かす
る余裕がなかった。
最近は、あの3千円の壷を割って失敗していたし……。
「細々と畑暮らししているワシらからも巻き上げるんだから、たちが悪いったら
ないよ。ねずみ小僧様にお願いせにゃならんねぇ」
お願いされては仕方ない。
どこかくすぐったい様な期待感と、久しぶりの夜更かしに胸が高鳴る。
「じゃあ、今日はお団子サービスしちゃおうかな! 元気出して、今日も一日が
んばろうね」
「あんちゃんの笑顔だけで充分元気が出てるさね。ありがとうね」
おばあちゃんは少し元気を取り戻してくれたみたい。
なんだかんだと言いつつも、愚痴をはいてはスッキリしたら元気になってくれ
るから、本当に根が明るいんだと思う。
(あ、玉子さんも誘った方が良いのかな……? この前、お手並み拝見って言わ
れたけど……)
向かいのカフェを見てみると、『カナコさん』が慌しく食事を運んでいる姿が
見えた。団子屋と違って食事もあるので朝から忙しそうだった。
(とりあえず様子を見て、玉子さんには後でお知らせしようかな)
ご無沙汰のおやつタイムがあればその時でも……。
いやいや、良く考えたら、お茶しながら今夜泥棒します。なんて言えるはずが
なかった。
どうやら、お知らせするのも一苦労になりそうだ。
************************************
その日の夜。
市長の家の蔵には相変わらず簡単に侵入できた。
「まったく、いきなり『今夜、腕前を披露致します。いつもの時間に市長宅にて
お待ちしています』なんて、どうかしていますわ」
怪盗服姿の玉子さん。もとい、怪盗ステラは少しご立腹だ。
「それに、矢文だなんて時代錯誤も良いところではなくて?」
「違いますよ。 あれは、矢じゃなくて、団子の竹串ですよ! 手で投げたので
串文ですよっ」
そう言って、右腿に巻いたポーチから竹串を数本だしてみせる。
日中のカフェはずっと忙しそうで、玉子さんと話すタイミングがなかった。
しかたがないので、玉子さんの部屋の窓に手紙を巻いた竹串を投げたのだ。
「それいつも持ち歩いてますの? よく二階の部屋まで届きましたわね……」
「ふふん、自慢じゃないですが、狙ったところにちゃんと飛ばせるように練習し
ているんですよ~!」
シュッシュッと投げる振りだけ見せて出来るアピールをする。
市長の家の警備はザルなので、特に侵入するときの技術はいらない。
ステラに何か披露できる腕前と言えば、これくらいしか思いつかなかった。
呆れた感じで冷たい眼差しをむけられてしまい、苦笑いを返すしかない。
「ええっと……。じゃあ、ささっと用件済ませて帰りましょうか……」
こうなったら手際の良さをアピールするしかない。
物の配置は大体把握しているので、拝借するお金を黒い風呂敷に包んでいく。
「ところで杏子さん」
「はい? なんですか?」
急に名前を呼ばれて振り向いてしまった。
「杏子さんは、自称泥棒なのでしょう? でしたら、黒ずくめに唐草の風呂敷が
トレードマークではなくて?」
柱に腕を組んで寄りかり、とても真面目な顔で言われたので、一瞬思考が停止
してしまった。
「玉子さん、きっと何か勘違いしてますよ」
自称泥棒の単語に違和感があったけど、それ以上に玉子さんの『泥棒かくある
べき』なイメージに、かゆくも無い後頭部をかいてしまう……。
「黒ずくめはきっと夜に紛れるためだと思うんですが、んー……、そうですね。
例えば、お昼に全身真っ黒な人が居たとしたらどうでしょう?」
「怪しいですわね。私なら警戒して目で追ってしまうかもしれませんわ」
「そうですよね。この町ではあまり聞かないですけど、スリを働く悪い人がいた
として、同じ物取りでもきっと黒の服は着ないと思うんです」
玉子さんの表情が今度は少し困った顔になる。ちょっと小首をかしげて考える
姿は、怪盗衣装に似合わなくて思わず笑ってしまいそうになるのを我慢する。
「たぶんですけど、ちょっとお洒落をして、捕まらない人は町の流行りものとか
も、持っているんじゃないかなって」
「お洒落? 流行りもの……? 一体、何が言いたいんですの?」
「えっとですね。要はどこに隠れるかが大事なんです。今なら夜の暗闇に隠れて
行動しているので、黒い服を着ています。スリは人から直接奪うので昼間に行
動するんですけど、そこに暗闇はないので」
「木を隠すなら森。なんて月並みでしょうけど、人を隠すなら人の中なんてよく
言ったものですわね」
「玉子さんみたいに変装とかの技術があれば話は別ですけど、やっぱり捕まらな
いためにどうやって隠れるかは大事だと思うんです」
泥棒も考えているんですのね。なんて難しい顔で考えこまれてしまう。
カフェでみる優しい笑顔と違って、凛々しい真剣な表情はとても新鮮だった。
「あら? もしそうだとしたら、トレードマークの唐草の風呂敷はどう説明する
んですの?」
「それは、そもそもみんな本物の泥棒を見たことがはないんです。玉子さんは、
あたし以外の泥棒を見たことがありますか?」
「いいえ、ありませんわ。杏子さんとの出会いですら、確率的にはかなり奇跡的
なものでしょうし……。ああっ! 泥棒を見たことがないのに、唐草がトレー
ドマークだって思い込んでいましたわ」
手の平をぽんと打って驚く玉子さん。お嬢様っぽいけど、案外気さくな所もあ
るから、親しみやすさがわくのかもしれない。
少し話が長くなりそうなので、近くにあった木箱を重ねて椅子にする。
「たぶん、世間でイメージする泥棒ってお芝居に出てくる姿がほとんどで、それ
は、『泥棒だって分からなきゃいけない』んです。だからその目印に使われた
のが唐草の風呂敷ですね」
玉子さんがまた考え込んでいる間に、木箱の椅子をもう一つ用意する。仕上げ
にさっき見つけた高そうな織物を敷いて完成。
どうぞ。と手で案内して腰掛けてもらい、話の続きを再開する。
「泥棒は盗む家には何も持たずに入って、持ち帰る時に適当な風呂敷に包んで出
るんです。柄はなんだって良いんですけど、唐草柄は昔から親しみ深い縁起物
で、どこの家にも必ずあったってばっちゃが言ってました」
木箱の椅子に座って足を組むだけでも絵になる玉子さん。
すらっとした長い足がうらやましい。
一方あたしは高く積みすぎた木箱の椅子に座ると、足が地面に届かなくてブラ
ブラさせることになる……。
「でも、唐草の風呂敷ってちゃんと意味があるんですよ。蔦の伸びて広がってい
く姿から『長寿』や『繁栄』の意味があって、あたしはとても好きな柄です」
「つまり、本当の中にあるちょっとの嘘にみんな騙されてしまっている。と言う
ことですのね。真実を知れたことが嬉しい反面、騙されていた事に腹が立ちま
すわね」
「お芝居とかで広く沢山の人に見られていると、みんな同じように泥棒は唐草の
風呂敷を持っているって言うと思うんです。でも、よく考えたらおかしな事だ
らけで、いつも活動写真や舞台を見ていて不思議に思うんですよ」
「ふふ、杏子さんと出かける日があれば、是非解説をお願いしたいですわね」
玉子さんが口元に手を当てて笑う。
うん。何をしても上品でうらやましい。
「だからあたしは、唐草の風呂敷は使わないって決めてるんです」
そう言って、あたしは木箱から降りて風呂敷に包めるだけのお金を包んで持ち
上げる。
「そろそろ夜も遅いので帰りましょう。ちょっとだけ寄り道をして行きますけど
玉子さんはどうしますか?」
「別に構いませんけど、いったいどこに?」
「ふふん。それはついてきてもらえれば分かります! これからがお楽しみです
からね」
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